死神と死神
松本 久太郎
第一部
私達が住む世界。
そのすぐ隣には、まったく違う世界があるかもしれない。
剣と魔法の世界。人々が体を持たないデジタルな世界。
そうではなく、同じスピードで時間は経過するが、少しずれて未来があるかもしれない。
もしくは過去か。
そんな別世界の話。
剣と魔法の世界。とある小さな大陸の話。
大きな戦があった。戦士たちの死体の山。まだ息のある者のうめき声。
その男は、もう立ち上がるのも精一杯だった。そして、彼にも今、死が訪れようとしていた・・・・・。
遠くから品のない声が聞こえる。
大きな男「生きてるやつはオデがぶっ殺す。お前はいいもの拾えよ。」
小さな男「あにきぃ~頼んだぜ。俺は毎回ビビりながら拾ってんだぜ。」
戦利品をあさり、敗者を狩る二人。だんだんと、その二人の足音が近づいてくる・・・・。
立ち上がる瞬間に、足をすくい踏みつけ、もう一人を体重をかけた左ひじで押し飛ばし、間合いをはかり、右手の剣の一撃で・・・・頭の中で考えた。
普段の彼ならば、この二人を相手にしても、瞬殺できる力と剣技を持つ。しかし、今は立ち上がることすら困難。『通り過ぎてくれ』男はそう思った。しかし、足音は彼の頭の前で止まった。非情なものである。男は死を覚悟した。
小さな男が小声で「あにき・・・こいつ・・・」この男が生きているということと、左腕に美しく輝くバンクルを指し示した。
大きな男「ウッシ!」そう言って、斧を構えた。
そして小さな男も、短刀を構えた。
「うふふふふ。」
「さあ、いい仕事するわよ。」
多くの戦士が倒れた戦。その中から、優れた戦士の魂を選び、ヴァルハラへ送り届ける美しき死神達がいた。
そう、彼女達はヴァルキリー。
数人のヴァルキリー達が、忙しそうに飛びまわり魂を探り、誘(いざな)っていた。もちろん、普通の人には、この美しき死神は見ることができない。見ることができるのは、一握りのシャーマン(呪術師・精霊使い)や神、もしくは半神。そして魂だけとなった選ばれた戦士だけだろう。
そして、一人の美しき死神が、今にも死にそうな、その男の真上に浮遊していた。
大きく美しい魂。今にも体からはがれそう。
『私だってたまにはいい仕事するんだから。』
彼女はその瞬間を待っていた。その男は、そのヴァルキリーが今まで見たことのない大きな魂(ソウル)を持っていた。
男は立ち上がらない。や、立ち上がれない。
品のない小さな男が短刀を突き立てた。
動けない男「ぶつぶつ・・・・」
何か聞こえたような、そんな声だった。
〈男の過去〉
男は、小さな村の出身で、親父は村では有名な戦士だった。戦士と言っても本業は林業。よくいう山男だ。一日のほとんどを山で過ごす。国境が近い為に、臨時で剣を持つ兵士といったところだ。国境といっても、だれが決めた訳でもないあいまいなものだが。
親父の活躍は目覚ましく、村の訓練不足の数十人の部隊で、攻め込んだ先遣隊100人ほどの部隊を数回押し戻したそうだ。ま、敵兵100人は言い過ぎだろう。普通に考えてもあり得ない。そんな訳で、親父の強さは野を越え山を越え、王の耳にまでとどくほどであった。
親父が国に仕えるようになるには、時間はかからなかった。親父は「この村から離れられない。」「まだ小さな息子がいる。」と普段面倒も見ないのに息子を担ぎ上げて断っていたそうだが、結局、男がまだ小さいときに、親父は国の為、村を出た。しかし、大きな戦が何度もあり、親父は村に帰ることはなかった。
男(少年)は、親父と同じ道を選び、体を鍛え、強靭な戦士となった。
親父の活躍もあり、その息子ということで、国の兵士として召し抱えられたのは必然的であった。
男は、戦った。多くの強敵を打ち破った。隊長を務めることも数回。しかし、彼の戦はすべて負け戦。我が故郷の小さな村も、今では他国のものとなった・・・・。
力はあるが、戦に勝てない。周りからは「死神」とまで言われるようになり、彼が隊長では指揮が保てなくなった。彼は、役を解かれ、一般兵や傭兵となり戦いに身を投じることとなった。
彼は嘘偽りなく強かった。しかし、傭兵のときでも自分は生き残り、雇い主は死ぬなど不運は続いた。呪われた男、不運の男、死神、連敗王。そんな通り名で呼ばれ、街を歩けば耳に入ってくるようになった。
〈召喚〉
男の命が燃え尽きる・・・・。
『俺は不運だったのだろうか?』
『何か至らなかったのだろうか?』
『ここで死ぬ運命だったのか?』
過去の記憶が走馬灯のように思い出される。その記憶がある所で止まった。
『そういえば、親父、村を出る前に何か言ってたな・・・・。』
「お前が村を国を守るんだ。男だろ。」
「あ~、大切なことを忘れてた。」
「お守りの言葉。この言葉だけでは何の意味もないんだが・・・・教えとくよ。」
「これはすごく大切な呪(まじな)い。ん~呪いと言うか・・・なんだ・・簡単に言えば、お前を守ってくれる。すごい呪文だ。」
『天駆ける美しき死神達よ。古き盟約に従い、我が剣となり敵を討ち、我が盾となり我を守り、その美しき力をここに示せ。』
思い出しながら、つぶやくように口にした・・・・。
「死神・・・呼ぶんじゃぁ・・・・な・・・。」
女性の声「わ、わあ・・・きゃーーーー。」
小さな男の真上に、突然女性が降ってきた。
ドスン!
小さな男「グベッ。」
そのお尻の下敷となり動けなくなった。大きな男も、驚きのけ反り、後方の死体につまずき後ろに大きくひっくり返った。
〈戦友〉
男の声「お~い、いつまで寝てんだ。連敗王。」
目が覚めると空ではなく天井が見えた。どうやら建物の中だ。気が付くとベットの上に寝ていた。すぐ横に、見覚えのある髭面(ひげづら)の男が居た。
どうやら、天国ではないようだ。こんな小汚いおっさんが居る天国なんて噂にも聞いたことがない。とりあえず、まだ生きている。ここは、砦の中のようだ。多くの傷ついた兵士が体を癒し手当していた。
男「また、負けたのか?」
髭面「あぁ・・・負けだ。お前が居たからな。とりあえず撤退だ。俺達の前線はやられ過ぎた。」
そう言いながら、苦笑いを浮かべた。男も苦笑いで返す。この髭面の男は戦友だ。過去何度も同じ戦場で共に戦った。
残党刈りがすぐ頭の上まで来て、騒がしくなったのは何となく記憶しているのだが、何が起こって助かったのか全く解らなかった。
男「お前が助けてくれたのか?ここまで運んでくれたのか。」
髭面「俺は運んだだけだ。助けたのは、あの女じゃないのか。」
男「あの女?誰だ。」
髭面「ん?知らない女か?連敗王様が女に助けられるとはだらしないな。ガハハハハ。」
下品な笑いが、砦の中に響いた。注目の的である。
男「連敗王様だと!言ってくれるじゃねぇか。」
髭面「死神の方がいいか。」
男「それも遠慮しとくぜ。」
髭面「女は、砦の入口の辺にいるはずだ。黒髪の軽装の女戦士だよ。かなりいい女だ。」
起き上がり、砦の出口へ向おうとしたとき大切なことに気がついた。親父の形見の剣がない。少しキョロキョロしていると、それを察した髭面が、「これを探しているのか。」と剣を出してきた。間違いなく親父の剣だ。『さすが、よく解っているぜ髭面』男は心の中でこう言い感謝した。
男が国に兵士として仕えたとき、親父を知る者から手渡された物がこの剣と今左腕にある不思議な輝きのバンクルだった。
どんな窮地に立たされても、折れることなく男を助け続けたミドルソード。この剣があるからこそいま男は生きている。この形見の剣を右手で持ち、左手には適当な片手で持てる剣を持つ。一方の剣を盾の代わりのように使い、相手の攻撃を受け流し、もう片一方の剣で斬りつける二刀流。戦では、左手の剣は血で切れなくなったり折れれば適当に拾い交換する。この戦い方で男は生き残ってきた。
〈女戦士〉
砦から出ると、その女はすぐに分かった。こんな戦場に居る女などそうはいない。美しい黒髪が風で揺れていた。何となく声が掛けづらかった。
少しすると、気が付いたのか、彼女の方から声を掛けてきた。
女戦士「あら、少し前まで死にかけてたのに、もう復活したの。ざぁ~~んねぇ~ん。」
どことなく皮肉に感じる。「ありがとう」の一言が言いにくい。
男「ああすまない・・・。助けて頂いたようで・・・。」
俺は何を謝っているんだ。なんだか気まずい。明らかに女は不機嫌だ。少し思い返してみるのだが、やはり知らない顔だ。戦場で助けられることは多くある。しかし、この女は明らかに、男がここに来るのを待っていた。撤退が決まっているので、もう引き上げていてもいいはずなのに。
男「なあ、俺のこと知っているのか。なぜ待っていた。」
女戦士「あなたなんて知らないわよ。いきなり呼びつけといて、何者なの。」
強い口調で言い寄ってきた。女の言っていることが理解できない。何を怒っているのだろうか。「何者」と言われても、ただの運のない男としか答えられない。
女は、チラチラと左腕を見たような気がした。話をそらすにはちょうど良かった。
男「こ、これが気になるのか。」
様子をうかがうようにそっと聞いてみた。俺は何を気遣っているのだろう。やりにくい女だ。
男はそう思いながらバンクルを見せた。
女戦士「そうよぉ・・・・。んも~~~~、気に入らないわ!」
何を怒っているのか男には解らなかった。だた、その怒った顔が少し可愛かった。怒った女は、その場に居るのが嫌になったのか、少し距離をとり砦から離れていった。
ヴァルキリーにしてみれば、これほど腹の立つことはない。あと少しで、男の魂を手にするところだったのが、強制的に呼び出され、しかも、男を救ってしまった。更には、男は彼女を呼び出したにも関わらず状況がまるで解っていない。機嫌が悪いのは当然といえよう。
男は、髭面に町に戻ってから飲む約束をし、砦を出た。
その後、大男二人をメインとした編成で隊が組まれ、新たな追撃部隊が急遽出撃した。そして、敵を押し退け、この地を死守した。
〈酒場〉
数日後。
フォーラ城下の酒場。バー「負け犬」。
男「まだ、この店残ってんだな。名前悪すぎだろ。」
髭面「この名前だから、残ってんじゃねぇか。ガハハハハ・・・。」
髭面は、すでに結構飲んでいるようだ。体もでかいが声もでかい。
男「なぁ髭樽。いつからだ。戦場にバケモンいるのは。」
髭面「ヒゲダル!久々に聞いたぜ。そんな呼び方するのは、今じゃお前ぐらいだな。今じゃ俺も偉くなったからな。お前は一般兵。俺の方が上だぜ。」
男「ヒゲダルでもボルツでもいいじゃねぇか。どっちも俺が付けたんだから。名もない男を拾ってやったのは俺だぜ。」
ボルツと呼ばれた髭面「そらぁそうだが、響きが悪いだろ。タルはやめてくれ。」
顎に手を当てヒゲをジョリジョリ触りながら口を開いた。
ボルツ「あ~・・・そうだなぁ~・・・・、バケモン・・・結構最近だな。お前、もしかして、バケモンにやられたのか。」
男「ああ・・・ハゲだ。巨人ハゲだ。でかいハンマー振り回すやつだ。誰も手に負えなかったから俺が相手になったが・・・・気が付くと倒れていたよ。」
ボルツ「だろうな。お前をぶっ倒せるやつなんて、人間じゃねぇ。」
男「もう人間同士の国取り合戦じゃねぇってことかな。」
ボルツ「ん~・・・・分からんが、ちょっと怪しいな。このまままともにやり合ったら、俺たちの国も、俺たち自体もヤベェかもな・・・。なあカイ。お前、今後はどうするつもりだ。もう軍には戻れねぇだろうし、このまま傭兵か。」
カイと呼ばれた男「俺、剣を処分しようかと思う。親父の形見だが、これがある限り戦い続けるような気がするんだ。」
ボルツ「なるほどな・・・・。剣を置くのも一つの道かぁ・・・。お前、強いのにな。」
少しの沈黙のあと、
ボルツ「田舎に帰るのか。たしか、今はナダ(敵国)の領地じゃなかったか。住めねえだろ。お前、結構有名だしな。」
カイ「そうだな・・・・。その前に、剣を何処かへ親父の代わりに埋葬してやるよ。綺麗な所に埋めるか、墓標の代わりか、地の果てに投げ捨てようか・・・・。」
カイ「なあ髭樽。お前そこそこ軍長いよな。俺の親父の事聞いた事ないか。誰かよく知る奴いないか。何時、何処で死んだか全く分からないままだからな。」
ボルツ「あ~~~・・・ん~~~・・・・・。もうみんなおっちんで(死んで)、知ってる奴はいねぇな。」
酔いが回っているのか「あ~」や「ん~」が多くて長い。頭は回っているのだろうか。
カイ「そっか・・・。じゃ早速小旅行と行くわ。」
ボルツ「明日から出るのかぁ・・・・。もう会えねぇかもな。」
カイ「だな・・・・。腐れ縁もこれまでだな。」
夜は深けてゆく。二人の男の話は尽きることはなかった。
〈新たな旅〉
次の日の朝。カイは城下を出た。そして、山沿いに北北西へ歩き始めた。
特別あてがあるわけでもなかった。久々に歩く山の中は気持ちが良かった。木々の間から射す光。緑の匂い。そして大地の匂い。村を思い出す。
戦いに追われていたカイ。久々に解放されたような気がしていた。
数日山の中を歩き、ある所でカイの足が止まった。
森が開け、そこには、美しい湖があった。どこか見覚えがあるような気がした。
カイ「親父、ここがいい。」
剣を取り出し、
カイ「親父、聞いてくれ。俺はもう戦いをやめる。剣を捨てる。返すぜ、じゃあな。」
カイは大きく振りかぶり、渾身の力を込めて形見の剣を投げた。
女の声「だめぇ~~~~~~~。そんなの許せない。」
突然背後から女の声が聞こえた。カイはその声に驚き、剣を放すタイミングを逃し、足元の水の中に剣を落としてしまった。
女「戦いをやめる!そんなの許せない。戦いをやめるならなぜ私を呼び出したの。強い力で私を呼び出し、力を、救いを求めたでしょ。私まだ何もしてないわ。なのに戦いをやめるの!許せない!」
その声には聞き覚えがあった。兜を外しているので誰か分からなかったが、その黒髪は間違いなく、カイを救ったであろう女。砦の入口にいたあの不機嫌なツンツン女戦士だった。その声にも驚いたのだが、この山の中、数日間、つけられていることに気が付かなかったことにも驚いた。
カイ「お前は一体誰だ。何者だ。」
女は、「私は、ヴァ」とまで言い、言葉を止めた。
カイ「ヴァ?」
女は、「ヴァルキリー」と怒りに任せて言おうとしたのだが、ヴァルキリーであるプライドがそれを止めた。「人よりも私は優れたモノ」というプライド。人間ごときにヴァルキリーだということを言いたくなかったのだ。このマヌケな人間に、従わされているなどと知られたくなかった。そして認めたくなかった。
女は、少し落ち着いて色々と考えた。考えれば考えるほど、言葉を選ばなくてはならないことに気がついた。今までは怒りに任せて話していたが、その言葉の中には疑われそうな言葉がいくつかあった。ヴァルキリーであることは絶対知られたくない。悔しいがそれ以外は正直に言って開放してもらえばいいと思った。しかし、次の言葉がなかなか見つからなかった。
女「え・・・あ・・・・。何でもないわよ。」
先ほどとは明らかに違う態度。少し慌てておどおどしているように見えた。
女「あなた、死にそうになったとき、私に助けを求めたのよ。覚えてないの。」
また強気の口調に戻った。
カイ「あ・・・あれか。親父に教えてもらった・・・呪文か?」
女「そ・・・そうよ。それよ。助けを求めて呼び出して、それっきりだから私は元の世界に戻れないのよ。解った。早く元の世界に帰して!」
ヴァルキリーとして人間に従い、更には頼むなんて、百歩譲るどころではなかったが、この状況を早く脱したい一心で話した。
カイ「じゃやっぱり俺を助けてくれたのはお前か・・・・助かったよ。」
やはり、「ありがとう」という言葉は口にしにくかった。
カイ「助かったんだが・・・・。まだ他に呪文あるのか?親父からは聞いてない・・・・なぁ・・・。」
女は全身が凍りつき、血の気が引きその場に倒れそうになった。しばらくの間、放心状態だった。
カイ「だ・・・大丈夫・・・か。」
こういった状況は苦手だ・・・・。どうにかしてこの空気を変えたい。女はよく解らない。しかも、このツンツン女だ。とりあえずかける言葉が思いついた。今まで聞いていなかったことの方が不自然とも思えた。
カイ「お前・・・・名前は。」
女はうっかり本当の名前を言いそうになった。そして、その掛けられた言葉で我に返り、適当な人間の女性の名を考えた。
女「ア・・・アイシャー。」
名前を考えている短い時間で、冷静さを取り戻した。
アイシャー「じゃ早速、あなたのお父様に会って、この契約を解く方法を教えてもらいましょ。」
カイ「親父はもういない。死んじまったよ。」
この答えは予測できた。アイシャーはいままで多くの人間を見てきていた。人間はヴァルキリーと比べて傷つきやすく短命だ。せいぜい生きて50年。子供ができて子が親から離れる頃には親は死ぬ。戦が多ければ更に短命。戦士の魂をヴァルハラへ誘(いざな)う彼女は、そのことをよく知っていた。
アイシャー「あなた、元々、呪術(じゅじゅつ)師や祈祷師じゃない?そうでなければ、あなたのお父様やお母様は?」
カイ「俺は小さな時から親父に憧れて剣を握った。親父は元々木こりだ。母さんは記憶にない。親父は母さんのことはほとんど言わなかった・・・。ところで、なぜ俺が、呪術師や祈祷師なんだ。」
アイシャー「私を呼び出して契約するなんて、普通の人間には無理なのよ。村一番の祈祷師でも無理なのよ。つまり、あなたはそれ以上の力か何かを持っているということよ。」
カイは自分のことがよく解らなくなった。今までこんなことは言われたこともなかった。普通の戦士として生きてきた。呪(まじな)いや祈祷など関心もなかったし程遠いものだった。
『俺は普通の人間・・・・。この女は俺から何か感じるのか?俺は何もしていないのに・・・俺自身が知らないことをこの女は知っている。』
カイ「ここで長話もなんだ・・・。すこし戻れば、集落があったはずだ。そこまで戻ろう。ここよりは安全だ。」
アイシャー「この剣についても聞きたいの。」
湖の縁に落ちた剣を拾い渡してきた。
カイ「俺は、この剣を捨てに来たんだ。親父に返す為にな。それに、これがあると、俺は・・・・。戦いから離れられない気がするんだ。」
アイシャー「じゃ、私の話を少し聞いて。それから手放してもいいんじゃない。」
そう言われてカイは、剣を受け取り集落の方へ歩き始めた。
〈集落〉
ここから集落へは一泊してそれから半日の距離。
歩いている間、特に二人に会話はなかった。
カイは自分のことがよく解らなくなり、この日の夜はなかなか眠りにつけなかった。朝、普段よりも早く起きて、朝食も食べずに集落を目指した。アイシャーと同行してから、カイは生活リズムが少しくるっていた。明らかに彼女を意識しすぎていた。もちろん、自分のことも気にしすぎて。
予定よりも早く集落へ到着した。早く歩かないと間が持たなかったのだ。
噂で聞いているよりも大きな集落で、もう村といってもいい規模だった。いい道はないものの、フォーラ城下の街まで山を迂回し森を通っても二、三日ほどで到着できる。その為、意外とにぎわっているようだ。
集落へ入ってすぐの草原の切株にカイは腰掛けた。アイシャーも近くに腰を掛けようとしたとき「ぐぅ~~~・・・・」アイシャーのお腹が音をたてた。アイシャーは大きな音に驚いた。そして、カイはその音に笑いながら声を掛けた。
カイ「あまり食い物用意せずに俺を追ってきたな。」
出会ってから食事は二度しか食べていなかった。その時アイシャーは少し離れていたので、『俺と食うのは嫌なんだな。』と思っていた。しかし、思い返してみると、食べている所は見ていない。丸一日以上食べていない可能性もありそうだった。ということは、『俺を追っている間に食料が尽きた。』そう推測した。だが、実は違った。
彼女達は、人間に見えない霊体の状態では、人間のように食事を取る必要がないのだ。つまり、食事という習慣や空腹という現象を知らないのだ。ところが、召喚され実体化、つまり、人間の体になると、ある程度は人と同じ方法でエネルギーを取ることが必要になる。人ほど食べなくてはいいものの、ある程度の食事は必要となるわけだ。
カイは、背負袋から、パンと燻製(くんせい)肉を出そうと思ったのだが・・・・。
『ん~・・・。俺が食うのには問題ないが、これだけクシャクシャだと、彼女に渡せないなぁ・・・』
カイはここで少し休憩しているように言うと、彼女の食べ物を探しに集落の中心部に向かった。
街とは違い、パンよりも果物が手に入りやすかった。適当に果物と少しパンを買い集落の外れへ戻って行った。
自分の果物を一つだけ取り、あとはアイシャーに全て手渡した。
アイシャーは果物を少し不思議そうに見ていた。カイは、『この果物、初めて見るのか?』と思ったのだが、そうではなく、彼女はまだ食べるという事に抵抗感というか、『これを口から体内に入れるのか!』という理解しがたい行動に戸惑いがあった。
少し柔らかな黄色い果物に、恐る恐るかぶりついた。それは、驚く程甘く美味しいものだった。カイが見ているのも忘れて、次々と果物を食べていった。あまり上品とは言えない光景だった。そして、パンにかぶりついたとき、
アイシャー「これはあまり美味くないわ。口の中でモサモサして食べにくい。さっきのヤツの方が良かったわよ。」
今までと違った口調で、なぜか少し偉そうに聞こえた。そう言いながらもパンを二つペロリと食べてしまった。
アイシャーはなんだか気分がよかった。不思議な感じがした。お腹が膨れて気分が良くなったせいか、アイシャーが話し始めた。
〈見解〉
アイシャー「あなたのその剣だけど・・・・魔力を感じるの。普通の剣じゃないのよ。」
カイ「そうなのか・・・俺、そういうのよく解んねぇんだ。で、それがどうしたんだ。」
剣を鞘から出し、じっくり見ながら答えた。
アイシャー「こんな魔法の掛かった剣なんて多くはないのよ。この剣のことを調べれば、あなたのお父様の過去を知ることが出来るわ。上手くいけば、私を束縛しているこの契約の解除方法も分かるかも。」
カイ「そうだな。俺も故郷は好きだし帰りたい。アイシャーも自由になって帰りたいよな。解ったけど、どうやって剣から調べるんだ。」
アイシャー「少し言いにくいけど、あなたのお父様・・・・人に倒されたんじゃないかも。あなたは戦で戦死したと思っている?」
カイ「詳しくは聞いていないが・・・・そう思っていた。違うのか・・・お前には何か分かるのか。」
アイシャー「ええ、少しだけど分かることがあるの。この剣、魔法が掛かっているって言ったでしょ。魔法の武具は普通壊れることがないのよ。でも、この剣は一度折れているわ。」
カイ「え・・・この剣折れているのか?」
アイシャー「間違いないと思うわ。加工が粗いのよ。」
カイ「どういうことだ。」
アイシャー「折れた剣を使えるように加工してあるの。だけど、魔法の掛かった物は人間の手では加工は困難なの。だから加工が粗くなるのよ。」
確かに初めてこの剣を受け取ったとき、なんだか粗悪な感じがした。剣先の方はやや粗く感じる加工。手元の柄の辺りの装飾は美しいが、グリップの装飾が途中で切れてグリップエンドになっている。グリップをカットしてワンハンド用にしてあるのだ。剣先が粗いのは、折れた部分を刃に加工し直しているからだ。
カイ「折れない剣が折れるってのは、どういうことなんだ。」
アイシャー「この剣、元々は今よりも長い両手持ちの剣だったと思うわ。魔力のある剣を折るには、それと同じ力を持つ魔力を持った武器がぶつからないと折れないわ。そうなると、人間だと数はかなり少ないわ。人以外だと、悪魔か神か巨人しかいないわ。」
カイ「なるほどね。それで人間以外か・・・・。とんでもねぇ話だ・・・。」
カイは少し考え込んだ・・・。
カイ「と・・言うことは・・・この剣、どうやって修復加工したんだ。」
アイシャー「そうね。おそらく、それが出来たのはドワーフね。ただかなり苦労して修復している感じがあるから、もしかすると、限られた一分の人間の可能性も否定できないけど。」
カイ「ということは、まずは鍛冶屋か。この大陸しらみつぶしか?」
アイシャー「そうねぇ・・・とりあえず可能性が高いドワーフからね。それほど苦労はないと思うわ。それとあなたのお父様の過去を追いかける事もね。」
剣を鞘に収め力強く立ち上がった。
カイ「剣は捨てずに持っておくよ。この剣と親父を追いかけよう。そして、アイシャーの自由だな。」
アイシャー「待ってまだ話はあるのよ。少し掛けて。」
彼女はカイの左腕のバンクルを見るために手を伸ばし、カイの手を取った。カイはなぜかわからないが恥ずかしかった。そして、少し嬉しかった。
アイシャー「このバンクル・・・これ祭器よ。たぶん。祭器というよりも神器に近いかも。」
カイ「あ~・・ややこしい話はやめてくれよ・・・。」
カイは少し顔をしかめた。
アイシャー「簡単に説明すると、村の豊作を祝う祭りとかあるでしょ。」
カイ「あぁ俺の村でも毎年やってるよ。それは解る。」
アイシャー「その祭りで、神聖な器とか使わない?」
カイ「あぁ~~~あるな。」
アイシャー「あれが祭器よ。あの器などを使って、土地の神や山、海の神などと対話して願い事や契約をしているのよ。祭器には色々と形があるわ。多くは大漁や実りを祈るので、食器、杯などの形をしているわ。戦いに関わるものは盾や槍や剣ね。」
カイ「で、この腕輪が祭器?」
アイシャー「これは私の勘だけど、それ普通の金属じゃないわ。鉄より堅く光輝いている。おそらくこの祭器、私との契約に関係していると思うのよ。」
カイ「で、お前は何を実らしてくれるんだ。」
冗談を言うと。アイシャーの顔色が変わった。
『冗談の通じない女(こ)だ。少し慣れてきたと思って、くだらないことを言ってみたのだが・・・。だんだんとこの女のことが解ってきた。冗談が解らない人っているが、そのタイプだな。』
とりあえず、まだ食べていなかった果物を投げ渡すと、ご機嫌になった。
アイシャー「しかし、そんなもの誰が作ったのかしら。戦の為かしら。はぁ~・・・。」
と、迷惑そうにため息をついた。
アイシャー「とにかく、あなたのお父様がかなり重要ね。」
カイ「親父ねぇ~・・・・。軍や城には親父を知る人間はあまりいないみたいだしな・・・・。村に戻るかぁ~・・・。しかし、今はナダの領地。俺、一応有名人だからなぁ~・・・。村には戻りにくいなぁ・・・。」
自分では気がつかなかったが、しかめっ面がおかしかったようで、アイシャーがその顔を見て笑いだした。
この集落で夜を明かし、次の朝、城下の街を目指すことにした。
〈鍛冶屋〉
フォーラの城下はこの大陸の中でも、最も人の集まる場所の一つ。この城下の鍛冶屋でドワーフを探す。鍛冶屋の情報だけでもいい。これだけ人が多ければ、知る人もいるはずだ。カイ達はまず、城から最も近い鍛冶屋へ足を運んだ。
この鍛冶屋の規模は大きく分業して作業効率を上げていた。非常に珍しいのだが、こうでもしないと、軍の要求に答えられないのだ。
手の空いているものに「ドワーフの鍛冶屋を知らないか?」と聞くと、いきなり答えが返ってきた。鍛冶屋としてかなり腕の立つドワーフが、この城下を出てすぐの所に居るらしい。この城前の鍛冶屋で手に負えない物はこのドワーフの鍛冶屋に依頼するらしい。
親父がこの剣を折れた状態で使っていたのか、折れてからカイの手に渡る前に加工されたのかは解らないが、軍に近い鍛冶屋が関わったと思い、まずここから当たったのだが、早速ドワーフに繋がった。
早速、城下の町を東に出て、教えられた通り北へ向かうと、山の手前にそれらしき建物が見えた。
建物の扉や窓は開いており、中から熱気が漂っていた。間違いなく鍛冶屋だ。中を覗き込むと、そこにはカイの身長の約半分ほどの髭と筋肉の塊のような、ボルツよりも樽と言える男がいた。
カイ「あんた、ドワーフの鍛冶屋だな。」
何度か戦場で見たことはあったのだが、こういった所でドワーフと顔を合わすのは初めてだった。戦場での鎧姿とは感じが違う。
ドワーフ「見ればわかるじゃろ。鍛冶屋以外に何に見える。」
かなり無骨な話し方だ。カイは親父の形見の魔法の剣を取り出した。
カイ「あんた、この剣に見覚えはないか。」
ドワーフは剣を手に取り、しばらく見入っていた。
ドワーフ「おっ・・・・。若いの、いい物持っとるな。ウムゥ・・・。」
先程から話していて、カイは少し困っていた。話の口調や、顔色の変化が少ない。怒っているのか、普通に話しているのか分かりにくいのだ。
ドワーフ「これは、ウチに持ち込まれたモノだな。記憶にある。加工はワシと弟子がやった。」
カイ「ここに持ち込まれたときは、折れていたってことか?」
ドワーフ「そうだ。すでに折れていた。」
小屋を出て切り株を指さした。どうやらカイ達に座れと言っているようだ。表に出ると、小屋の中の暑さがよく分かる。切株に腰を下ろすと、ドワーフが立っている状態で目線がちょうど良くなった。ドワーフは立ったまま話し始めた。
ドワーフ「魔法の武器は珍しい。弟子にはいい機会だと思い、やらせてみたんだが・・・・魔法の武器は硬かった。硬いというか変化せん。これを折った奴は何者なんだ。そう思った。」
カイ「やっぱり簡単には折れないのか。この剣は。」
ドワーフ「普通は折れん。」
アイシャー「私の言うこと信じてなかったの。」
カイは、アイシャーの方をチラっと見た。ものすごく「文句有り!」といった表情だった。
ドワーフ「加工は単純だ。柄をバランスよく短くし、剣先を鋭利にするだけ。しかし、苦労した。」
相変わらず表情はほとんど変わらない。
カイ「これを持ち込んだのは誰だ?それが知りたいんだ。俺の親父が使ってた剣なんだ。」
ドワーフ「持ち込んだのは女だ。気前よく大金を置いていきよった。魔法の武器だったから大金だったのかもしれんが、軍にしては気前がよすぎじゃな。しかし、加工が済んだら軍に回すように言われた。」
カイ「お・・・女?」
色々と思い返してみるが、カイには、その女性が思い当たらなかった。
『俺の知らない女だな・・・』
ドワーフ「間違いない。女だった。」
カイ「親父が直接持って来たんじゃないのか・・・・。」
カイは少し考えた・・・・。
『この剣が持ち込まれたとき、すでに親父は死んでいたのか?』
『この剣を折った奴が親父を・・・・』
『その女が親父を?折れない剣を折った化物?』
『女は何者?』
ドワーフが言う女のことを軍で聞こうかと思ったが、軍に入ったとき、多くの人に親父のことを聞いたのだが、死に関しては全く解らなかった。もちろん、女の話も全くなかった。そして、次に不思議に思ったのは、この剣はどういった物で、親父はどうやって手に入れたかだ。
カイ「この剣は、一体何なんだ?凡人が手にできるものなのか?」
ドワーフ「普通の人間が持てるものではないな。家に代々伝わる家宝。古代の遺跡の奥深くに眠る宝を見つけた冒険家。そんな者でないと普通は魔法の武具は手に入らん。」
親父が村を出たとき、この剣はすでに持っていたはずだ。この剣の装飾に少しだが記憶がある。やはり、村に戻って親父のことを聞くしかないか。
色々と考えていると、アイシャーが口を開いた。
アイシャー「ここでは、これ以上解らないわね。」
カイも同じことを考えていた。
アイシャー「剣のこと、そして、私とあなたの契約。両方を解決出来そうな方法を一つ思いついたわ。」
カイ「おっ。気になるな。どうするんだ。」
アイシャー「大賢者が居るのよ。賢者なら契約のことも、あなたのお父様の剣のことも解るかも。」
ドワーフ「賢者か。白い塔に住む賢者じゃな。これだけの剣なら、何か分かるかもしれんな。」
アイシャー「あら、あなた意外と物知りね。」
明らかに、ドワーフを見下したものの言い方だった。
ドワーフ「伊達に160年生きとらんわ。」
アイシャー「まだまだひよっ子ね。私より歳し・・・」
と、言いかけて、口を押さえた。
カイ「ん?トシがどうした?」
アイシャーは口を押さえたまま、何もないと言わんばかりに首を横に振った。歳のことに触れられないようにすぐにアイシャーは口を開いた。少し慌てていたのがカイにも解った。
アイシャー「ここから南にいった所に、白い塔の村があったはず。そこに向かいましょ。」
カイ「ここから南に行くなら、俺の村も寄れそうだな。親父のことを村で聞ければ聞きたい。」
カイは少し嬉しそうに言った。
アイシャー「ちょうどいいわね。早速向かいましょう。」
カイ「邪魔したな。おっさん。」
ドワーフ「おっさんだと!失礼なヤツじゃ。まあいい。若僧、その剣を大事にな。それからワシはドウバじゃ。」
カイ「ドウバ。じゃあな。」
ドウバ「口の利き方がなっとらんな。」
そう言うと、小屋の中へ入っていった。
二人は一度城下へ入り、旅の支度を整え、白い塔の村を目指し南へ向かった。
〈村へ〉
城下の街から十日。もう半日も歩けばカイの村に到着する。小さな大陸アリートの中央の東に位置する。今はこの周辺までナダの領地だ。
カイ「懐かしいなぁ~。もうすぐ俺の村だ。少し気を付けていないと、ナダの兵に出会うかもな。」
アイシャー「あら?白い塔の村もすぐよ。もしかして・・・・あなたの村、白い塔の村じゃないの?」
カイ「んぁ?名前なんかないぞ、俺の村。それに塔なんてないぜ。」
アイシャー「・・・・。あっやし~い~・・・。脳みそまで筋肉だし。」
小声だったのでカイには聞こえなかった。
約半日歩くと、道のすぐ横の森の方に建物が数軒見え始めた。アイシャーの記憶と勘だと、ここが白い塔の村だ。
カイ「懐かしいなぁ~。到着だ!さぁ~~~~て、兵に気を付けないと・・・。」
そう言い、身を隠しながら村の方へ入っていった。
アイシャー「この近くに他に村はないはず。ここが白い塔の村だわ。」
アイシャーも後を追う。
村の様子をうかがうと、思ったよりもナダの兵が多い。
カイ「困ったな・・・。さぁ~てどうするか・・・。やっぱ俺のこと知ってるかな。」
思い切って普通に村を歩いてみるか。そう考えたのだが、村の外側を様子を見ながら東へ進んだ。
〈村の外れ〉
村から少し東へ歩いた所に、美しい湖があった。
カイ「あっ・・・そうだった。ここに湖があったんだ。」
形見の剣を捨てようとした湖は、この村の湖の記憶が頭の片隅にあったからだろう。その景色に惹かれてカイはあの湖の景色を選んだのであろう。
アイシャー「村の名前が名前だから、ここから塔へは近いはずよ。」
カイ「俺の記憶には塔なんてないぜ。もしそうだとしたら、この山の中にでもあるんだろ。どうやって越えるんだ。見たら解ると思うが、険しいぜこの山。俺はお断りだ。親父も奥までは入らなかったぜ。」
アイシャー「山の中かぁ・・・どこかに隠されてはいると思うけど・・・。塔と村は遠くないはず。でなきゃ村の意味がないのよ。」
カイ「なんでだよ。村がある意味なんてあんのかよ。」
アイシャー「あなたの村、塔の守護者の村よ。何か知らないの。」
カイ「守護者?・・・なにかぁ・・・なんも知らんな。」
アイシャー「やっぱりね。聞いた私が悪かったわ。脳みそまで筋肉だったわね。」
『くっそぉ~。なぜか無性にムカつく。可愛い顔してるくせに。ボルツに言われれば笑えるのだが、この女に言われると、なんだか殴りたくなる。』
湖の縁を歩きながら、アイシャーは何かないか周りを観ていた。
アイシャー「遺跡ねこれ。何かないかしら。」
周りには、崩れた遺跡の柱などがゴロゴロと足元に転がっていた。
カイ「昔、水中にあるのを見たことあるぞ。」
アイシャー「潜って見たの?」
カイ「いや、水が引いて出てきたんだ。湖の底から。」
アイシャー「湖が枯れたの?」
カイ「いや、枯れたというより引いたって感じだな。ばばぁが皿みたいなもの持って『我らに大地の恵みをもたらす生命の水、シシディアよ。』とかなんとか言ってな。そしたら、水が減りだしたんだ。子供心に、お祈りしてるのに大切な水が減ってるじゃねぇか、ばばぁ!て思ったよ。」
アイシャー「それね!祈祷(きとう)というかホーリープレイね。やっぱりあなた達そういった力を持った守護者ね。」
カイ「ばばぁだけじゃねぇか。そんな顔だったぜ。」
『顔は関係ないでしょ。顔は!やっぱり頭の中、無茶苦茶ね。』
アイシャー「ねぇ。その皿みたいなモノ取ってきて。」
カイ「えぇ・・・。無理。ここ敵国の領地。俺、一応敵国にまで知れ渡っている有名人。」
アイシャー「使えないわね。」
なぜかムカつく。
カイ「お前が行けば大丈夫だろ。」
アイシャー「どこにあんのよっ!」
すでにプンプンモードであった。
カイは村のほぼ中心の教会にあると説明した。田舎の小さな村、誰でもすぐに手に出来る所に置いてある。
時は夕刻を過ぎ、あたりは薄暗くなっていた。アイシャーは怒りにまかせて教会へ歩き出だした。
〈教会〉
アイシャーが教会へ向かって歩き出すと、すぐに軽装の兵が声を掛けてきた。カイは村を離れて十数年経つが記憶にない男だ。この村の者ではないナダの兵士だ。教会は村の中心。どれだけ田舎といっても、人通りは多い。さらに言うと、やはりアイシャーは目立つ。この村を仕切っている兵士ともなれば、でかい顔押して声を掛けれる訳だ。
兵士はやがて二人になり、アイシャーの手を強引に引っ張り始めた。その様子を見ていたカイは、何故だか解らないが無性にムカつき、気が付くとその兵士の後ろに立っていた。そして、カイの怒りの一撃が兵士の後頭部を直撃した。それと同時に、アイシャーの怒りの鉄拳が、アイシャーの手を引く兵士の顔にめり込んでいた。
教会の周りには村人が数人いたが、兵士を快く思っていなかったようで、誰も騒ぐ者はいなかった。それどころか、「よくやってくれた」といった空気だった。
村人の一人が、倒れた兵士を教会の中へ引きずり込もうとすると、数人集まり手伝ってくれた。とりあえず、教会の中へ引きずり込めば、一時的ではあるが他の兵士に気付かれることはない。カイも兵士を担いで教会へ飛び込むように入った。そして村人は、何事もなかったかのように教会の前を通り過ぎていった。
教会に入りしばらくすると、表の騒ぎに気が付いたのか、一人の女性が奥から出てきた。
女性「あ・・・あなた・・・カイ?」
カイは、その顔に見覚えがあった。
カイ「お・・・おぅ・・・・。あ、ばばぁ~ん(ばばあ)ところのレミか?」
思わず、声が大きくなってしまった。
レミ「そうよ。暴れん坊のカイくん。」
十年も経てば変わるものだ。昔はなんとも思わなかったが、カイは女性としてレミを見ていた。『女っていいもんだなぁ~。』そう思ったとき、アイシャーが口を開いた。何故か不機嫌そうな口調で。
アイシャー「はぁ~やぁ~くぅ~。」
この状況だとアイシャーが祭器を取る必要はない。カイが事を済ませた方が早い。カイが祭器の皿に手にを伸ばし、「こいつを貸してほしい。」と頼んだ。
レミ「祭器が必要なの?」
カイ「ああ。こいつ(アイシャー)の事で、賢者様に会いに行く必要があってな。それに必要らしい。」
レミ「へぇ~賢者様に会う為に要るの?まあ、カイならいいかな。悪いことしないと思うし。」
レミはカイに近づき耳元で小さな声で言った。
レミ「それ・・・偽物なの。」
カイ「え!偽物!」
驚いて少し大きな声を出してしまった。
レミ「お婆さんに言われたの。このお皿、絶対ナダの国の人に渡すなって。」
少しレミの表情が暗くなった。
レミ「カイが居れば、この村もナダ手に落ちなかったのに。あの偉そうで女好きの兵士に困っているのよ。」
カイ「おいおい。俺一人じゃ防げないし、実際、俺、この村の戦の時出陣してたんだ・・・・・すまない。守れなかった。」
アイシャーは少しイラついた。
『距離が近い!』
もちろんアイシャーはまだ自分の気持ちには気がついていない。
レミ「あ・・・お皿の話だったわね。あいつら(ナダ)には絶対に分からない所に隠してあるわ。夜は訳があってダメだから。明日の朝、朝日が昇る頃に、湖の近くの神木まで来て。覚えてる神木?」
カイ「あぁ。あの巨木だろ大丈夫だ。レミ。もう一つ用があって村に帰ってきたんだ。俺の親父の事詳しく知らないか?」
レミ「あなたのお父さん?私が知っているのは・・・・すごく強かったって聞いているわ。村の為にナダと戦って、何度かナダの兵を追い返しているわ。それと、元々、ここの人じゃなくて、村に夫婦で移住してきたらしいわ。」
アイシャー「ってことは、あなた(カイ)よそ者ね。白い塔の村人の血は流れてないのね。や~っぱりねぇ~。」
少し意地悪そうな笑顔で、ここぞとばかりにアイシャーが二人の間に割って入った。
カイ「どういう意味だ。」
アイシャー「ここの村人。みんな、品があるわ。賢そうだし。それに比べてあなたときたら・・・原始人!」
カイ「まだそんなに村人と出会ってないだろ!誰が原始人だ!」
女性「あら、楽しそうね。」
後ろを振り向くとそこには、レミの母親がいた。
カイ「あ、お久しぶりです。おばさん。」
昔は思わなかったが、少し歳をとったがレミと同じでやはり美人だ。そして、更に思ったことが・・・『二人とも、あのばばぁみたいになるのか!?』といった疑問と、どこかで『それはない!』といった否定的な願望だった。
レミの母「お久しぶりね、カイくん。あら、あなたもお父さんと一緒ね。お嫁さんを連れてこの村に帰ってきたのかしら。」
カイは、違う違うと手を振りながら、少し顔が赤くなって動揺した。
アイシャー「ぜ~~~~~ったいないわぁ~~~~~!!」
アイシャーは大慌て。動揺を明らかに超えたオーバーリアクションだった。それを見たレミの母とレミは、クスッと笑った。
カイ「あ~・・・今の話は本当か。」
レミの母「そうよ。ある日突然、あなたのお父さんとお母さんがやってきたのよ。」
レミの母は思い出すように続けた。
レミの母「そうそう、あなたのお父さんも強かったけど、お母さんもナダと一度戦っているのよ。見た人の話では、女性とは思えないほどの活躍だったとか。」
カイ「へ~・・・俺の母さんが・・・。」
『親父は、母さんのことは一切言わなかったが、一緒に戦ったこともあるのか。二人共、元々冒険者だったのか?』
レミの母「それから・・・。あなたを産んで数年した頃に、あなたのお母さんは村から居なくなったわ。あなたのお父さんは、『天に帰った』て言っていたので、それ以上は聞かなかったわ。」
カイ「そうか・・・。天に・・・死んだのか?・・・ところで、二人はどこからやって来たか知らないか?」
レミの母「それは分からないわ。」
カイ「そうか・・・。他に詳しく知る人はいないか。」
レミの母「そうね・・・。私の母、レミのお婆さんが一番親しかったと思うけど・・・婆さんも亡くなってしまったわ。」
カイ「そうか・・・ばばぁが・・・・。ばばぁ以外に親父や母さんについて誰か知る人はいないか。」
レミの母は数人名前を挙げてくれた。
レミ「カイ・・・。今は、あまり村の中をうろつかない方がいいわよ。ナダの兵はあなたのこと結構知っているわよ。」
カイ「ありがとう。やっぱりそうだよなぁ~・・・。あ、なあレミ、どこか眠れる所はあるか。」
レミ「そうね、村の東に一軒、空き家があったはずだから好きに使うといいわ。ここは今、ナダだけど、あなたの村よ。」
カイ「おう。用事が済んだら。ナダを追い出してやるよ。」
レミは嬉しそうに笑った。カイも笑顔で教会をあとにした。
その後、レミの母に教えてもらった人を訪ねてみたのだが、結局それ以上のことは分からなかった。
幸いにも、兵士が二人気を失って倒れた事は大事にならなかった。ナダの兵士の目に余る行為は日常茶飯事で、誰もがいつかはこうなると思っていたのだろう。村全体の雰囲気もそうだったのだが、カイよりもアイシャーの方が圧倒的に目立っていた。その為「質(たち)の悪い兵士が女に殴られた」ということで片付き、カイの存在は無いに等しかった。
村の東の空き家に到着し少し横になると、
アイシャー「結局、分からなかったわね。あなたのお父様のこと。」
カイ「ああ・・・そうだな・・・。」
カイは、横になり天井を見ながら答えた。
アイアシャー「あなたも、凄い力を持っているけど、この村との繋がりはほとんど無いわね。村人の血は入ってないし・・・。なぜ私と契約できるほどの力を・・・・不思議ね。」
カイの返事はなかった。どうやらすでに寝ているようだ。
アイシャー「やっぱり脳まで筋肉ね!真面目に話して損したわ!」
〈神木へ〉
朝、まだ薄暗い中、カイ達は湖へ向かい歩き出した。湖の南の岸沿いに歩いて行くと神木がある。村から出て、真っ直ぐに湖の方へ歩いているとレミが前を歩いていた。
カイ「おっ。早いなレミ。」
レミ「おはよう。カイも早いわね。」
アイシャーは、テンションが低かった。
『この女(レミ)には勝てない・・・。私は、この女ほどカイを知らない。話題が・・・・ない。』
レミは、少し小さめの木桶を抱き抱えていた。それを見たアイシャーが、「それ!」とだけ言って顎で指した。
『早く持ってあげたら!』
カイが意味を理解できないうちに、桶を奪い取るように取り、カイに乱暴に渡した。
少し歩いていると、レミが話し掛けてきた。
レミ「昨日、教会の中で言えなかったけど、少し前に、ナダの兵が二十人ほど村で一泊していたの。」
カイ「二十人?一泊?フォーラ本国を攻めるにしては少ないな。工作部隊か?」
レミ「北へは向かわなかったわ。ここで休憩して、食料とか買い込んでいたわ。買ったというより、半分は略奪ね。変な杖を持った黒い服の男もいたわ。黒い男は教会にも来たけど、偽物の祭器を見てすぐに出て行ったわ。たぶん探していたんだと思うわ。祭器を。」
カイ「祭器を何に使うんだ。」
レミ「大賢者に会う為かしら?それとも、山を超える為かもしれないわね。お婆さんがナダに渡すなって言っていたのは、そこに理由があるかも・・・・。」
心配そうにレミはカイを見ていた。
レミ「カイ・・・。出会うかも知れないわよ・・・。彼らは危険だわ。きっと・・・。」
レミはカイの手を両手で握っていた。
アイシャー「大丈夫だから早く手を離したら。」
レミとカイは、ハッと気が付き、恥ずかしそうに手を離した。
カイ「お・・・俺。前から不思議に思っていたことがあるんだ。ナダが攻めて来て、俺も戦って負けたんだが、何故かここから攻めてこない。一気にフォーラ本城に攻めて来るかと思ったんだが・・・・。あれから数年経ち、戦は数回あったが、あまり動きがない。何故なんだ・・・。」
アイシャー「興味ないわぁ~・・・人の争いなんて。ま、私は、ソウルが・・・。」
とまで言って口を手で押さえた。
カイ「そ~る?」
アイシャー「な・な・・・なんでもないわ。」
『あぶなぁ~~~~い。ついつい、私(ヴァルキリー)の仕事のことを言いそうに・・・。』
レミ「村が欲しかったってこと?お婆さんが『ナダに祭器を渡すな』て言ってたことに関係あるのかしら。」
カイ「可能性はあるな。気が付くのが遅かったかもな・・・。やばいかも・・・。」
アイシャーは話に入れないことが非常に悔しかった。
レミ「あっ、少し待って、カイ。その桶に水をくんでくれる。」
カイが水をくみ始めると、レミも懐から杯を取り出して水をくんだ。そして、湖を離れ山側へ歩き出した。
〈ホーリープレイ〉
神木は昔と変わらぬ姿でそこにあった。一体何年前からここにあるのであろう、立派な大木だ。
桶の水を掛け、レミが杯を前に出す。
レミ「彼、火が嫌いだから、夜はここへ来れないの。ランタンとか松明使うでしょ。」
カイ「彼?・・・・って・・・もしかして・・・。」
レミ「おはよう。おいしい水を持ってきたわ。あなたの力で守ってもらっている祭器を取りに来たの。お願い。」
神木にそう語りかけると・・・・。何か音がする・・・。
カイ「なに!そんなことが!」
驚くことに、神木の根が動き出した。そして、その根の下から祭器の皿が出てきた。そして、しばらくすると、何事もなかったかのように根は元に戻った。
アイシャー「ト・・・トレント(木の精霊)だわ。」
レミ「はい。カイ。後できっちり返してね。」
カイは、祭器の皿のことよりも、木の根が動いたことに驚き、しばらく放心状態だった。
レミ「いつまでぼ~~~~~っとしてるの。」
レミから祭器を受け取り、湖の祭壇の方へ向かった。
祭器の皿を祭壇に置きレミの方を見た。
レミ「あ・・・あ・・私・・・。お婆さんからここの事は聞いてないの・・・。立ち会ったこともないの。ごめん、分からないわ・・・・。」
カイ「マジか・・・・。他に知る人は?」
レミ「私のお母さんは、巫女になるのを断ったから、お婆さんから直接祭り事を教えてもらったのは私一人。多くの事は、お婆さんが書き残してくれたけど・・・。この湖のことは何も書かれていないの。」
カイ「村に帰って、誰かに聞く前に、適当にやってみるかぁ・・・。」
レミ「え!」
アイシャー「ま、祭器もあるから、対話は可能だけど・・・・。」
カイは湖に向かって、声を掛けた。
カイ「お~~~~い。聞こえるかぁ~。シシディア。返事してくれぇ~~~~・・・。」
アイシャー「ずいぶんと失礼な呼び出し方ね。相手は精霊よ。はぁ~~~~・・・。」
レミ「ほ・・・本当ね。」
カイ「あれ・・・名前間違ったかな?」
アイシャー「いや・・・。そういう問題じゃ・・・。」
アイシャーは呆れ、レミは苦笑い。
女性二人が呆れていると。にわかに水面がザワつき出した。そして、水面が盛り上がり、段々と人の形へと変わっていった。これにはカイも驚いた。
カイ「シシディアか。」
その美しい女性の姿は、水の精霊ウンディーネであった。
シシディア「ずいぶんと乱暴な呼び掛けね。二十数年ぶりに話し掛けられたわ。名前を覚えていてくれて嬉しいから出てきてあげたわよ。」
そして、レミの方を見て、
シシディア「あら、ライラ若返ったの?」
レミ「あ・・・ライラは私のお婆さん。もう亡くなってしまったわ。私は、ライラの孫のレミ。」
『ばばぁってそんな名前だったのかぁ~・・・。それより・・・こいつ(シシディア)が見間違えるぐらい、ばばぁって、昔、美人だったのか!レミもああなるのか・・・』
カイの心の中は残念さで一杯だった。
シシディア「あら、ライラは死んじゃったのね。ホント人間って、短命で、忙しそうで、つまらないわね。ところで、なぁ~に。祭りやお祝いではなさそうね。なんの用で声を掛けたのかしら。」
精霊にとってみれば、人間ほど忙しく面白い生物はいない。だが反対に、短い人生を、なぜあれほど忙しく生きるのか理解できず、くだらない下等な生き物と思う者も少なくはない。精霊達は長生きでお互いに干渉することはほとんどない。人間のように生きる為に仕事をするわけでもないので、とにかく暇なのだ。その為、人間と関わり平らな日々に変化を求める者もいれば、目の前を通る者にいたずらをする者も少なくはない。カイの呼びかけに答えた理由もここにあると言える。しかし、こういった変化を求める精霊は厄介でもある。力を求める人間が精霊の力を借り、悪行を行えば恐ろしいこととなる。精霊にしてみれば、人間の善悪など大した問題ではない。日常に変化があれば、退屈しなければそれでいいのだから。
アイシャー「白い塔に行きたいの。」
アイシャーは言葉を続けようとしたが、それだけでシシディアには伝わったようだった。
シシディア「塔ね。まっ、ライラには色々ともらったし。最近は暇だったから・・・いいわよ。水中の遺跡の入口から山を越えなさい。少しの間だけ遺跡の入口を開けてあげるわ。少しだから、入口に入ったら一気に坂を駆け上ってね。急がないと・・・溺れるわよぉ。ふふ・・。」
最後はいたずらっぽく笑った気がした。そして、シシディアの姿は水の中に消えた。
カイ「レミ。これ村から出せないだろ。返しとくよ。」
そう言ってレミに祭器を返した。
レミ「そ・・そうね・・・。でも、帰りは・・・。」
カイ「道は一つとは限らないだろ。ナダの兵二十人が塔へ行ったのなら、ここは通ってないはずだ。別の道ってことだ。なんとかなるだろ。」
そう言っていると、目の前だけ水が下がり始めた。湖が二つに割れるように。そして、湖の山側に遺跡の入口が見えた。神秘的な光景であった。
レミ「本当に気を付けて。」
アイシャー「いつまでデレデレしてるのよぉ!行くわよ!」
アイシャーは駆け出した。カイも、レミに手を振りながら駆け出した。
〈暗闇の通路〉
遺跡の中は真っ暗だった。ひんやりとした冷たい空気が流れていた。
カイは、足を止めようとしたが、アイシャーは止まらなかった。カイの手を引っ張り、片手で壁を触りながら早足で坂を登って行く。
カイ「なぜそんなに急ぐ。真っ暗で何も見えない。」
アイシャー「そんなこと言っているうちに、水位が上がってくるわよ。」
アイシャーの言うとおり、水位は一気に上がってきた。坂を駆け上っているはずなのに一時は膝下まで水に浸かった。坂の上までたどり着いたようだが、ゆっくりしていたら、本当に溺れていたに違いない。
カイ「冗談でも、水が戻るの早すぎだろ。」
アイシャー「解ってないわねぇ~。精霊なんてこんなものよ。人なんて精霊からすれば、短命でくだらないモノなの。暇だから遊んでいる感じなのよ。例えあなたが死んでも、責任も感じないし、『あ~~~~面白かった!いい暇つぶしになったわ。』て、程度なのよ。」
アイシャーはそう言いながらも、自分と同じだと感じていた。少し前の自分なら、「同じ」なんて感じなかっただろう。それが、当たり前のことだから。しかし、カイと行動を共にするうちに、今まで無限と思っていた命の大切さを少し感じ始めていたのだ。それとともに「人間」というものを解ってきていたのだ。
カイ「ケッ。あいつら遊びかよ。」
アイシャー「精霊や妖精、それから、神は皆同じような価値観で人と接してくるわ。だから完全に信じちゃダメ。彼らのいたずらは、人間を死に追いやるのよ。覚えておいて。」
カイ「お前、よく解ってんなぁ~。そういえば・・・。」
そうカイが言ったときアイシャーはハッとした。
そして・・・
カイ「お前も人ではない精霊的なモノ・・・だったよな?」
アイシャーは答えに困った。少し前までは、シシディアと同じ感覚だったわけだ。
アイシャー「わ・・・私は大丈夫よ。カイが助けを求めて召喚したんだから。あなたを・・・助けるのが・・・私の使命よ。」
何故か思っていることを口に出すのに抵抗を感じた。そして、とても恥ずかしかった。
二人は暗闇の中にいた。真っ暗で何も見えない。一体どっちを向いて話をしているのだろう。坂は終わり平坦になっているのは分かっていた。水位もこれ以上は上がらないようだ。壁を触った感じでは幅はそれほど広くない通路のようだった。
こんな真っ暗闇の中を歩くとは思っていなかった。
カイは冒険者ではない。夜に活動したり、洞窟を探索することはない。旅をしていても、夜は枝を拾って火を点けて飯を食ったり暖をとるだけ。その後は寝るだけ。その為、ランタンや松明は常備していない。仕事で夜動くときは、その都度買うか、雇い主から頂くか借りる。その方が荷物が少なくて動きやすいのだ。もちろんアイシャーもなにも持っていない。この旅に関して言えば、カイにオンブにダッコ状態だ。
カイ「あぁ~・・・勢いで駆け込んだが・・・くそ~・・・。これもアイツ(シシディア)の策略か。今ごろ腹かかえて大笑いしてんじゃねぇか。」
アイシャー「とにかく、壁を伝いながらゆっくり進みましょ。」
二人の声が遺跡の中で響いていた。
カイは、昔、同じような真っ暗闇の中に閉じ込められたことを、ふと思い出していた。
『そうだ、昔、遺跡で遊んでいて、足下が崩れて・・・遺跡の中に落ちたんだ。レミと一緒に・・・。そう・・・暗闇だったんだ・・・・。どうしたっけ・・・。』
カイは思い出した。
『そうだレミが・・・不思議な明かりを・・・。』
子供の頃、何度かレミの真似をしたことがあった。そして、カイは思い出すように念じて指を鳴らした。
アイシャー「こんな時に何してんのよぉ!」
気のせいか、うっすら明るくなったような気がした。それは気のせいではなかった。小さな青白い光の玉が一つ浮かんでいた。
カイ「久しぶりだな。もう少し仲間を呼んでくれないか。まだ明るさが足りない。」
そう言うと、青い光の玉は五つになり、暗い遺跡の中を照らしだした。カイはウィル・オー・ウィスプ(光の精霊)を呼び出していたのだ。アイシャーは驚いた。そして、やはり普通の人間ではないことを確信した。
この時、二人は気付いていなかったが、本来、真の暗闇の中では光の精霊は存在しない。それは、水中に炎の精霊が居ないのと同じことなのだ。つまり、この通路には、光の精霊が存在できるように造られた秘密があるのだ。
五つの光の玉に導かれるように通路を進んだ。途中で部屋が二つほどあったが、それ以外はほとんど真直ぐの通路が続く。長い通路に段々と不安になってくる。真っ暗闇の状態でこの距離を進むのは無理だっただろう。
どれくらい歩いただろう。太陽の光がなくては時間も分からない。お腹の減り具合から半日は歩いたと思える。
そして、ぼんやりとだが、光が見えた。
〈白い塔の入り口〉
村人が造ったのだろうか、それとも、さらに古く、村がある以前からあるのか。よく解らない遺跡の長い通路を進み、出口の光に導かれるように外へ出た。
少しの間、外の光が眩しく、目が明けられないほどであった。
村の方は緑の美しい山だったが、遺跡を抜けたその場所は、緑も少ない赤く茶色い岩山だった。そして、それはすぐに分かった。上部が崩れたであろう巨大な白い塔が目の前にあった。
カイ「本当にあったな。お前の言う通り、村と塔は繋がりがあったようだな。」
アイシャー「言った通りだったでしょ。あなたはよそ者で関係なかったけど、村の人は塔に関わっていたでしょ。」
カイ「確かに俺はよそ者だが、その言い方なんだか微妙に引っかかるな。」
アイシャー「あら、わかったぁ~。」
なんだか少し楽しそうだった。
カイ「しっかし、なんで賢い人ってこんな変な所に住みたがるんだ。」
アイシャー「そうね。それも質問の一つにしましょ。」
塔の入口に目をやり、カイは気がついた。
カイが口を開こうとしたその時、先にアイシャーが口を開いた。
アイシャー「嫌な感じがするわね。」
カイ「感じるとかそんな問題じゃないな。見れば解る。あんなでかい髑髏(ドクロ)は普通転がってないからな。あらぁ番犬だな。」
カイは剣を抜いた。アイシャーもすでに剣を右下に下げ駆け出していた。
明らかに人ではない大きさの髑髏が浮き上がり、体を形成し、剣を持った巨大なボーンゴーレムが二体現れた。
カイ「悪趣味だな。早く塔の中の賢者様に会いたくなったぜ。」
カイは戦いには熟(な)れてはいたが、ヒューマノイド以外の魔法生物は嫌いだった。
ヒューマノイド型のゴブリンやオークなどは、関節の動く方向は人間と同じ。つまり、ある程度は攻撃の範囲や動きが予測できる。ところが、魔法生物は、人の形ではなかったり、関節というものがない。このボーンゴーレムも、骸骨ではあるが、魔法に操られた骨の集まり。極端なことをいえば、関節が本来曲がらない方向に曲がる攻撃も可能なのだ。つまり、思わぬ方向から攻撃が来ることもある。予測が出来ないこともあるのだ。
身長二メートルほどの巨大な骸骨。その長身から振り下ろされる剣の剣撃は凄まじいものだった。しかし、このボーンゴーレムは動きが単純過ぎた。カイにしてみれば、胸元に一撃入れてくださいと言わんばかりだった。
左腕を大きく伸ばし剣を振る。一見空振りのように見えるが、その遠心力を利用し、大きく踏み込んで右手の魔法の剣を胸元に叩き込んだ。ボーンゴーレムの肋骨の下部をかすめ背骨が砕け、上半身が崩れ落ちた。
『手応えあり!余裕だな!』
しかし、崩れ落ちた上半身が浮き上がりだした。
それを横目で見ていたアイシャーが叫んだ。
アイシャー「剣で倒すのは難しそうね。衝撃に弱いわよ。砕いて!」
そしてアイシャーは左手に持つ盾でボーンゴーレムに突進した。
盾がボーンゴーレムに当たったかと思った瞬間、ボーンゴーレムが吹き飛び砕け散った。盾に衝撃波の魔法を掛けていたようだ。
カイはその様子を見ていた。人ではない精霊的なモノとは解っていたが、この女は何者なんだという疑問が更に膨らんだ。
カイは、ボーンゴーレムの動きを読み、塔の壁際まで移動していた。普通の人間には難しいことだろうが、カイにとっては簡単なことだった。
そして、頭部を狙い剣を叩き込んだ。剣で叩かれ塔の壁に当たり大きな頭蓋(ずがい)は砕け散り、体がバランスを崩した。更に、剣を叩き込んだ勢いを利用し背中からボーンゴーレムに突進し、塔の壁にボーンゴーレムを叩きつけた。肋骨は砕けもう動かないかと思ったとき、とどめに塔の壁のブロックと思える大きな石を上から投げつけた。
カイ「あぁ~面倒なやつだったな。もう動くな・・・よっ・・と。これがお前の墓石じゃ!」
手に付いた、土埃(つちぼこり)をパンパンと払いながら、「ふぅ~・・」っと大きく息を吐いた。
アイシャーは何処からか見られているのを感じていた。
カイ「さ~ぁ。趣味の悪い奴に会いに行くかぁ。」
アイシャー「大きな声出さないで。聞かれてるわよ。」
カイ「だぁ~~~れに。」
塔の中に入ると、かなり朽ち果てていて半分空が見えていた。
カイ「こんな所に人が居るのか。」
アイシャー「骸骨が襲って来たでしょ。だから、たぶん居るわ。」
アイシャーは塔の中に入ってから凄い魔力を感じていた。人間とは思えない凄い魔力。それは足元から発せられていた。
〈賢者〉
塔の内部はガレキだらけだった。長い時を風雨にさらされ崩れ落ちたのだろう。どれほどの高さだったのかは想像出来ないが、大きさは相当なものだ。何が目的で造られたのだろう。
カイ「上には上れそうにないな。ま、この状態だと、上はないだろうし、上りたくないな。」
アイシャーは今の人間化状態に不便さを感じていた。霊体の状態なら、空から一望できるからだ。
しばらく歩いていると、地面に大きな下りの階段があった。アイシャーは迷いなくその階段を下り始めた。下から発せられる強大な魔力に惹かれるように。
カイ「おいおい・・・。無防備だぞ。」
そう言い、剣を抜き、急いでアイシャー後を追いかけた。
階段を下り終えると、塔の中央に向かって通路があった。通路の両側には騎士の石像が並び、その横には松明が灯り通路を明るく照らし出していた。
アイシャー「凄い魔力。居るわね。賢者様ならいいけど・・・。」
カイ「おいおい、脅かすなよ。石像の騎士が襲ってきたら、さっきの骸骨よりも厄介だぜ。」
カイは、用心深く剣を構えながら進む。対してアイシャーは、魔力強さと発生源に惹かれ、剣を構えることを忘れる程であった。
通路の奥に、何かが見える・・・・。
カイ「なぁ~~~んだ。上に居た骸骨と同じかよ!」
骸骨「ふっふっふ・・・。骸骨あつかいですか。」
カイ「しゃ・・・喋りやがった!」
『この骸骨から発せられているのかしら?この魔力。』
アイシャーは疑問に思った。
そこには、高層が着るようなローブに身を包んだ骸骨が座っていた。
アイシャー「あなたが・・・大賢者?」
骸骨「大賢者・・・。違うな。私は、お前たちが言う大賢者ではない。」
アイシャー「私達が探している大賢者ではないってこと・・・。ところで・・・、あなた自らリッチになったの?」
リッチ
アンデッド(不死)の中でも上位に位置する高位な存在。王、魔術師、司祭などの力の強い者が、魔法の力を借りてアンデッドとなった者。無限の命を持ち、強力な魔力を持つ。アンデッドでありながら、時には聖職者の魔法も操る。
リッチ「そうだ。私は、ここを守る為に人である事をヤメ、自らリッチになる道を選んだ。しかし・・・リッチと言われるのはいささか抵抗があるんでな。なので、名前で呼んでは頂けないだろうか。賢者ワートと。」
アイシャー「え!賢者!?」
『そ・・・そうね。考えてみれば、リッチになって私達のように永遠の命を手に入れれば、何事にでも興味を持つ人間なら、私達以上に知識を得ているはず。』
カイ「お前、元々人間なのか?どう見ても、骸骨の悪もんだぜ。」
アイシャーは少し慌てて、
アイシャー「あ・ああ・・・口は悪いけど・・・・」
続けて「根はいいやつなのよ。」とフォローしようと思ったのだが。
『ワートに対しては、失礼があってはいけないわ。でも・・・、カイをフォローする必要ないわよね。』
そして、出てきた言葉は、
アイシャー「頭も悪いのよ!だから、この男は無視して、私の話を聞いて欲しいの。」
カイ「お・おい!」
アイシャー「何か間違えてる。」
賢者ワート「久々の客だ。大目に見ようじゃないか。」
カイ「おぉ~。さすがは賢者様。寛大だぜ。」
賢者ワート「私も、伊達に400年生きとらん。分かることなら答えてやろう。」
カイ「苦労して来たんだ。当然だ。入口の骸骨も面倒だったぜ。手厚く弔ってやったぜ。」
賢者ワート「すまなかったな。招かざる客がたまに来るんでな。番犬は必要なのだ。」
カイ「面倒だったが、大した番犬じゃなかったぜ。もっといい番犬を飼えよ。」
賢者ワート「心配無用だ。本当に招かざる客が来た時は、本当の番犬が相手をする。」
アイシャー「カイ!本題に入るわよ!」
カイ「はいはい。人が楽しく話してるのに。」
アイシャー「そんな会話しか出来ないの。何しに来たか解ってる。ホント馬鹿ね!」
カイ「解っとるわ!」
アイシャー「私、こいつ(カイ)に呼び出されたの。呼び出しといて、解放の仕方が分からないらしいの。賢者ワート。あなたなら、こういった契約について知っているわよね。早く開放されたいの。」
カイ「頼むぜワート。俺、よく解らないが、こいつを呼び出したみたいなんだ。なんとか自由にしてやりたいんだ。」
賢者ワート「お嬢さん・・・・。ヴァ」
と言ったところでアイシャーが慌てて「言わないで、ないしょ」と身振り手振りを始めた。ワートはそれがすぐに理解できた。
賢者ワート「お嬢さんほどの力を持つ者を召喚するとは、兄さん大したものですね。」
ワートは、アイシャーがヴァルキリーであることはすぐに見抜いた。しかし、カイは何者か分からなかった。一つはっきりと分かった事は、カイは普通の人間ではないことだった。ワートは考えていた。この男は何者なのか。
ワートは、アイシャーを見て、ふと、思い出したことがあった。それは、数十年前、同じように、ヴァルキリーと一人の男がここへ来た事を。
『ヴァルキリーと人間は、意外と切っても切れない関係なのかもな・・・。ヴァルキリーも珍しいといえば珍しいが、私に会いに来る者に普通の人はまずいないな。』
実際、ワートに会いに来るとなれば、山を越えるか、カイ達のように遺跡を抜けるしかない。ここまでたどり着いた時点で常人ではない。神頼みのように会いに来る者。王の使いで相談に来る者。数十年に一度、誰に吹き込まれたか分からないが、数人のパーティーでワートを倒しに来る者。自ら賢者を名乗る偉そうな中途半端に力を持つ魔法使い。そんなところだ。
賢者ワート「残念ながら、お嬢さん。これは、『呼び出す者』『呼び出される者』互の契約によるものだ。何か過去に取り決めがあるはずだ。それに従うしかないのだ。個人や集団的契約、あなた達の身辺(しんぺん)の方々が知っているんじゃないですか。」
アイシャー「と言うことは・・・。私の仲間がカイとか村の人と契約していた可能性もあるのね。」
カイ「俺は、なにも知らんぞ。」
アイシャー「あっやしぃわぁ。そんなとぼけたこと言っているけど、精霊と会話したり、ウィスプ呼び出したりしてたじゃない。」
カイ「え・・・。そういった事と同じなのか、あれは、子供の時の遊びの延長だぜ。」
アイシャー「じゃ、私も、遊びでぇ!」
アイシャーは怒りがこみ上げてきた。
賢者ワート「お嬢さん。冷静に。あなたほどの力の持ち主を、簡単には呼び出せはしない。きっちりとした取り決めがあるはずだ。」
『あのバンクルか?あれが関係しているのか・・・・。私が見ても分からない。大賢者なら、何か分かるだろうか・・・・』
ワートは悩んだ。
カイ「互の契約なら、ワートは部外者だ。分かる訳もないな。」
アイシャー「・・・・。」
ワートが悩んでいると・・・・。
カイ「こいつを見てくれ。」
そう言い、親父の形見の剣をワートに見せた。
ワートはその剣を手に取り、じっくり見始めた。
賢者ワート「今日は、驚くことばかりだ。長生きはするもんだな。ふっふっふっ・・・。」
カイ「それは、俺の親父が持っていた剣なんだ。それがどういった物なのか俺は分からない。お前なら何か分かるか?」
賢者ワート「こいつは美しい剣だ。魔法の剣だな。残念ながら折れてしまって、手直しの加工が荒いが・・・。この剣を加工し直すのはかなり骨の折れる作業だ。普通には無理だな。」
カイ「こいつ(アイシャー)も同じことを言っていたぜ。実際、手直しした鍛冶屋に会って話も聴いたぜ。」
賢者ワート「それはご苦労でしたね。・・・この細工の美しさ、魔力の強さ。兄さんの親父さんは、貴族か何処かの王か・・・・。いや、それ以上の者。このような剣は普通、人間界には無いと言ってもいい。神が認めたドワーフ達に作らせた神に近い者が持っていた物。それが、天から落ちたか・・・・。」
カイ「俺の親父は木こりだ。あ・・・昔は分からないが、貴族ってことはないと思うけどなぁ。普通のオヤジだと思うぜ。ところで神なんて居るのか。」
賢者ワート「神は存在する。そうだろ、お嬢さん。」
アイシャー「そ・・・そうね。多分・・居ると思うわ。」
ワートのフリにアイシャーは少し慌てた。目が泳いでいた。
カイ「お前(アイシャー)も神を信じているのか!?」
賢者ワート「しかし、この剣を折った奴は・・・・。神、半神、神と同等の悪魔・・・・。もしかすると・・・・分かっていてこの剣を用意したのか?」
カイ「分かっていて?どういう意味だ。」
賢者ワート「この剣は、剣を折ったヤツと戦う為に用意されたのかも?しかし、なぜ人の手に・・・・。」
アイシャー「だとしたら、カイのお父様は悪魔と戦った。て考えるのが一番ありえそうだけど・・・・。悪魔の出現は聞いたことないわね。」
賢者ワート「半神の方が可能性があるかもな。半分神の人間は強く、悪行に手を染めやすい。その行いを止める為に剣を手渡されたのかもしれん。」
カイは閃いた。
カイ「ナダの王だったりして。」
冗談っぽく言ってみた。
賢者ワート「有り得ない事ではないな・・・・。しかし、ナダの王の目立った行動には覚えがないな。慎重なのか?」
アイシャー「あなたのお父様、軍に居たんでしょ。そしてナダと戦っていた。正解じゃない。」
カイ「直接王と戦う?記録にもないし、聞いたこともない。」
賢者ワート「これ以上は推測の域を出ないな。それにしても・・・・。」
『こんな剣が・・・・。人の手に余るものだ。しかし、この剣と、この二人の強さならば・・・・・。』
〈クエスト〉
賢者ワート「一つ、条件があるのだが・・・・。大賢者に会ってみますか?」
アイシャー「え!大賢者に会えるの!?」
賢者ワート「ええ。ただし、私の手伝いをして欲しい。あなた達もすでに関わっている可能性もあることだ。」
カイ「なぁ~んだ。賢者様が交換条件かよ。」
賢者ワート「実は、ナダの国が不穏な動きをしている。戦に魔物を利用している。」
カイ「ああ。間違いないぜ。俺も何度か戦ったぜ。」
賢者ワート「低級な魔物ならまだいいのだが、私と同等の力を持つ者を利用しようとしている。それは非常にまずい。」
カイ「お前、普通には死なないんだよな。同等の力!そんな魔物が戦場に現れたら止めようがないぜ。そういった意味でもこの件はお断りだ。お前が自分で動いて止めろよ。」
アイシャー「・・・・確かに・・・。リッチほどの力と同等となると・・・・。」
賢者ワート「私は、ここから離れることが出来ない。ここを守らなければならないんでな。頼む。あなた達の力を貸してほしい。あなた達ほどの力があればヤツを止められるはずだ。お前の親父の剣があれば出来る。」
アイシャーの暗く沈んだ表情を見て少し考えた。
『俺は、あの戦場で死んだも同然。それを救ってくれたのはアイシャーだ。もしかすると、俺は、死ぬことも許されない死神かもしれんがな。』
カイ「・・・出来ることならやってもいいが・・・・無理なら途中で降りるぜ。続きを話しな!」
アイシャー「カイ!」
アイシャーは嬉しかった。もし、カイが本当に断ったら、アイシャーは一人でも受けるつもりだった。
賢者ワート「ここから、南へ向かい、谷を北東へ数日進むと古城がある。そこに眠るカイゼル王を封印して欲しい。」
カイ「ん?眠る?」
アイシャー「カイゼル・・・もしかすると・・・ヴァンパイアじゃない?」
賢者ワート「よくご存知で。」
アイシャー「た・・・確かに。ワート、あなたと同等ね。いえ、もしかしたらそれ以上かも。でも、カイゼル王はすでに封印されていたはず。」
賢者ワート「封印が少し弱くなっているようだ。完全に復活する前に、ナダのネクロマンサーがその力を利用しようと狙っているのだ。おかしな契約でもされたら、この国いや、大陸が傾く。ネクロマンサーを止めるのも手だが、いずれまた新たなネクロマンサーがやってくる可能性もある。カイゼルを完全に葬るか、完全に封印するかだ。」
『ナダのネクラ・・・。レミの言っていた黒い服の男か。』
アイシャー「私の剣やカイの剣ならヴァンパイアでも傷付けられるわ。私達でないと出来ない事かも。」
カイ「しかし・・・・。ヴァンパイアだったら、戦場には出てこないだろ。基本的に戦は日中だ。」
賢者ワート「確かに戦場で会うことはないだろう。しかし、ヴァンパイアというのは、神出鬼没。ネズミやコウモリ、ときには霧になり姿を消し突然現れる。もし、王城に現れて、お前達の国の王が殺されたらどうなる。」
カイ「その機を狙ってナダが一気に攻めて来るな。」
賢者ワート「そういうことだ。それに、ヴァンパイアは異性を魅了する力ももっている。お前さんの可愛いお嬢さんがうばわれたらどうする。」
カイはアイシャーをチラっと見て笑った。
『ないない・・・ありえない。あんなツンツン女。』
アイシャー「なに笑ってるのよ!なんかムカつくわ。」
カイ「分かったよ。ネクラマンとかも倒してカイゼルも封印すれば、ナダの進行も止めれる訳だな。ナダが係わっているとなれば、黙って見逃すことはできないぜ。」
アイシャー「ネ・ク・ロ・マ・ン・サー。屍人使いよ!」
賢者ワート「ヴァンパイアも王ともなれば倒すのは大変だ。灰からでも再び蘇る可能性がある。カイゼルに致命的な一撃を与えられれば、彼の体は灰となるだろう。その灰を可能な限り集め海や河に流してほしい。もうひとつの方法は、彼の心臓を持ち帰ってきてほしい。」
『カイゼル王よ。ナダの進行がなければ、復活しても、なにも問題はなかったのだが・・・・時代を恨んでくれ。』
カイ「心臓か。倒す方が楽そうだな。明日の朝、早速古城へ向かうぜ。」
賢者ワート「もし、何かあれば、無理せず戻ってこい。私はここから動けんが、手助けは出来る。」
アイシャー「分かったわ。」
塔内部は魔力が強く、アイシャーは落ち着かなかった。カイは塔の中で一泊しようと言ったのだが、アイシャーが落ち着かないということで、遺跡まで戻り通路内にあった小部屋で夜を過ごした。
〈古城へ〉
ワートに言われた通り、遺跡の出口から南へ向かうと、北東方向へ谷が分岐していた。ワートを信じて真っ直ぐに二日歩いた。
道中一つ気になることがあった。明らかに数日前にこの道を古城に向かう者があったということだ。野営の跡が数箇所あったのだ。
『結構な人数だな。20人・・・レミの言っていた御一行様かぁ?』
細い谷筋を進むと、少し見上げた山の中腹に雲の切れ目から白い古城が見えた。
カイ「あれだな。しっかし、こんな辺境になんで城なんだ。白い塔と同じだが、おかしくないか。さぁ~て・・・。先行者が居るようだし気を引き締めて行くか!」
アイシャー「ナダのネクロマンサー達の可能性があるわね。もしそうだったら、最悪ね。」
カイ「そいつらでほぼ間違いないだろう。レミが言ってた奴らなら20人ぐらいか・・・出会いたくないが・・・。確実に居るな。」
谷の細い道を抜けると少し開けた所に、いくつもの墓標があった。その近くに、少し前まで息があったであろうナダの兵士が十人ほど倒れていた。
カイ「死んでいる・・・・一体何が・・・・。」
アイシャー「剣で切られた感じでは無いわね。」
カイ「狼だ。」
そう言った瞬間、カイは剣を抜いて構えていた。
〈人狼(じんろう)〉
カイの前方には、カイよりも一回り大きな人、いや獣が霧の中立っていた。二本の足で立ち、全身が毛で覆われ、頭は狼。そいつは、今倒したであろうナダの兵の血を体に浴び、そこに立っていた。
それは、ウェアウルフ(人狼・狼男)であった。
カイ「マジか・・・・コイツはやばそうだぜ・・・・。くそ~・・・王に会う前にリタイヤかもな。へへ・・・。」
カイは感じ取っていた。この戦闘獣士の匂いを、死の匂いを。まさに、狂戦士(ベルセルク)。
カイ「死線の匂いがプンプンするぜ。コイツ一匹で戦場だぜ。」
アイシャー「戦う前から、何言ってるの!怯えてるの。」
カイ「コイツは鳥肌もんだぜ。血が煮えたぎってきたぜ。」
ウェアウルフ「今日は、忙しい日ですね。もう数十年は平和だったのですが。一体どういったことでしょう。」
カイ「王に会いたい。と言って通してくれる訳ないよな。」
カイは笑っていた。
アイシャー「何にやけてるの。楽しい訳?」
ウェアウルフ「今、王に会わせるわけにはいきませんね。王の命が目当てですよね。」
カイ「悪いがそうだ。」
ウェアウルフ「私は、この街の入口を守るセルジオと申します。命が惜しくばお引き取り願います。」
カイ「色々と訳あって王に会いたい。それに・・・、お前と戦いたくなった。」
カイは、腰を低く落とし、戦闘態勢に入った。
『一気にケリをつけなければ。こっちの手を見せる前に。』
セルジオは武器を持たない。素手だ。剣を使うカイの方が間合いは広い。
セルジオよりもカイの方が早く動いた。右手の魔法の剣で牽制するように間合いを計りながらギリギリを狙う。
セルジオはカイの人間離れした早さに驚いた。
カイの予想通り、セルジオは少し退いた。そして、得意の回転踏み込みで左手の剣で力いっぱい切り込んだ。
カイの攻撃は完璧だった。一撃で決まった!はずであった。躱しきれないと判断したセルジオは、人間離れしたその早さで一撃を左腕で受けた!カイは驚いたが、これで左の拳は封じた。そう思った。
セルジオの左腕は切断こそしなかったが、確実に骨まで達していた。セルジオは痛みに耐え、素早く右拳をカイにぶち込んだ。
『マジか!躱せねぇ。』
予想外の攻撃に少し躱すのが遅れてしまった。革鎧の上からとはいえ嘔吐しそうな一撃だった。
セルジオ「あなた、大したものですね。私に一撃を与え、更には、私の一撃に耐えた。人間ですか?」
カイ「おぇ~・・・ゴホゴホ・・・。多分人間。違ったら死神だ。」
セルジオ「冗談が言えるんですね。これは手強い。」
そう言いながら、今にも落ちそうな左腕のズレを自ら修正していた。みるみるうちに傷口が治ってゆく。そして、なにもなかったように腕がひっついた。そう、再生能力があるのだ。
カイ「腕、ひっつきやがった・・・・。俺の腹は戻らないぜ・・・。くっそぉ~・・・。」
アイシャーもカイが戦うと同時に戦っていた。大型の狼二匹とゾンビ四体が相手だった。その為、カイに加勢できない状況にあった。
このゾンビ、アイシャーにとっては大したことはなかったが、ただのゾンビではなかった。それはレッサーヴァンパイアであった。日中ではあったが、この霧の影響なのか太陽の下でも動けるようだ。レッサーヴァンパイアも再生能力があったのだが、アイシャーの魔法の剣で切られれば再生能力も及ばなかったのである。
アイシャーは一体だけレッサーヴァンパイアを残し、そいつを盾のようにして狼と自分の間に入るように動いていた。二匹の狼はアイシャーに襲い掛かりたいがレッサーヴァンパイアが邪魔なのだ。
アイシャーはチャンスをうかがっていた。それは狼も同じだった。
先に動いたのは狼の方だった。一匹の狼がレッサーヴァンパイアを押しのけて突進して来た。すぐにもう一匹も飛び掛ってきた。
どちらかをブロックできても、もう一匹に攻撃される。
もちろんアイシャーもこのことは予測していた。レッサーヴァンパイアを押しのけて突っ込んできた狼を衝撃波の盾で吹き飛ばしたのである。この衝撃波は、近くにいたレッサーヴァンパイアと突っ込んできた狼を吹き飛ばした。後から襲いかかってきた狼も、攻撃線上に狼が飛ばされてきた為、狙いが少しずれてしまった。
アイシャーは見逃さなかった。最小限で狼の攻撃を躱し首を落とした。衝撃波により何処か骨が折れたのか、始めに突っ込んで来た狼の動きは鈍っていた。アイシャーにしてみれば後は簡単なことだった。
〈死闘〉
カイは苦戦していた。
セルジオは恐ろしく素早い。そして怪力だ。こちらが気を抜けば一撃で殺られる。迂闊(うかつ)に切り込むことができなかった。
それは、セルジオも同じであった。カイの運動能力が非常に高く、セルジオの攻撃も空を切ることが多かったのだ。更に、カイの右手の剣は魔法が掛かっていることが分かった。右手の剣で攻撃されると、傷の回復が非常に遅い。とにかく右手の剣の攻撃は食らってはいけない。セルジオはカイの右手の剣に非常に集中していた。
カイはこの勝負では使いたくなかったが、一つ試してみることにした。もう、手段を選んでいる場合ではなかったのだ。
カイはいつも四本のスローイングダガー(投げ短刀)を持っている。しかし、実際ほとんど使うことがない。卑劣な奴や卑怯な奴には投げることがあるのだが、男の勝負でこれを使うことはしなかったのだ。
しかし、いざ投げるとなると大きな問題があった。
今、カイは両手に剣を持っている。つまり、ダガーを投げるには、どちらかの手の剣を放さなければならない。明らかに不自然になる。相手が相手なだけに悩んだ。剣を手放した時点で勘付かれ、ヤツの早さで飛び込まれたら投げる以前の問題だ。
カイは思い切って、ゆっくりと左手の剣を地面に突き刺し、右手の剣を両手で持って構えた。
その動きは非常に自然だった。セルジオには特に動きはなかった。
その構えを見たセルジオは、『両手でその剣を振るのか・・・・。こいつはヤバイな。』そう思っていた。
間合いを計り様子を見る。そして、両手で強振(きょうしん)し、振り切ったところで片手を放した。剣を放したその左手で、剣を振った遠心力を利用し、二本のスローイングダガーを投げた。
もちろん、ダメージにならないことは解っていた。少しでも隙ができれば一撃を叩き込める。そう思って投げた。そして、投げると同時に一気に間合いを詰めた。
しかし、セルジオはそれに動じず、何事もなかったかのようにダガーを無防備に受けた。
『ありえねぇ!普通、反射的に避けるだろ!』
セルジオがスローイングダガーを無視して踏み込んだ為、カイの間合の内側に入られた。
セルジオは目の前にいる!もう剣を振るスペースもない。
セルジオはその拳をカイの左脇腹に叩き込んだ。
カイは左脇を締め、間一髪、左腕でブロックしたが、左腕は折れてしまった。
『骨が・・・折れた・・・』
痛みが体を支配する・・・・。打つ手がなくなり、さらには窮地に陥った。
しかし、睨み合い、お互い、動けぬ状態が続いた。
カイの集中力は尋常ではなかった。少しの時間の間に、段々と痛みを感じなくなっていた。
この緊迫した状態を破ったのは一つの悲鳴だった。
〈油断〉
アイシャーが狼とレッサーヴァンパイアを倒した後のことだった。
何かを感じて注意深く周囲を見ていると・・・・何かが居る・・・。霧の中に何かが・・・。それは、黒い人影であった。その人間からは、邪悪な魔力を感じた。
謎の人影「おおっと。お前らの後、楽して通るか、後ろからお前らを殺るか、このまま退散か・・・。悩んでいたが、見つかったか。」
仮面を付け黒い装束に身を包んだ魔術師のようだった。
アイシャー「ナダに仕える魔術師だな。卑怯者。」
黒装束の男「卑怯者?違うな。私は、目的を達成するために手段を選ばないだけだ。見ての通り、私の部隊は全滅したからな。少し前まではこのまま帰るつもりだった。ところがいいタイミングでお前たちがやって来たわけだ。私はお前とやる気はなかったが、なんらな相手をしてやってもいいぞ。」
アイシャー「たかが魔術師が、私に勝てるとでも思っているの。精神集中する前に切り刻んであげるわ。」
黒装束の男「威勢がいいですね。」
黒装束の男は錫杖(しゃくじょう)のような杖を構えた。
『変わった武器ね・・・。そんな物で私を傷付けられるものか!』
アイシャーは一撃で決めるつもりで飛び掛かった。飛び掛ったはずだったのだが・・・。足が動かない。
そう、これが黒装束の男の秘策であった。
笑っている。黒装束の男は笑っている。仮面を付けているが笑っているのが分かる。
『動けない!どうどうして!』
足元を見ると、地面から数人の屍人(しびと)と無数の手が出ていた。そして、アイシャーの足にしがみついていた。
黒装束の男は笑いながら杖を振った。
遅い。アイシャーから見れば、その振りは遅かった。
『これぐらい簡単に防げるわ。受けてから次の攻撃を見てなさい!』
そして簡単にその攻撃を盾で受けた。
しかし、次の瞬間、盾の外側から何かが回り込んで来た。気付いた時にはすでに遅かった。二つの鉄の塊がアイシャーを捉えた。左肘の辺りと、脇腹にまともに入った。
アイアシャー「きゃ~~~・・・」
黒装束の男の武器はフレイルであった。棒の先端にチェーンなどを取り付け、そのチェーンの先に鉄球や鉄棒を付けた鈍器である。迂闊に棒部分を盾で受けると、チェーンで繋がれた鉄の塊が遠心力で盾を回り込む。盾を使う者に有効な武器である。
アイシャーは動くこともできず、痛みをこらえ、その場にしゃがみ込むことしかできなかった。
黒装束の男「さよなら。威勢のいいお嬢さん。」
杖の下方は剣のように鋭くなっていた。それをアイシャーの頭上から串刺しにするように構えた。
〈生死〉
カイは少し運がなかった。その悲鳴のする方向を一瞬見てしまったのだ。
セルジオは、この一瞬を逃さなかった。右手の鉄のような爪がカイに襲いかかった。
カイが気付いたときには、セルジオはすでに目の前にいた。
『しまった!』
咄嗟(とっさ)に仰け反ったがこの一撃をまともに受けた。紙が破れるかのように革鎧は避け、飛び散った。左の肩から胸の辺りまで深くえぐられてしまった。
『次の攻撃が来る・・・』
頭で解っているがセルジオの間合いから離れられない。体が動かない。次の一撃を覚悟したその時。セルジオの動きが止まった。
セルジオの左肩に矢が二本刺さっていたのである。
その瞬間にカイは、セルジオの間合いから離れ構え直した。
カイ「楽しいところだったが・・・・邪魔が入ったな・・・。俺・・・死んでたな。」
この霧の中、長距離での弓の攻撃は不可能に近い。だが、その矢は、明らかに気配の感じられない距離から放たれていた。
アイシャーは、初めて死というものを感じていた。
『こ・・・これって、すごく痛いの!?違う・・・これが死ぬってこと・・・。』
人とは違い、死が身近ではない存在であるが故、理解し難かった。しかし、死を目の当たりに感じ混乱していた。
黒装束の男は笑いながら、アイシャーに止めを刺そうとした。しかし、その瞬間、何かを感じ仰け反った。
その何かが顔の前をかすめ、黒い仮面が吹き飛ばされた。
黒装束の男「おおっと・・・・危ない危ない。邪魔が入りましたね。ネタ(秘策)がバレたら次はないな。ふっふっふっ。」
相変わらず不気味な笑いだ。
黒装束の男「コイツは一度しか使えん奇襲のようなものだからな。絶対の自信があったんだが残念だ。こうなると分が悪い。じゃあな。」
何をしたのか分からなかったが、黒装束の男は霧の中に姿が消えた。気が付くと足元の屍人も消えていた。
アイシャーは一命を取り留めた。
〈ウォリアーとアーチャー〉
矢が飛んで来たであろう方向を見ると、そこには弓を持った一人の女性と、大きな剣を持ち鉄の鎧と兜を被った戦士がこちらに向かってきた。おそらくは、その女性が矢を放ち助けてくれたのであろう。敵ではなさそうだ。
鎧の戦士は、セルジオの前に立ちはだかった。
セルジオ「今日は本当に忙しい日ですね。次はあなたですか。」
鎧の戦士は見たこともない大きな剣を持っていた。180センチぐらいはありそうな片刃の剣で、刃の反対のツバに近い所に手を入れて握れる所がある。そこに右手を入れ、左手で柄を持ち、垂直に剣を立て構えた。その構えは恐ろしく威圧的だった。
カイは、その威圧的な姿に覚えがあった。
アイシャーは泣きじゃくっていた。そして血だらけのカイに抱きついた。
アイシャー「うわぁ~~~~ん・・・・。すごく痛そうだったぁ~~・・・・怖かったぁ~~・・・」
まるで子供のようだった。
「死ぬ」ということが自分に降り掛かる。そういうことが理解しがたいアイシャー。「死ぬかと思った」という表現は難しく「すごく痛そうだった」という感情が、恐怖が、彼女襲っていたのである。
カイ「痛いぜ・・・・・」
この頃には、アイシャー傷は、自然治癒によりぼぼ再生していた。
鎧の戦士「エンチャント(剣に掛ける魔法)を頼む。」
弓を持った女性が精神集中する。
構えた剣が艶(つや)やかな光に包まれた。魔法が剣に掛かったのだ。
セルジオ「あなたも、相当な手練れと見受けました。」
セルジオは怪力と素早さで攻撃を繰り出す。対して鎧の戦士は、鉄の鎧を上手く使い、攻撃を鎧で受け流し、大きな剣を上手く使い一撃を繰り出す。
セルジオの強烈な一撃を鎧で上手く流す。その為、攻撃を受けても怯(ひる)まない。攻撃される場所が分かれば、こちらが攻撃モーションに入りながら体を少しひねって鎧で受けることも可能なのだ。躱してカウンター攻撃するよりも、圧倒的に早く攻撃が繰り出せるのである。もちろん鎧の使い方に長けていなければ出来ない芸当だ。
カイは気を失いそうになりながら、その戦い方を見ていた。その戦い方は初めて見る戦い方であった。
『あれが、あいつの一騎打ちのスタイル・・・。』
カイ「ボル・・・・助かったぜ。何故ここに来た・・・・偶然にしては出来すぎだ。腐れ縁・・・だな。」
カイの声はボルツには届いていなかった。抱きしめていたアイシャーだけに聞こえた。そして、カイは気を失い倒れそうになった。それをアイシャーが必死に支えていた。
今まで、人の死なんてなんとも思わなかったアイシャーであったが、一緒に旅をしてきたカイが「死んでしまうのでは」と慌てた。重たいカイを支えながら「カイ!カイ!」と何度も泣き叫んでいた。
鎧の戦士からは指示が出ていたので、弓の女性の行動に迷いはなかった。
弓の女性「手を貸すわ。急いで賢者さんの所まで戻りましょ。気を失っているだけだから大丈夫よ。」
重たいカイの体を支えた。
アイシャー「えっ・・・そうなの・・・。大丈夫なの!」
少し落ち着きを取り戻した。そして、信じられないモノを目にした。
カイの左肩から胸まであった傷が、少しずつではあるが小さくなっていたのである。
アイシャー「あ・・・傷が・・・・。治っているわ。」
最もひどかった肩の傷を見れば一目瞭然であった。
〈女同士〉
古城から少し離れ、日が傾きかけた頃、ようやく足を止め腰を下ろした。
弓の女性「野営の準備をして。」
そしてカイの状態を確認し始めた。
弓の女性「左腕・・・・折れているわね・・・。」
適当に拾って来た木の枝を数本腕に当て、布で巻いて固定した。
アイシャーは野営の為の準備を始めた。こういった準備を今まで一度もしたことがなかった。全てカイ任せだった。本当は、カイのことが心配でひと時も離れたくはなかったのだが、『彼女がカイを診てくれている。私には出来ないことを彼女がしてくれている。』そう思いながら準備を進めた。
準備が終わると、「どう?どう?大丈夫?」と急いで聞くのだった。
アイシャーはカイの事で頭がいっぱいだった。今まで死んでゆく人々は山ほど見ているのだが、「助けたい」とか、「どうすれば助かる」などは考えたことは一度もなかった。つまり、状態が悪いとかも分からないし、治療方法など全く知識がないのだ。とにかく心配で仕方がなかったのだ。
夜になり、少し落ち着いてアイシャーが口を開いた。
アイシャー「ごめんなさい。私、どうしていいか分からなくて、少し混乱していて・・・・。まだ挨拶もしていなかったわね。私、アイシャー。」
弓の女性「いいのよ。知識がなければ、誰でも慌てるわ。私、見れば分かると思うけど、ハーフエルフなの。名前はシーラ。」
確かに、見た感じ人間とはどこか違った。エルフほど目立った耳ではないが、小さな耳の先は尖っていて妖精っぽい。そして、人間にしてはややスレンダーで色白。しかし、エルフよりグラマーで活発な感じがする。顔はエルフの細く尖った感じよりもあどけなさのある少女っぽい顔だった。
アイシャー「シーラさん・・・・。ありがとう。」
シーラ「シーラでいいわよ。ねぇ。この人。カイさんっていったわよね。カイさんって、人間なの?」
アイシャー「ええ・・・。多分人間。少し・・・おかしな人間。」
シーラ「かなり人間離れしているわよね。傷治っちゃうし。」
アイシャー「やっぱりそうよね。私あまりよく分からないけど。」
シーラ「そうでしょうね。あなた、ヴァルキリーだから、人の細かいこと分からないわよね。」
アイシャーは驚いた。シーラはどこで気が付いたのだろう。そう思った。
アイシャー「なぜ、私がヴァルキリーだと・・・・。」
シーラ「すぐに分かっちゃったわよ。私、半分はエルフの血が入っているから精霊力は強いの。シャーマン(精霊使い)だし。」
アイシャー「そ・・・そうなの・・・。あのぉ~・・・私がヴァルキリーであることはカイには黙ってって。知られたくないの。」
シーラ「いいわよ。そ~ねぇ~・・・。そのかわり、あなたの本当の名前を教えて。」
アイシャー「いいけど、呼び出せないわよ。私はカイと契約しているから。」
シーラ「実体化しているから、そうだと思ったわ。で、名前は?」
アイシャー「シグルドリーヴァ。」
シーラ「やっぱり、ややこしい名前ね。一回で覚えられないわ。じゃ歳は?」
アイシャー「に・・・24歳。」
シーラ「そんな嘘ついてどうするのよぉ。私は、120歳よ。」
アイシャー「わか~い。」
シーラはいたずらに笑っていた。
アイシャー「あ・・・。」
シーラ「そっか。120歳よりも上ね。オバンね。ふふふ。」
アイシャー「や・・・・やられた。」
シーラ「本当はまだ38歳なの。」
アイシャー「ほんとに若わね。」
シーラ「でもね・・・。ハーフエルフだから、あとどれくらい生きられるか分からないの。人間以上に長生きだとは思うけどね。」
アイシャー「あ、年齢のこともカイには内緒ね。」
シーラ「で、本当はいくつ?」
アイシャー「あ~・・・ねむ~~~~い。おやすみぃ~。」
女同士こうして話をするのも初めてだった。アイシャーは女性が一緒に居ることがとても嬉しかった。
〈退却〉
日が昇り明るくなる頃。カイは目覚めた。気分は最悪だった。
全身は痛く、体が鉛の様に重たかった。立ち上がろうとしたが、ふらふらして普通に立ち上がれなかった。前を見ると、二人の女性が朝飯を食べていた。一人はアイシャー。もう一人は見覚えがなかった。
カイが目覚めたことに気付き、アイシャーが駆け寄ってきた。そして、足を伸ばし座っていたカイに抱きついた。
アイシャー「すごく怖かったのよ・・・・。すごく心配したのよ。」
少し涙ぐんでいた。
カイ「お前が手当してくれたのか?」
アイシャー「私じゃないわ。彼女、シーラがやってくれたの。」
シーラの方を見ると、近くに弓が置いてあった。
『あの弓は・・・そうか・・・。』
カイ「あんたの弓のおかげで助かったよ。手当・・・ありがとう。」
シーラ「どういたしまして。でも、手当はほとんどしていないわ。傷は勝手に治ったから。でも、左腕はまだ動かさない方がいいわよ。まだ折れていると思うから。」
カイは昔から、自分の傷の治り方に人との違いを感じていた。さらには、ここ最近は、それにも増して傷の回復が早いと感じていた。
カイ「そ・・・そうだ。ボル。ボルツはどうした。」
シーラ「あなたに代って、ウェアウルフと戦ったわ。どうなったかは分からないわ。あなたが自力で白い塔まで戻れるようになるまでは、ご一緒します。」
その言葉を聞いたカイは、無理に立ち上がり歩き出そうとしたのだが・・・・。足が進まない。それどころか立ち上がるのもやっとだった。
シーラ「大丈夫。ボルツさんもウェアウルフを倒したら、すぐに私達を追いかけてくるわ。」
カイ「俺は、何日寝ていたんだ?」
アイシャー「一日だけよ。」
カイ「そうか・・・。だったら、足の短いボルのことだ。まだ追いつかないな。」
少し雰囲気が和らいだ。
両脇を女性二人に支えられながら白い塔へ戻り始めた。
『情けねぇ格好だ。ボルに見られたくねぇ~な。』
シーラは少し気になることがあった。それは、カイの体がやけに熱い気がしたことだ。傷が治って間がないのでその影響かとも思ったのだが、それ以外の可能性を心配していた。そのことをアイシャーに言うべきか言わざるべきか悩んだ。言えば、余計な心配をするに違いない。
カイ「ところで・・・シーラさんだったか。あんた、ボルと何をしに来た。俺たちを助けるために来たんじゃないだろ。偶然通りかかる事もありえないだろ。」
シーラ「あなた達と同じよ。ナダの悪行を止める為に来たの。賢者ワートさんから国の魔術師に連絡があったの。そして、ボルツさんが国から選ばれて、それを補助する為に私が選ばれたの。他の国や、エルフ達も動いているはずよ。」
アイシャー「あ・・・。私・・・そこまで頭が回っていなかったわ。よく考えてみれば、こんな辺境、誰も訪れないわよね。」
カイ「たった二人でか・・・・。フォーラも余裕がないか・・・。」
シーラ「いいえ。本当はあと数人候補がいたの。でも、ボルツさんが、技量と能力を見極めて、他の人には残るように言ったの。」
カイ「なるほどな。ボルらしいな。あの髭樽。」
アイシャー「ねぇ。ナダの話で思い出したけど。カイ。黒い服の男見た?」
カイ「お前を傷つけた野郎だな!ちらっとだけだが見えた。」
アイシャー「あいつ、屍人使いだったわ。」
カイ「あ~・・・ねくらぁ・・・・なんとかぁ~・・・マン。」
シーラ「ネクロマンサーね。もう、ここまで来ていたのね。危なかったわ。」
アイシャー「でも、あいつも、ウェアウルフにはかなわなかったみたいね。部下もみんなやられたみたいだし。逃げ出すのがやっとだったのよ。卑怯者め!」
シーラ「とりあえず、屍人使いは引いたし、私達は私達のやるべきことをするまでね。」
カイ「体が癒えたら、シーラさんやボルと一緒に動きたいが・・・・。シーラさん達の方が俺達よりも先に行けるな。」
シーラ「でも。まずは、あなたが無事に白い塔まで戻れるようにしないとね。」
〈重症〉
シーラは、数日付き添えばカイは回復してアイシャーと塔まで戻れることに期待していた。そして、自分は古城へ向かいボルツと合流。任務を遂行する。それが理想だった。しかし、気になっていたことが現実となった。
見た目、傷は治っているはずなのに、カイは日に日に元気を失っていった。肩を貸して歩くのもやっとの状態。休憩が多くなっていた。
シーラは、少し気付くのが遅れたことを悔やんだ。カイの今の状態。この熱。おそらくは毒もしくは菌。
ウェアウルフは毒を持っているわけではない。しかし、獣というのは、爪の先に菌が多く付いていることがある。ネズミなどを想像すれば解るだろう。その菌がカイの体内に入っているのだ。このまま自然治癒を待ってもいいが時間がかかる。下手をすれば、命も落としかねない。
アイシャーも、今のカイの状態が普通ではないことに気が付いていた。そのことをシーラに聞くべきか悩んでいた。口に出すのが怖かったのだ。
今日、三度目の休憩。カイはもう限界に近かった。日中歩いている時間よりも、休憩している時間の方が長くなっていた。「今日はここで休ましてくれ。」そう言いたかった。しかし、必死に支えてくれる二人、そして、ウェアウルフと戦ったボルツのことも気になり、それが言えなかった。
この状況の中、カイは一つだけ運のいいことがあった。それは、シーラが今ここに居た事だった。
アイシャー「シーラ・・・・。カイが・・・・。」
シーラ「良くないわね・・・。気付くのが遅れたわ・・・。でも、なんとかするわ。」
シーラはアイシャーにここで待つように言うと、この場を離れた。
彼女はハーフエルフ。幼いころはエルフの里で暮らした。そのとき自然に学んだ薬草の知識があったのだ。何の毒か分からなかったが、とにかく解毒、そして、体力回復、抵抗力の増強を考えて薬草を集めることにしたのだ。
荒れた山ではあったが、辺境の為か意外と簡単に見つけることができた。日が沈む前にアイシャーの元へ戻ることが出来た。
シーラ「ごめんね。一人にして。」
そう言いながら、背負袋から見慣れない調合セットを出し手早く作業に入った。それは手馴れたものだった。アイシャーは横で見ていたが、シーラが何をしているのか理解できなかった。
調合されたものをカイに飲ませた。苦くてマズイものが口の中に入ってきて、思わず吹き出してしまった。
シーラ「カイさん、もう少しだけ飲んで。かなり吐き出しちゃったから。」
カイは力弱く手を振って「いらない」と合図した。
シーラはいい方法を思いついた。そして、アイシャーの耳元で、小声で、
シーラ「口移ししてあげればいいのよ!人間ってそうするらしいわよ。」
シーラの言っていることが、アイシャーはよく解らなかったが、少しして、ようやく理解できたようで、顔が真っ赤になり、わけの分からないリアクションをしていた。
シーラ「なぁ~んだ。できないんだぁ。じゃ、私がやってみましょうか。」
アイシャーのリアクションを楽しんでいるようだった。
アイシャー「え!それは!え・・・・あ~・・。ダメダメ。口が汚(けが)れるわよぉシーラ。」
シーラの期待通り、アイシャーは、また、おかしなリアクションをするのだった。
結局カイは我慢して用意されたものを飲み干し、今日はここで一夜を明かした。
〈薬草〉
古城へ向かったときは三日ほどで街の入口へ到着したのだが、戻り始めてすでに五日が経っていた。カイの状態を考えれば仕方のないことだ。
カイの容態はあまり変わりなかった。いや、悪化するのが食い止まったというのが正しいかも知れない。
谷筋を抜け塔まで後一日、いや、今のカイの状態だと二日は要するだろう。そこまで戻ってきていた。
荒れた岩山であるが、比較的草が多い場所があった。そこでカイを休ませ、すぐ近くで薬草を探し始めた。アイシャーもシーラと一緒について行き、どんな草を取っているのか横から見ていた。
アイシャー「ほぉー・・・。へぇー・・・それが・・・。」
よく見ると、今シーラが通り過ぎた所に、さっき採取したものと同じものが生えていた。青々しく生命力あふれる草だった。
『へへぇ~。私にだってできるわよぉ~。いいの見落としているわよシーラ。』
そう思い、その草に手をかけた。
ついて来ていないことに気付いたシーラが振り返ると、アイシャーが草を引き抜こうとしていた。
シーラ「あ!」
「ダメ!」と言おうとしたのだが間に合わなかった。
「ギアーーーーーーーーー。」
恐ろしい悲鳴が響いた。
その悲鳴は、アイシャーのものではなく、その草の根から発せられていた。それは、いや、そいつはマンドレイクであった。
普通の人間ならマンドレイクから発せられた悲鳴で気を失う、いや、気を失うところではなく、死に至ることも多い。精神力の強いアイシャーは気を失うことはなかった。しかし、しばらく動くことができず、体は硬直していた。そしてゆっくりとひっくり返った。
アイシャー「な・な・・なんじゃ・・・。」
マンドレイクはアイシャーの手からすり抜け、その人型の根が走り出した。しばらく走ると、地面にもぐり、何事もなかったかのようにそこに生えていた。
心配したシーラが駆け寄ってきて、アイシャーの顔を覗き込んだ。
シーラ「大丈夫!?い・・生きてる?」
アイシャーは、目を大きく見開き、焦点が合っていないようだった。
アイシャー「あ・あへは(あれは)・・・なに?」
シーラ「気も失っていないわね。あの悲鳴、運が悪いと狂死しちゃうこともあるのよ。あなたも結構頑丈ね。あ、あれはマンドレイクっていう変な生物よ。」
アイシャー「あれが・・・・マンドレイク。は、初めて見た・・・。」
シーラ「私、見慣れているから、ついつい注意するの忘れていたわ。」
マンドレイクを見つける確率はそれほど高くはない。しかし、森の民エルフと人間の間に生まれたシーラにしてみれば、出会うことは少なくなかった。
マンドレイクは森の奥で見つかることは少ない。何故か人に近い所、戦場となった平原や、城や町から少し離れた森や林といった所で見つかることが多い。人間の血を吸って生きているのだろうか。
〈治癒〉
塔まであと少し。塔まで戻れば、賢者ワートがなんとかしてくれる。その望みが二人の女性を後押ししていた。
『かなり近くまで戻ってきましたね。少し力添えしますか・・・・』
賢者ワートは精神集中し始めた。
カイ達を不思議な力が包む。強い魔力の力場が生まれようとしていた。それを、シーラもアイシャーも感じていた。
アイシャー「こ・・・これは!」
シーラ「ワートさんのお迎えね。これ!」
三人は不思議な力に包まれた。
気が付くと、三人は塔の入口に居た。
シーラ「テレポート・・・・。本当に使える人がいたとは!」
アイシャーは何も言わなかった。どちらかというとお喋り、いや、お喋りというよりも、思ったことはすぐに口に出すと言った方が正しいだろうか。そのアイシャーが何も言わない。シーラは少し気になったのだが、後に理由が解った。
ワートの目の前まで行くと、すぐにアイシャーが口を開いた。
アイシャー「あんな力があるんなら、なんでもっと早く助けてくれなかったの!あんな、あんなことが出来たってことは、私達のこと分かっていたんでしょ!」
彼女は泣いていた。泣き叫んでいた。テレポートのことは驚いていたが、それよりも、この思いが勝っていたのである。
賢者ワート「お嬢さん。私の力も無限ではない。ある程度の状況は分かっていたが、私の元へ引き寄せるのは、正確な場所が分かる必要がある。もちろん距離も重要だ。」
賢者ワートは使い魔(自らの目や耳となる動物などを操る魔術)を飛ばし、状況は確認していた。しかし、古城に近づくと、霧の結界の為、使い魔を霧の内部に入れることはできなかった。その為、ウェアウルフとの戦いは、ワートは知らない。
アイシャー「とにかく、手当をお願い。あなたなら出来るでしょ!」
賢者ワート「心配はいらん。お嬢さん。私は元々聖職者だ。」
シーラ「ならば安心ね。」
毛布を敷、そこにカイを寝かせた。ワートは腰を上げてカイへ近づき手をかざした。
流石に疲れきったカイは何も言わない。そう思った時だった。
カイ「シーラの手当の方がよかったぜ。」
シーラという名前に対して、アイシャーは少し反応した。
『私も心配したのよ!なんで、私じゃなくてシーラの名前を!』
賢者ワート「相変わらずですね。とりあえず、毒の強さ種類が分かりません。まずは、抵抗力を上げましょう。様子を見る限りでは、かなり毒性は強そうです。シーラさんの手当がなかったらもしかすると、ここへ帰るまでに命を落としていたかもしれません。」
カイ「話は変わるが・・・・・。お前の仕事・・・最悪だな。あ・・・いや。アイツ(セルジオ)と出会ったのは良かったかな。へへへ。」
賢者ワート「リタイヤしますか?」
カイ「いや・・・・。ボルツも心配だし、あの黒い服の男にも借りがある。もう一度、古城を目指す。」
賢者ワート「では、まずは完治ですね。」
ワートはアイシャーの方を向き、今までの事を詳しく聴き始めた。
賢者ワート「そうですか・・・。カイゼルを守る者の一人ですね。そんな者が居ようとは・・・。これは、簡単ではありませんね。ウェアウルフ・・・。そいつの毒物や菌が体内に入ったようですね・・・・。」
その話を聞きワートには一つ心配があった。それは、ウェアウルフは伝染するという事だった。セルジオのように変身しても自らの意思でコントロールできれば問題ないのだが、多くの場合は変身すると理性はない。動物的な本能のみで動くのだ。その菌を浄化することは例えワートであっても不可能であった。その事を、アイシャーに言うべきか悩んだ・・・・。感染していない可能性も十分にある。
賢者ワート「一応、解毒の魔法も掛けておきますが、菌の影響なら効果はありません。抵抗力は上がっているので心配する必要はないですが、回復まで時間はかかりますよ。」
それを聞いたアイシャーは安心したのか、少し腰をかけている間に眠ってしまった。
次の朝、カイは自力で立ち上がれるようになっていた。
カイ「ふぅ~・・・。まだふらふらする・・・。」
アイシャー「カイ!」
カイ「アイシャー。また・・お前に・・・助けられたな。」
口に出していうのは恥ずかしかった。
カイ「シーラも、ありがとう・・・。ところで・・・・髭樽・あ・ボルは?」
シーラは首を横に振った。
カイ「そうか・・・・。シーラ、ボルがまだ戻ってこないってことは・・・。」
カイは言葉を濁した・・・。
『ボルがやられたとは思いたくないが・・・』
カイ「とりあえず、もう少し待って俺たちと一緒に行こう。」
賢者ワート「戦士にも休息は必要だ。少し体を休めるといい。」
カイ「こんな所じゃ、気も休まらないぜ。」
賢者ワート「そうか、ここが嫌いですか・・・。では、いい所がありますよ。ここから半日ほどで行けて傷の回復にもいい所です。」
その話を聞いてシーラは心当たりがあった。カイ達と違って、ボルツとシーラは北側から白い塔へやって来ていた。道を急いでいたので、寄り道はしなかったのだが気になる所があったのだ。
〈伝説〉
カイも自力で歩ける様子だった。早速三人でその場所を目指す。
普段よりもゆっくり歩きながらシーラに話しかけた。
カイ「シーラ。気になっていたことがあるんだが・・・。」
シーラ「なにかしら。」
カイ「お前達、白い塔までどうやって来たんだ。ボルの鎧姿、あの姿で山は越えてこれないだろ。」
シーラ「そうね。さすがのボルツさんでも、あの装備で山は越えられないわね。私達は、北東側から英雄の道を抜けて来たの。」
カイ「英雄の道?」
シーラ「そう呼ばれている道よ。多分。ボルツさん北の英雄の生き残りなの。」
カイ「北の英雄・・・・。あ~・・・なんとか言ったな。そうだ、ブレイブハート。」
シーラ「多分それよ。昔は、スチールハートって言われて恐れられたらしいけど、王が代って、優しさ、ハートが必要って言い出して、更に強い兵団になったらしいわね。」
カイ「なるほど・・・・。それが本当なら、あいつの強さが説明できる。」
シーラ「でも、今はほとんど生き残りは居なくて、血は耐える寸前みたいよ。」
カイ「なぜだ。伝説では栄えていたって聞いたぜ。」
今まで、黙っていたアイシャーが口を挟んだ。
アイシャー「隕石が落ちたのよ。」
カイ「隕石!そんな物が・・・・不運だな。」
アイシャー「違うわきっと。誰かがブレイブハートを恐れて国ごと消そうとしたのよ。」
カイ「え!そんなこと出来ないだろ!話がおかしいぜ。」
シーラ「それが、そうでもないみたいなの。神に近い力を持つ者なら、隕石も意のままに扱えるらしいのよ。」
カイ「ま、そう言っても伝説だろ。ブレイブハートも本当に居たかどうだかぁ。」
シーラ「ボルツさんは、ブレイブハートよ。ノーム(大地の精霊)が認めたから英雄の道を通れたの。」
カイ「じゃ、伝説やおとぎ話はまんざら嘘じゃないってことか。」
シーラ「そうね。私もボルツさんがあそこを通るまでは、ブレイブハートは伝説と思っていたわ。」
カイ「なぁ。もし俺が小さな時に聞いた伝説や今の話が事実なら、隕石落とすぐらいの奴ならまだ生きているかもしれねぇな。ワートみたいになってたら。」
シーラ「そ・・そうね。きっと凄い魔法使いだから魔法の力で今も生きているかも知れないわね。」
それを聞いたアイシャーは、白い塔の下から発せられていた巨大な魔力のことを思い出していた。確かに、ワートの魔力も強大だ。しかし、それ以上のものが発せられているような気がした。もしかすると、あれはワートの魔力ではなく、他に何者かがあそこに居るのでは?そう思えた。
〈戦士達の休息〉
三人で話しながら歩いていると、歩いて半日の距離などあっという間であった。
細い山道の下方。谷底を流れる川の方から白い煙が見え独特の匂いが漂ってきた。
シーラ「ワートさんが言っていたのはここね。」
カイ「温泉じゃねぇか!」
アイシャー「おん・せん?」
谷を下り、川へ近づくと、温泉が沸いていた。手を入れてみると、かなり熱かった。
カイは、川から水を引き、源泉と混ぜ合わせ、適度な温度になるようにし、早速入ろうと上着を脱ごうとしていた。
シーラ「はぁ~い、ありがと。カイさん。あなたは、あ・と・で!」
カイ「なんでだよ。俺がメインだろうが。湯の調整したのも俺だぜ!」
シーラ「あなたは、私やアイシャーさんに、い~っぱい心配と迷惑かけたでしょ。だから、私達が先よ。とりあえず、私達が入っている間の見張りをお願いね。もちろん、あの山のてっぺんの方を向いていてね。」
カイ「あんな方向いていたら、見張りにならないだろ!」
アイシャーは初めての温泉に大はしゃぎだった。背中越しに、アイシャーとシーラの声が聞こえてくる。
やはり気になって仕方がない。カイは、温泉の方をそっと覗いてみた。
普段アイシャーは髪をポニーテールのように束ねていた。しかし、今はその長い髪を下ろしていた。そして、その髪をかき上げる仕草にカイはハッとした。髪型が変わるだけでまるで別人だった。
『女っていいもんだなぁ~・・・。』
カイは一つ気になっていた事があった。それはシーラの胸だった。いつも薄地の革の胸当てを着け、胸を締め付けていた。胸を見られるのが嫌なのだろうか。隠しているのだろうか。しかし、どう見ても大きく見えた。
アイシャーも同じようなことを思っていた。
『隠しているけど、絶対大きいわ。』
そして、チラっとシーラの胸を見た。
前から女性として気になっていたが、やはり思ったとおり大きかった。
『私、負けてる・・・。エルフってスレンダーで胸が小さい種族だけど、ハーフになると、ああなるのかしら?』
何故か、少しショックだった。
胸を見たアイシャーは、大きく息を吸い、胸をふくらませ胸を大きく見せてみた。
シーラ「なにやってるの?」
アイシャー「シーラ、やっぱり大きいわね・・・。こうすると大きく見えない?」
シーラは笑いをこらえることができなかった。
シーラ「ふふふふふ・・・。面白いわね。」
アイシャー「ねぇ、無理に隠してない?胸当てで、苦しくないの?」
シーラ「え!そんな風に思っていたの。あれは、弓を放つと胸に弦(つる)が当たるのよ。大切なところだから、守らないといけないでしょ。」
アイシャー「それだけ大きいと・・・当たるわね。」
シーラ「そんなに近くで見ないで。恥ずかしいわ。」
そう言い、アイシャーにお湯をかけた。
声は聞こえないが、カイは二人のやり取りを見ていた。
『やっぱり、アイシャーよりも、シーラの方が大きいな!』
そう思ったとき、何かが顔面に直撃した。
カイ「ぐは・・・。」
アイシャー「あっちの山のてっぺん見てなさい!」
カイ「はいはい・・・。」
カイも二人が出た後に、ゆっくりと温泉に入った。
アイシャーはなんとなくカイを見ていた。その体には、数多くの傷があった。自然に治癒するとはいえ、傷跡は残るようだった。その傷跡は、多くの修羅場を超えてきた証だった。
カイは温泉に浸かりながら、温泉を飲んでいた。
アイシャー「の・・・飲んでる。しかもガブガブ。」
シーラ「効果あるのよ。」
と、シーラは胸を両手でゆさゆさ持ち上げていた。
それを見たアイシャーが大慌てで、温泉へ戻ろうとしていた。
シーラ「ウソウソ!体力が回復したり、傷が癒えたり、体調が整うのよ。」
アイシャー「シーラ!時々私をからかって楽しんでない!?」
シーラはいたずらに笑っていた。
この日は、ここで一泊し、次の日の朝、もう一度温泉にゆっくり入り、白い塔へと戻った。
カイ「ん・・・なんだかお腹の調子が・・・・。」
アイシャー「あんなに温泉ガブガブ飲むからよ!」
カイ「そうか・・・温泉飲みすぎたか・・・・・なんでお前知ってんだ?」
アイシャー「あ・・・。」
〈呪い〉
カイの調子は完全とは言えないがかなり戻りつつあった。念の為にワートが魔法で治療を行う。そしてワートは小さな小石のような物をカイ達に渡してきた。
賢者ワート「お守りだ。持って行くがいい。」
アイシャー「少し魔力を感じるわ。」
賢者ワート「あなた達が休養している間に私が作ったのだよ。」
小さな巾着袋に入れ、アイシャーに手渡した。
カイ「やっぱりボルは戻ってないか・・・。」
賢者ワート「残念だが、誰もここに来ていない。」
『と言うことは・・・セルジオが待っているのか!』
三人が塔を出ようとすると、ワートはシーラだけを呼び止めた。
賢者ワート「あのお嬢さんにも伝えようかと悩んだのだが・・・・。あなただけに教えておくことに決めた。あの兄さん(カイ)は獣化する可能性がある。ウェアウルフの獣化は細菌性の伝染病なのだ。その菌も体内に入った可能性は否定できない。獣化すれば、理性はない。おそらく、みんな襲われるだろう。もし、その兆候があれば殺してやってくれ。普通の武器では倒せない。シーラ、あなたの力が必要になるだろう。アイシャーも魔法の剣を持つが、あのお嬢さんには荷が重すぎる。殺すのが難しければ二人で逃げろ。そして私に連絡を。シルフを飛ばしてくれてもいい。」
シーラ「もし獣化すれば、私にカイさんを殺せと・・・。難しい事を簡単に言うわね。アイシャーの前じゃできないじゃない。もちろん彼を殺す重要性も理解できるけど・・・・。」
賢者ワート「最悪、私がカイを殺すしかないが、お嬢さんが黙っていないだろう。もし、それを恨んで、彼女が私に剣を向ければ、私もただの骸骨になる可能性もある。彼女は私を倒すだけの力はある。それは防がないといけない。私は、この塔を守らなければいけない使命がある。」
シーラ「解ったわ。でも・・・・」
賢者ワート「それが人のいいところでもある。私も今はこんな体だが、昔は人間。400年も生きれば、感情が薄らいでゆくがな・・・。そうだな・・人であることを捨てる必要はない・・・・。やはり私がやらなければならんな。すまなかった。では、連絡を頼む。死んではならんぞ。」
カイ「遅かったな。あの骸骨に何を言われたんだ。『付き合ってくれ!』とか言われたか?」
シーラ「せ・い・か・い!でも断ったわ。」
カイ「エロ骸骨め!」
冗談を言っていたがシーラは複雑な心境だった。
『私がやる方が人として正しいのだろうか?こうして見る限り、特に変わりないわ。そうね、感染していると決まってないわね。』
三人は急いで古城へ向かうのであった。
〈墓地〉
前方に古城が見えてきた。そして、町の入口の墓地に到着した。前に来た時と変わることなく霧が立ち込めていた。
注意深く墓地へ踏み込んだ。しかし、そこには誰もいなかった。
カイ「誰もいない・・・。」
誰もがあきらめかけていたボルツの生存の可能性が出てきた。
カイ「ボ~~~~~~~ル!」
大声で叫んだ。しかし、こだまするだけで返事はなかった。
アイシャー「きっと先に進んだのよ。」
みんな、そう思いたかった。
そして、町の入口の壁際に何かが横たわっていた。それは、変わり果てた姿のセルジオであった。
カイ「ボルが殺ったのか?・・・・。」
それは、切られたというよりも、焼けているように見えた。
シーラ「違うわね。これ、炎で焼かれているわね。」
アイシャー「もしかして・・・・あいつが横槍を入れたんじゃ・・・。卑怯者の仕業ね!」
カイは周りの異常に気が付いていたが、セルジオの骸(むくろ)に声を掛けた。
カイ「お前は最高だったよ。俺は、お前と戦えたことを誇りに思う。あのカス野郎を始末してやるからな。」
カイ達の周りは屍人(しびと)だらけになっていた。
アイシャー「あの卑怯者、ここで待ち構えていたようね。」
カイ「数が多いな。シーラ接近戦は大丈夫か。」
シーラ「大丈夫よ。私、弓だけじゃないから。」
一見イミテーションのように見える、美しいレイピア(細身剣)を抜いて構えた。
墓地ということもあり、ゾンビ、スケルトン、数日前に殺されたナダの兵、次々と襲いかかってくる。
武器の性質もあるがシーラは少し苦戦していた。それに気付いたアイシャーが寄り添い加勢に入った。そして、墓地と町の境の壁際まで移動し、壁を背にして戦い始めた。これで後ろからの攻撃はない。少し余裕のできたシーラはまず契約しているシルフを召喚した。シルフの風の魔法で、周囲の敵を切り刻み距離をとった。そして、精神集中し火球を屍人達にめがけて放った。火柱が上がり炎は飛び散り、数体のゾンビが燃え上がり倒れた。
エルフはあまり炎の魔法は使わない。森の民というだけあって、森を焼き尽くす炎を嫌うからだ。シーラも例外なく小さな時は炎を恐れ炎の魔法は覚えていなかった。しかし、人間に近い生活をおくるうちに、炎に慣れ役立つと思い、後に炎の魔法を習得したのだ。
ゾンビ(屍人)には炎。スケルトンは炎に強い為、風の魔法で吹き飛ばす、もしくは切り裂く。アイシャーが近くで戦ってくれることで、シーラは力を発揮した。
その頃カイは、あるものに気が付きそれに近づいていった。
襲いかかる屍人達を払い除けるように突き進んだ。その先には、ひときわ目立った男が居た。
カイ「ボ~~~~~~~ル!」
返事はなかった。顔と体は半分焼けただれていたが、カイには一目で分かった。
カイ「た・・・魂は何処にある・・・・・。今、その呪いから解き放ってやるぜ!ボル!」
ボルツはもう人ではないことは理解できた。上半身裸で最後に見た時の剣を持っていた。何故か周りの屍人を薙ぎ払いながら、カイの方へ一直線に向かってきた。武器が大き過ぎる為か、ゾンビ化ボルツは剣を振ると次のモーションが遅かった。しかし、周りのゾンビ達と比べても、圧倒的な戦力なのは一目瞭然であった。
カイは、ボルツの攻撃を両手の剣をクロスにして頭上で受けた。非常に危険な受け方だった。想像以上の剣撃で足が地面にめり込みそうだった。その剣を跳ね除け。ボルツに突進しタックルでぶつかった。そして、迷うことなく、ボルツの左肩から胸にかけて切りつけた。魔法の剣で切られたボルツは、その一撃で動きが止まり、その場に倒れた。そして動かなくなった。
カイは唇を強く噛んでいた。その口からは血がにじんでいた。
カイ「ボル・・・・。」
次の瞬間、カイの右腰に激痛が走った!
男の声「あなたとそのボルとかいう大男、知り合いだったんですね。友達ですかね。どうです、友達を殺した気分は?」
カイは、声のする方へ振り向いた。そして、痛みの走った腰を触った。腰にはダガーが刺さっていた。しばらくすると、声の主の姿が見えてきた。そこには、黒装束の男が笑いながら立っていた。
カイ「姿を消し、後ろから刺すとは、本当に卑怯者だな、お前。」
黒装束の男「卑怯ですか。これも私の戦い方、能力を最大限に生かした戦い方ですよ。」
カイ「そうやってボルを・・・。セルジオを殺ったのか!」
黒装束の男「私に気がつかず、私の前で、二人、まともにやり合うからそうなっただけです。私は、チャンスは逃しません。」
カイ「そうだろうよ!お前みたいなクソ野郎に、ボルツもセルジオも絶対負けない。汚い手を使ったんだろ!」
黒装束の男「そろそろ、あなたともお別れです。ボルツとやらも刺して数分で倒れましたから。どれだけ強い戦士でも毒には勝てませんよ。あ、ご心配なく、あなたの死体は私が使わせてもらいます。折角のボルツといういい素材を手に入れたのですが、あなたに破壊されてしまいましたからね。あなたはボルツ以上に期待できそうです。そうでないと困ります。」
カイ「このダガーに毒か!」
黒装束の男「毒殺なら体は綺麗に残りますからね。ボルツとやらは少し焦げてしまいましたけどね。さぁ~て・・・さよなら、熱い戦士さん。」
カイは跪いていた。しかし、これは演技だった。ワートの魔法のおかげかダガーに塗られていた毒は効いていないようだった。カイは怒りに満ちていた。血が煮えたぎり、体の毛が逆立つ感覚に襲われていた。
『ぶち殺す!』
次の瞬間、恐ろしい速さで黒装束の男の懐に飛び込んでいた。そして左の拳でヤツの腹に怒りの一撃をぶちかました。その拳は、腹を突き破り貫通していた。
黒装束の男「ぐはぁ~・・・お前・・・・毒は・・・・。」
カイは、自分の左腕を見て驚いた。
『俺の手じゃない!』
その左腕は、胸の辺りから毛に覆われて、セルジオのようになっていた。アイシャアーやシーラもその姿を見た。カイの顔の左側は獣となり、左目は黄金に輝いていた。
『セルジオの無念が俺に取り付いたのか・・・。』
そして、黒装束の男は息絶えた。墓地は落ち着きを取り戻しつつあった。もう、立ち上がる屍人はいなかった。
カイ「コイツの死体はここにふさわしくない。」
そう言い、崖から谷底へ黒装束の男の死体を投げ捨てた。
アイシャーは変わってしまったカイの姿を見て、驚き、急いでカイに駆け寄った。
シーラは止めようとしたが間に合わなかった。しかし、カイの行動は動物的ではなく理性はあるように見えた。カイに近づき声を掛けた。
シーラ「カイさん・・・。大丈夫?獣化しているのは分かる?」
カイ「ああ。分かっている。セルジオが俺に力を。」
シーラは真実を伝えるのをやめた。
アイシャー「ねぇ。元に戻れる?」
その質問には、誰も答えられなかった。
数時間後、カイの獣化は元に戻っていた。その姿を確認し、シーラはワートへ連絡の為シルフを使いに飛ばした。
〈弔い〉
戦いの後、カイは町へ入った所で野営の準備を二人に頼んだ。流石に墓地で夜を明かすのは気持ちがいいものではない。
二人が準備をしている間に、カイは崖側にボルツの墓。町の入り口付近にセルジオの墓を作り始めた。
カイ「セルジオ。俺が今まで会ったヤツで一番強かった。そうだなぁ・・・ボルツと一緒に俺の部下にしたかったな。粗末な墓だがここで眠ってくれ。俺が最後にできることはこれぐらいだ。しっかし・・・少し間違ったら、俺がここに埋まっていたぜ。や・・待てよ・・。食われてたかな。」
そして、崖側のボルツの墓の前へ向かった。墓標の代わりにボルツの剣が突き刺さっていた。
カイ「・・・・。お前とは一度剣を交えたかった・・・・。ところでお前、クソ野郎が自邪魔しなかったら、セルジオに勝てたか・・・・答えろよ・・・・。答えられないよなぁ・・・・。こんな所で死んじまったら・・墓参りが大変じゃないか・・ボル・・・・。でも、ここは静かでいいかもな。景色も悪くない。もう、立ち上がる必要は・・・ないんだ・・・。ここなら静かに眠れる・・・。」
アイシャーはカイの背中を見ていた。掛ける言葉がなかった。カイが泣いているのが分かった。
『泣いているのね・・・カイ・・・』
なぜか解らないが、アイシャーも泣いていた。熱いものが頬を伝っていた。
〈食料〉
墓地から少し離れた誰もいない町の中。無人の建物を利用しそこで夜を明かすことにした。
シーラはこの旅で最も疲れた一日となった。乱戦状態の近接戦闘。シルフの召喚。そして、切り裂く風の魔法、火球。これらの魔法を一度ではなく数回使ったのだ。疲れて当然だった。
火をおこし、簡単な食事をとり、火に当たってる間に寝てしまった。
次の日の朝。
アイシャー「えぇ~・・・。これだけぇ~。最近ご飯少なくなぁ~い。」
一つ深刻な問題があった。カイはあえて口に出さなかったのだが、白い塔の村を出てから20日ほど経過していた。これほど長い旅になると思っていなかったのもあるが、どこかで補給できると思っていた。そう食料がもうほとんどないのだ。
カイ「我慢してくれ。もうほとんどないんだ。早くワートの依頼を終わらせて、村へ戻ろう。そしたら、腹いっぱい食えるぞ。」
アイシャー「はぁ~・・・・がまん・・・。」
最も食べなくてもいいはずのアイシャーであったが、カイから果物を貰ってからというもの、食べることが楽しくて仕方がなかったのだ。
シーラから朝ご飯を少し分けてもらい、とりあえずその場は収まった。
霧に包まれた町の真ん中を城に向かい、くねくねと曲がりくねった上り坂を進む。全く誰もいない。建物はそれなりに風化しているが綺麗なものだ。少し不気味さはあったが、何事もなく城の入口へたどり着いた。
城の入口の上を見ると、コウモリが二匹飛んでいた。
カイ「あれ、コウモリにしてはでかくないか?」
そう思っているうちに、コウモリが急に近づいてきた。そして、アイシャーに襲いかかった。アイシャーは咄嗟にしゃがみこみ、攻撃を躱し、そして剣を抜き反撃を試みるのであったが、全く届かない。アイシャーは段々とイライラしてきた。そして、近くにあった小石を投げ始めた。もちろん当たるはずもない。シーラは弓を構えて放ったが、それまでも躱された。
シーラ「当たらないわね・・・。」
数発放つのだが全て躱された。
シーラ「カイさん、アイシャー。もし落ちてきたら、すぐにやっつけてね。いい!」
そう言い、風の精霊の力を借り、敵を追尾する真空の矢を二発放った。シーラが最も多用する、最も得意とする魔法だった。
真空の矢は外れることなく、二匹に命中。殺傷力は低いようで、コウモリは落ちてきた。カイは素早く剣で追撃。アイシャーはなぜか踏みつけた。
カイ「お~い。アイシャー。それ、生け捕りにして食うきか?」
アイシャー「こんなキモイの食べないわよ!」
カイ「コウモリって美味いぞ。」
アイシャー「え!ほんとに!」
目を輝かせ満面の笑みで、大きなコウモリを両手で羽の先を持ち広げていた。
アイシャー「へっへっへっ。」
シーラ「う・・・う~ん・・・。普通のコウモリじゃなくて、ヴァンパイアバットだからやめた方が・・・。」
アイシャー「丸焼きぃ~。」
とても嬉しそうに笑っている。
カイ「シーラ。聞こえてないみたいだぞ。」
〈城内〉
白い塔を出てから色々とあったが、ようやく城の中へ入ることができた。城内は綺麗で明かりが灯り今にも誰かが出迎えてくれそうな雰囲気だった。
カイ「綺麗な城だな。セルジオみたいなやつが、掃除してるんじゃねぇか。」
アイシャー「狼男はもういいわよ。」
シーラ「王が封印状態なら、今の状況を考えると、誰かが城を管理守護しているのは間違いないわね。」
カイ「・・・あまり考えたくないなぁ・・・。」
城の窓から海が見えた。すぐ横にテラスがありテラスから海を眺めた。足元から断崖絶壁の海となっていた。城を包んでいた霧はどこへ消えたのだろう。
カイ「すげーな!この城がこの大陸の北東の端になっているみたいだな。」
アイシャー「すごいわね。きもちい~。」
心地の良い風が海から吹いていた。
シーラは風の精霊が働いている事を確認していた。精霊力が低いと、精霊と対話できなかったり、魔法の威力が落ちるのだ。
城内へ戻り、探索を始める。部屋に入るたびに緊張感が走る。
突然アイシャーが勝手に動き始めた。
アイシャーを追いかけると、その先には階段があり、すでにアイシャーは階段を上り始めていた。
カイ「おい!何処へ行くんだ!」
階段を上りきりその先の部屋に入ると、今作ったばかりの食事が用意されていた。それは暖かくいい香りが部屋に充満していた。
カイ「おい!アイシャー・・・勝手に動いて、危ないじゃないか!」
アイシャー「んぁ」
振り向くと、既に口の中は食べ物でいっぱいだった。
アイシャー「カヒ(カイ)・・・。これ、ふごく(すごく)美味ひぃ。」
カイ「おいおい・・・。毒とか入ってんじゃねぇのか。」
もうすでに、かなり食べていそうだったので、あえて止めることはしなかった。
カイは周りの様子を見ていた。そして、大きな絵が目に留まった。それは、城の絵であった。
『この絵、この城や町の特徴が一致するが・・・・海がねぇ。街の大きさもかなり違う。海の部分は緑豊かな山だ。』
しばらく不思議に思って絵を見ていると、カイの背後から声がした。
男の声「久々のお客様ですが、見た目と違って品のないお嬢さんですね。」
カイ「いつの間にこの部屋に!」
そこには、きっちりとした服装の高貴な雰囲気を漂わす男がいた。
アイシャーもカイの後ろに駆け寄ってきた。しっかりと右手に骨付きの鶏肉、左手にパンを持ったまま。
アイシャー「ご・・・ごめんなさい。私、お腹ぐーぐーで・・・」
高貴な男「おや・・・・。あなたは平気ですね?」
『やはり食べ物に毒が!』
カイはそう思ったが、男の顔を見ていてすぐに違和感をもった。
そして、危険を感じ、両手でアイシャーを突き飛ばした。その瞬間、カイの腕に何かが深く刺さった。
カイ「うが・・・しまった!」
攻撃された方を振り向くと、そこにはシーラが立っていた。そして、カイの左腕にはシーラのレイピアが刺さっていた。
カイ「シ・・・シーラ・・・。」
目の輝きは失われ、少し焦点が合っていない感じだった。
『心ここにあらずだな・・・』
カイ「アイシャー、シーラを頼む!」
アイシャー「え~・・・。どうするのよぉ!」
カイはようやく剣を抜き構えた。しかし、刺された左腕は痛く、剣を握るのがやっとであった。
シーラは躊躇(ちゅうちょ)なくアイシャーに襲いかかってくる。アイシャーは手が出せず、防戦一方であった。
アイシャー「シーラ・・・・。ヤメて!」
その声はシーラの心に届くことはなかった。
シーラの攻撃にためらいはない。しかし、元々の技量のせいなのか、操られているせいなのか、攻撃に耐えることは難しくなかった。それどころか、反射的に攻撃を躱した後、反撃してしまいそうになることがあり、その行動にハッとするアイシャーであった。
〈最強の構え〉
カイは相手の様子をうかがっていた。
高貴な男「おっと・・・私としたことが、あの品のないお嬢さんのせいで、うっかりしていました。私、マルクスと申します。ここより先は行かせませんよ。」
そう言いレイピアを抜いた。しかし、構えというよりも、ただ持っていると言っていい感じで剣先を地面に向けていた。
カイ「俺はカイだ!」
『こいつの余裕は何なんだ。剣を持っているが・・・。』
カイはその雰囲気になかなか踏み出せないでいた。
カイの経験上、構えが構えらしくない奴ほど強く、そこから繰り出される攻撃には無駄がないのだ。つまり、攻撃を食らわない絶対的な自信や、圧倒的な攻撃に特化している達人の域に達しているといえるのだ。
マルクスも様子をうかがっているのか攻撃してこない。これはカイにとっては良かった。その間に、左腕の傷が回復し痛みもなくなっていた。
よく分からない相手にいきなり攻撃するのは危険だが、相手も攻撃してくる様子はなかった。カイは仕方なく、すぐにディフェンスできるように右手の魔法の剣で切りかかった。
案の定というべきだろうか、必要最小限の動きでマルクスはカイの攻撃を躱し、レイピアで突いてきた。恐ろしくスキの少ないモーションだった。しかし、カイもディフェンス体制は整っていた。素早く左手の剣でその鋭い突きを払い除け、もう一撃、魔法の剣で切り掛かった。
『もらった!』
カイの攻撃は、マルクスの左脇から胸元へ入った。一撃与えたはずであった。しかし、そこにはマルクスの体はなかった。マルクスの体は霧化し、上半身は宙に浮いていた。カイの剣は空を切ったのだ。そして、マルクスは完全に霧となりカイの目の前から消えた。
カイが驚いていると、カイの背後に霧が集まり、マルクスの体が形成されその隙の少ない攻撃でカイの左肩を貫いた。
『やられた!』そう思う間もなく、その剣から炎が噴き出し、カイの肩を炎が包んだ。
マルクス「私の一撃目を躱し、反撃してくるとは驚きましたが・・・・。少し苦しいでしょうが、炎に包まれて死になさい。」
〈ソードブレイク〉
アイシャーも手が出せない状況で、一方的に攻撃を受けていた。
戦い相手を倒すことに関してはカイよりも慣れているかもしれない。しかし、手加減して相手を捉えるなどといった戦い方は、今まで必要なかった。そういった技術が乏しいのだ。こうして、戦いながら考えるとなると何も頭に浮かぶものはなかった。
シーラの攻撃を盾ではなく剣で受けたときに、武器の違いに気が付いた。シーラの剣はレイピア(細身剣)。私の剣の攻撃でレイピアをたたき折れるのでは?この方法なら、シーラを傷つけないで止めることができると思った。
アイシャーはシーラの攻撃をさらに慎重に見極めていた。
しかし、いざそのタイミングを狙うとなると、今まで経験がないだけに迷いが出てしまっていた。数回チャンスはあったと思ったが、結局受け流すだけになっていた。
そして、思い切って『次は、やるわ!』と、意を決した。
アイシャーはそのときを狙っていた。シーラの読みやすい攻撃を呼び込み、そのレイピアを払い除けるように、レイピア自体を攻撃した。
しかし、その攻撃のタイミングが悪かったのか、力加減が悪かったのか、レイピアは弧を描くようにしなり折れることはなかった。そして、その反動の影響で、はじけ飛ぶようにシーラの手から飛び跳ねようとしていた。はじけ飛んだと思われたレイピアであったが、鍔がグリップエンドにかけて拳を保護するように繋がっている為、鍔が手に引っかかり、レイピアが弾け飛ぶ方向へ手首が強く曲げられてしまった。
シーラ「キャー・・・」
手首をひねったあまりの痛みにシーラが悲鳴を上げた。そして、その痛みでシーラは我に返った。
アイシャーは思わぬシーラの悲鳴に、大怪我をさせたと思いヒヤッとして、少し混乱していた。シーラにかかっていた魅了の術が解けていなければ、次の攻撃でアイシャーは間違いなく一撃食らっていただろう。
目が覚めたシーラであったが、状況が全く解らなかった。魅了されている間の事は思えていなかった。しかし、目覚めてすぐ気が付いたことは、アイシャーの後ろに見えるカイが苦戦していることであった。そして、その戦っている相手の剣には炎のエンチャント(武器に掛ける魔法)が掛かっていることが分かった。
すぐに、カイに炎の抵抗力を上げる魔法を掛けなければと思ったのだが、手首の痛みと魅了されていたせいなのか、精神集中が難しかった。
シーラはアイシャーに、腰の革袋から小さな砂の入った布袋を取り出すように頼んだ。それは、魔法に対してのダメージを軽減する物であった。本当は炎の抵抗力が上がる物が理想ではあったが、シーラは持ち合わせていなかった。
アイシャーは、袋の口を開き、マルクスが霧となり消えたと同時にカイに向かって袋を投げた。キラキラと小さな砂粒が輝きカイの周囲を包んだ。カイは、マルクスとの戦いに集中していた為、そのことには気が付いてはいなかった。
カイの体を炎が包む。熱い・・・苦しい・・・。
シーラのおかげで抵抗力は上がっているはずだがカイは動けない状態であった。
一撃を与えた後、万が一の反撃を予測し、姿を消していたマルクスであったが、その隙を逃すはずはなかった。そして、とどめを刺しに姿を現した。
その時、それを予測していたのか勘なのか、アイシャーはカイを片手で突き飛ばし、マルクスからの攻撃範囲の外へ跳ねのけた。そして、マルクスが姿を現す前に、間合いを読み、勘で剣を振っていた。
マルクスの攻撃は、カイに当たることなくアイシャーをかすめた。突き攻撃は点の攻撃の為、横への移動は外れやすい。
対してアイシャーは横方向へ剣を振っていた。前方を大きくカバーできる大振りであった。もちろんタイミングが外れれば空振りである。まともに攻撃は当たらなかったが、運よくマルクスに一撃を与えた。
カイにとどめを刺すことに失敗し、思わぬアイシャーからの攻撃。シーラへの魅了も解けてしまった。魔法の剣で切られた為、傷の回復も遅い。一見マルクスが不利な状況へ陥ったように思えたが状況は変わっていなかった。
カイの炎は消えていたが、半身が火傷でズキズキと痛く戦える状態ではなかった。シーラも手の痛みで剣も持てない、魔法を使うにも集中できない状態だった。
そんな状況の中、アイシャーはマルクスと戦っていた。
しかし、お互い攻撃が決まらない。
そして、向き合ったまま動けないでいた。
そんな時異変が起こった。
〈ワートの秘策〉
アイシャーは何故か体が熱くなってくるのを感じていた。
『これって、私、興奮状態?なんだか熱くなってきて、力が湧いてきているみたい!』
しかし、それは勘違いであった。
次の瞬間・・・
アイシャー「あ~~~~ちちちちち・・・あつぅ~~~~・・・」
アイシャーが腰に着けていた巾着袋が焦げて煙が上がっていた。そして、巾着袋の中の賢者ワートからもらった小石が真っ赤に燃え上がり、巾着袋からこぼれ落ちた。
小石は、アイシャーとマルクスのちょうど真ん中に転がった。
しばらくすると、燃え上がっていた小石の炎は消え、普通の小石となっていた。アイシャーとマルクスは、その小石を注視していた。
目の錯覚であろうか、少しマルクスの方へ転がった、いや動いたように見えた。
みんなが注視し沈黙する中、マルクスに向かって、石が割れた。いや、正確には、石に口があったのだ。口を開いたのであった。
石「あなたはヴァンパイアとお見受けするが、この城の主を守る者ですね。」
マルクス「・・・・・これはいったい・・・・。」
石「おっと・・・これは失礼しました。私はワート。人は賢者ワートと呼びます。この小石は、私が作り出した、簡易ミニゴーレムです。結界が強くなかなかこの城に入るのは難しいもので、このような方法を使わせていただきました。見ての通り、口しかないゴーレム。攻撃の意思はありません。話がしたいのです。」
マルクス「攻撃の意思がない?まいりましたね。あなたを運んできた方々は、ここで大暴れですよ。まったく困ったものです・・・・・。私はマルクス。この城を守護する者の一人。カイゼル王を守る者の一人と言った方がいいかもしれませんね。」
賢者ワート「話ができる方が居てよかったです。とりあえず。お嬢さん達、そしてマルクス殿、剣を収めては頂けないだろうか。」
マルクス「いいでしょう。一時休戦としましょう。いいですね、お嬢さん。」
アイシャー「ええ。私も疲れたわ。」
そう言い終わると、カイの方へ飛ぶように駆け寄った。
マルクス「賢者ワート。存じております。で、そのワート殿がどのようなお話に。」
賢者ワート「実をいうと、私の目的はカイゼル王の討伐、もしくは封印です。しかし、これは私の本意ではありません。討伐の理由は、ナダ国の進行にあります。カイゼル王の力を利用しナダの力としようとしているのです。」
マルクス「私が居る限り、そのようなことは許しません。それに、邪(よこしま)な人間ごときにわが王が従うなどあり得ません。」
賢者ワート「人間をなめてはいけません。どのような手段を使うか予測できませんからね。ナダの動きは非常に気になるのです。」
マルクス「あなたがこうして来られたということは、討伐以外に何か名案がおありと見受けますが。」
賢者ワート「あなた達の王はこの地を救った英雄です。知る人はほとんどいませんが、王がいなければ、この大陸の半分は無くなっていたでしょう。そういった事もあり討伐は避けたいのです。提案は一つ・・・。その前に大切なことを教えて頂きたい。王の状態は?」
マルクス「それは答えられません。」
賢者ワート「そうですか・・・・。約1000年経った今でもまだなんですね。」
マルクス「あなたのご想像にお任せいたします。」
賢者ワート「では、提案ですが、王の心臓を私に預けて頂けないでしょうか。」
マルクス「賢者ワート。あなたの事はよく知っています。信用できる方と存じておりますが・・・・・心臓を何処へ?」
賢者ワート「私が今守っている、白い塔の地下へ。」
マルクス「なるほど・・・。」
少しマルクスは考えた・・・・。
マルクス「いいでしょう。信じましょう。あなたを、そして、白い塔を。王の体はこの城。そして心臓は白い塔。分けて守ることにしましょう。」
マルクス「彼らに心臓を渡せばいいのでしょうか?」
カイ達の方をちらりと見た。
賢者ワート「お願いします。」
マルクス「帰りの道中が心配ですが・・・。」
賢者ワート「城の結界を出たら、私の力でテレポートします。いかがでしょうか?」
マルクス「流石はワート殿。それほどの力をお持ちとは。しばしお待ちを・・・。」
そう言うと、マルクスは姿を消した。
しばらくすると、マルクスは美しい小さな白い宝石箱のような箱を持ってきた。そして、ワートはその箱をシーラへ渡すようにマルクスに指示した。
賢者ワート「マルクス殿。感謝いたします。それでは私たちは失礼します。」
カイ「おい、少し待ってくれ。」
アイシャー「どうしたのカイ?」
カイ「ああ、欲しい物と頼みごとがあるんだ。」
皆、首を傾げた。
カイ「さっきまで剣を合わせていた敵だったが・・・頼みがある。マルクス。酒をもらえないか。それから、町の入り口の墓場に、二つ墓石を立ててほしい。一つは、俺の友ボルツ。それと、もう一つは、お前達の仲間、セルジオの墓だ。頼む。」
マスクス「あなたに頼まれる筋合いはない・・・と言いたいところですが、セルジオの墓ですか・・・・あなた、なかなかの男ですね。ボルツとやらの墓も引き受けました。」
そして、机の上から酒を取り、それをカイに手渡した。
〈真実〉
階段を下り、マルクスと距離をおいたところでカイが口を開いた。
カイ「色々と突っ込みたくなるところがあるんだが、ワァ~~~~~ト。勝手に交渉始めやがって、俺たちはただの運び屋か!戦う必要なかっただろ!」
シーラ「そっ・・そうね。」
アイシャー「なんで、もっと早く出てこなかったの!」
賢者ワート「町全体に霧がかかっているが、あれは、結界だ。私の魔力でもなかなか見通せないのだ。状況が解らず、ゴーレムを動かすのは無理なのだ。」
カイ「ハイハイ。言い訳言い訳。俺たちゃ命懸けてんだぜ!」
賢者ワート「何度も危険なことをさせてすまない。しかし、ギリギリ私の出番は間に合ったであろう。」
カイ「俺は、あと数分で戦えるようになっていたぜ。アイシャーと二人なら、あんなおっさん倒していたぜ。」
賢者ワート「できることなら、彼らを敵にはしたくない。話せる相手なら可能性があると思っていたのだ。私達は共に力を合わせこの地を守らなければならないのだ。」
カイ「話せる相手が居てよかったってことか。初めから分かっていたんじゃないのか。」
シーラ「ねぇ。マルクスさんとの会話で、気になることがいくつかあったんだけど・・・。」
痛い右手首を左手で支えるように持ちながら、石ころに話しかけていた。
アイシャー「そうね。なぜ、交渉があれだけスムーズにいったかも気になるわ。普通に考えてNOでしょ!」
賢者ワート「白い塔を私が守っているという現状と、カイゼル王の状態がカギだったのです。」
シーラ「それ!どっちも気になっていたの。」
賢者ワート「マルクス殿に、王の状態を聞きました。これだけで、この交渉はこちらが有利になります。私が状態を知っているという事を匂わせました。あなた達、この大陸の伝説を知っていますね。『神の怒りが大地に達し。鉄の戦士たちが滅びた』。」
シーラ「それって、少し前にみんなで話していた隕石が落ちて、ブレイブハートが滅びたって話ね。」
賢者ワート「そうだ、隕石が落ち国にいたブレイブハート達は滅びた。そして、すぐ隣の魔法国家もほぼ壊滅となった。それがこの古城と町だ。さらには、白い塔も上部が破壊され、カイゼル王がいなければ、白い塔も消し飛んでいたかもしれん。」
カイ「カイゼルは何をした?なぜ英雄なんだ?」
賢者ワート「隕石が落ちた時、カイゼル王は魔力をもってそれを防ごうとしたのだ。巨大な魔法のシェルターを作り、隕石を砕き直撃を防いだのだ。1000年も前の話だ。」
カイ「想像を絶するな。」
賢者ワート「しかし、このカイゼルの活躍を知る者はほとんどいない。単純に隕石が落ちたと伝えられている。もし、隕石が砕けずに直撃していたら・・・・・。」
アイシャー「で、そのカイゼル王はなぜ姿を現さなかったの?」
賢者ワート「隕石を防いだ時に、魔力を使い切り体がチリのようになったのだ。長い時間をかけて、少しずつ体は再生されているようですが。まだ不完全、魔力が足りないのでしょう。」
アイシャー「封印されたんじゃなくて、体をロストしていたのね。」
賢者ワート「心臓があれば、彼は復活できる。白い塔の地下はこの大陸でもっとも安全な場所。マルクスもそれが解っていたのでしょう。」
シーラ「ねぇ。白い塔っていったい何なの?」
賢者ワート「あなた方は、心臓を手に入れるのに大きな貢献をしました。白い塔について知る権利を得たと言っておきましょう。あなた達にも、地下へ入って頂きます。」
アイシャーは地下からの強大な魔力を思い出していた。
『やっぱり何かあるのね!』
話をしているうちに町を出て墓地まで戻っていた。
カイ「少しだけ待っていてくれ。」
そういうと、ボルツが眠る、剣を突き刺した墓の方へ向かった。そして、剣に酒を掛けた。
カイ「どうだ美味いだろ。ボル!もう話しながら飲めないのは残念だぜ。俺はまだ死ねないらしい・・・・。まだ、そっちへは行かないぜ。じゃあな!」
そして、残った酒をセルジオの墓に掛けた。
カイ「セルジオすまない。残り物で。お前の力、俺の中で生きているぜ。ボルとは上手くやってくれよ。」
カイは手早く事を済ませ、急ぎ戻ってきた。
カイ「待たせたな。さて、ワートさん!テレポートよろしく!」
賢者ワート「カイ、そしてアイシャー。あなた方は歩いて塔まで戻って来て下さい。シーラさんだけテレポートします。」
カイ「あぁ~ん。なんだと、ドクロ野郎!」
賢者ワート「あなた(カイ)と、お嬢さん(アイシャー)は強い。簡単に戻って来れるでしょう。ですが、シーラさんは、あなたたちと比べてか弱い。私の魔力の節約、そして心臓の安全を考えると、心臓を持ったシーラさんをテレポートさせるのが正しい物の考え方でしょう。解りましたか?」
カイ「ちぇっ・・・・シーラが居なくなるのかぁ~・・・さみしいなぁ~。」
アイシャー「ん!なに!」
カイの方をにらんでいた。
シーラ「ワートさん、少し待って。」
そう言い、背負い袋をあさり始めた。そして、残っていた食料の一部をアイシャーに渡した。
シーラ「少ないけど、節約すれば三日分ぐらいにはなるでしょ?」
アイシャー「しぃ~~らぁ~・・・・あなた本当にいい人ねぇ。」
満面の笑みを浮かべていたのだが、カイの方を向いて、舌を出していた。
アイシャー「これは、全部私がもらったんだから。カイには分けてあげないわよ!」
シーラ「ワートさん。準備はOKよ。」
しばらくして、シーラの姿が消えた。白い塔まで送られたのだろう。
残されたカイとアイシャー。ワートが作った小石のゴーレムを持ち、歩いて白い塔を目指すのであった。
帰り道では、何かとアイシャーはうるさかった。
あそこでカイが動けなくなって・・・・。シーラと二人でああしてこうして・・・。数日この調子であったが、塔に戻るころには、ネタが尽きたか静かになっていた。
〈塔の地下〉
塔の入り口へと二人は戻って来た。
アイシャー「私、ここあまり好きじゃないのよ。魔力が強すぎて、気分が落ち着かないわ。」
カイ「俺はそういうの感じないが、気分のいい所ではないな。」
そして、塔の中に入った。
カイ「お~い。戻ってきたぜ。」
しばらくすると、奥からシーラが現れた。
シーラ「無事に戻ったわね。奥でワートさんが待っているわ。」
シーラが奥へ案内する。薄暗い塔の奥、そこに賢者ワートの姿があった。
賢者ワート「ようやく戻りましたね。今から、あなた達に見せるものは、あなた方を信用しての事です。他言無用です。絶対ですよ。」
カイ「気持ちわりぃ~な・・・・。顔がちけーよ。俺だけ信用できないのか!」
突き当りの壁をワートが触ると、緑色に光る魔法陣が現れた。そして、そこにあったはずの壁を通り過ぎた。また壁に手をかざし、今度は話し始めた。
賢者ワート「三人の人間があなたに会いに来ました。あなたが良ければ、扉をお開き下さい。」
アイシャー「まさか、大賢者!」
カイ「え!単純に何か秘密があるだけと思ったが・・・・人が居るのか?」
シーラ「私は、巨大な魔力を宿した魔道具があるのかと・・・。」
賢者ワート「どうやら了承して頂けたようです。今から、下へ参りますよ。」
ふわっと体が浮き上がるような感覚にとらわれた。真っ暗で何も見えないが、どうやら下へ高速で降りているようだった。
少し、目が慣れてきたのか塔の下は巨大な空間のようだ。うっすらと青白い光が眼下に見える。そして、その青白い光のおかげで、この巨大な空間を認識できたのであった。
カイ「なんだこのでかい空間は。」
シーラ「大きな岩山があるわ。あの岩山に向かうのかしら。」
アイシャー「すごい魔力。どんどん強くなる。」
どうやら最下層に着いたようだ。
目の前には、青白くゆらめく炎のような光が、大きな宝石から発せられていた。
シーラ「これって巨大なクリスタル?」
そして、その青白い光が後ろの巨大な岩山を青白く照らしていた。
始めに気が付いたのは闇眼が利くシーラだった。
気付いたシーラは、その場にへたり込んだ。腰を抜かしたのだ。しゃべることもできないほどのショックを受けていた。
カイ「どうしたシーラ!」
賢者ワート「どうやらシーラさんは気が付いたようですね。」
アイシャー「私も・・・・・分かったわ・・・・。これは・・・・ダイナソウル。まさに大賢者・・・。」
アイシャーは目の前にあるものをほぼ理解していた。
アイシャー「これを隠していたのワート。」
賢者ワート「うむ・・・隠すというよりも、この塔の力で守っているのだ。この塔は結界で守られている。ヴァンパイアの古城と同じで魔力で覗き見ることはできないのだ。たとえ神であってもな。」
カイ「俺には理解できないが、いったい何なんだ。ダイナソー?」
アイシャー「そのゆらめく青白い炎のようなものは、太古の魂。そして後ろにそびえる岩山は・・・・ドラゴンよ。」
カイ「なに!ドラゴンだと!」
カイは後ろに数歩下がって見上げた。
カイ「で・・・でか過ぎる。本当にドラゴンなのか?」
賢者ワート「そうだ、この岩山のようなモノはドラゴンの体だ。そして、この青白く炎のように揺らめくものは、このドラゴンの魂だ。厳密にはドラゴンと人が勝手に呼んでいる。そしてまた、神とも人は呼ぶ。その魂と器がここにあるのだ。」
カイ「神・・・・・そんな馬鹿な・・・。」
〈大賢者〉
そして、声が響いた。
ドラゴンの魂「私は、お前達が言う神ではない。お前達よりも非常に優れた存在というだけなのだ。呼びたいものは勝手に呼ぶがいい。祈るがいい。だが、私は何もしない。」
賢者ワート「ああは言っていますが、人間の味方をしたこともあるのですよ。だから私は、ここを守り、また、あなた方をここへ導いた。」
カイ達は、あまりの突然のことに当初の目的を完全に忘れてしまっていた。
賢者ワート「お嬢さん。大賢者様に聞きたいことがあったのでは?」
アイシャーは契約の事を忘れかけていた。そして、今のワートの言葉で思い出した。しかし、聞くことを躊躇する気持ちがどこかにあった。あれほど人間を見下し契約を解除したいと思っていたはずなのに。
カイやシーラと一緒にいると、毎日に刺激があり楽しいのだ。寿命が長い為、物事に関心がなくなる。その為、誰かと会話することも少ない。毎日が退屈だったのだ。もし、カイとの契約が解除されれば、また、退屈な時を過ごすのだろうか。そう思うと、『今のままでいいかも・・・・』と思う気持ちがあった。しかし、ここで聞かなければチャンスはもうない可能性もある。複雑な気持ちの中アイシャーは口を開いた。
アイシャー「私、この男、カイと契約を結んでいるの。契約を解除したい、カイも了承しているのに解除の方法が分からないの。何か方法を教えてほしいの。」
ドラゴンの魂「その男を殺してみればいいのでは。」
即答であった。
カイ「おい!」
カイは口から心臓が飛び出そうなぐらいドキッとした。こいつ(目の前の巨大なドラゴン)なら、アイシャーの代わりに簡単にやりかねないという恐怖からであった。
賢者ワート「あなたらしい意見ではありますが、思い出して下さい。あなたも人間の肩を持ったことがおありではないですか。」
ドラゴンの魂「昔過ぎて思い出せん。だが・・・そういった時期もあった。」
アイシャー「カイを殺すなんて、今の私には無理だわ・・・・。」
ドラゴンの魂「そうか、いかに長く存在している私でも、他に思い当たる方法はないぞ。」
しばらくの沈黙があった。
アイシャー「わ・・・私の聞きたかった事はそれだけよ・・・・・・・。カイ。あなたの剣は。」
カイ「お・・・おう。」
思ったよりもアイシャーの話が短く、急にこちらに振られたのでカイは少し慌ててしまった。
カイ「これを見てくれ。この剣はいったいどういったものなんだ。」
ドラゴンの魂「今度は剣か・・・・ん・・・これは。」
声のトーンからして、少し驚いている様子だった。
ドラゴンの魂「この剣は地の奥底の炎と大地の精霊の力を宿す、大地の深くから取り出された鉄で出来ている。更に炎で鍛えられ最後に作られた者の愛が込められている。人の持つものではなく、神とも戦える力を備えている。愛した者が与えた剣。」
カイ「愛・・・俺の親父を愛した者。それは、俺の母さんだ。俺の親父が国に仕えたときに、母さんが渡したのか。じゃ、この剣を作ったのは・・・母さん?」
ドラゴンの魂「人間には作れない。これは神に近い者でなければ無理だ。お前の母は天から降りてきて、お前の父と結ばれた可能性もある。過去そういった話は少なからずある。」
カイ「あ・・・・ちょっとややこしい話だな・・・・そんな事あるのか・・・。」
アイシャーは思った。私とカイが結ばれれば同じような事になるのではと。
カイ「もう一つ、この剣は折れない剣と聞いたのだが、これを折れるような奴に心当たりはないか。」
ドラゴンの魂「まず、私だな。私と同じようなドラゴンと呼ばれるものには可能だ。もちろん神もだ。他には・・・・ワート、お前も可能ではないか?」
賢者ワート「さて・・・どうでしょうか。私としては難しいと思います。ですが、カイゼル王には可能ですね。」
ドラゴンの魂「カイゼルか・・・できるな。それから、作った本人なら破壊も可能だ。他は思い当たらんな。」
カイ「ちなみに、ナダの王はどうなんだ?」
ドラゴンの魂「ナダ?それは、国の名か?」
カイ「大賢者がナダを知らないのか。」
ドラゴンの魂「私は、人の体を捨ててから、この地の底で休息している。その為、地上の事は分からない。昔は、使い魔などで地上の様子をうかがっていたが、だんだんと興味がなくなった。」
賢者ワート「ナダは比較的新しい国だ。大賢者様は知らないのだ。」
カイ「あ~・・・分からないか・・・」
話が中断し、カイは考え込んでいた。
ドラゴンの魂「お前・・・その腕にしているモノは剣と対じゃないのか?同じ金属が使われているぞ。」
カイ「あ・・・ああ・・。」
色々と考えているところに声を掛けられ、覇気のない返事になった。
カイ「これも、剣と同じで親父の形見なんだ。」
ドラゴンの魂「剣と対(つい)と考えれば、普通は盾だが・・・・それはもしかすると・・・守護者を呼び出す祭器では。」
カイ「祭器?」
ドラゴンの魂「それが契約の祭器になっているのでは。破壊すれば契約は消滅する可能性はある。」
今のアイシャーは契約を解除することにためらいがあった。大賢者が言葉を発する前に急いで口をはさんだ。
アイシャー「それを破壊するのはカイと話をして決めるわ。お父さんの形見だし少し考えないと・・・。破壊が決まれば・・・ワートに頼むわ。」
なんとなく、ここで口を挟まないと、このままの流れでバンクルが破壊されそうな感じがしたのだ。
〈白と黒〉
少しの沈黙の後、シーラが口を開いた。
シーラ「カイさんアイシャーごめんなさい。私も聞きたいことがあるの。かまわないですか?」
カイ「ああ・・・。俺はもういいよ。少し考えないと・・・」
アイシャー「もう、私はいいわ。どうぞ。」
シーラ「ねえ、ドラゴンさん。なぜ、魂と体が分かれているの?」
ドラゴンの魂「私達はここに来た時、この大きな体の空腹を満たす為、毎日、大陸の上を飛び回り餌を探し回っていた。多くの動物を食らった。もちろん多くの人間も食らった。ある時、私は、このままでは、この大陸の生物全てを食らいつくしてしまうのではと思ったのだ。そして、この大きな体を捨て、小さな体を自ら作りその器に魂を移したのだ。」
賢者ワート「君たちも聞いたことがあるだろう。ブリートの王となったプライティンを。それが彼だ。」
ドラゴンの魂「なかなか人間というものは楽しいものであった。上空から餌として見ていた時はくだらないやましい生き物と思っていたがな。」
シーラ「ブリートの王プライティン。キング・オブ・ブレイブハート・・・」
カイ「そらぁ~強いわけだ。で、この大陸を制覇しようとしたのか?」
ドラゴンの魂「そんなことに興味はなかった。私は人間の真似をして楽しんだ。それだけだ。気が付けば王となっていた。」
アイシャーはこういった話にまったく興味がなかった。カイの横でつまらなそうに聞いていた。そして、いやそうに、「で、隕石が落ちてきたんでしょ。」と言った。
ドラゴンの魂「そうだ・・・・。私の子達は私の血の力を受け継ぎ、無敵の戦士団を築き上げた。鉄壁の守りを有する我が国は栄えた。しかし、それを面白く思わなかったのか、挑戦したかったのか、私と共にこの地に降り立ったもう一つの大きな魂が私の子達に牙をむいたのだ。」
カイ「ん?もう一つの大きな魂?」
シーラ「あなたのような存在がもう一人いたの!?」
アイシャー「あ・・・。居るわね。多くの人間とエルフが犠牲になって封印した・・・黒き竜。」
ドラゴンの魂「人はそう呼んでいたな。私たちにすれば、黒も白も関係ないがな。奴は初めは魔力の強い人間を造り挑んできた。カイゼルとかいいう魔法国家だったな。しかし、私達は話し合うことで争いを避けともに栄えた。そして、私の体が朽ち、人間の体を捨て白い塔の地下へ休息に入ったとき、隕石が私の命を奪う為に落とされたのだ。」
シーラ「隕石を落としたのは、黒き竜ってこと。しかも、狙いはブリートではなく、あなた。」
ドラゴンの魂「国などではない、私の抹殺が狙いで間違いない。しかし、私達の国の敵として造られたカイゼルが私の魂を救ったのだ。もちろん、カイゼルは私を救うつもりではなく、国の民を救う為にうごいたのだろう。その後、40人のブレイブハート、後方支援はカイゼルから20人の魔導士、そして、20人のエルフが黒き竜に挑んだ。もちろん多くの人間も参戦した。多くの犠牲を払ったが、黒き竜の魔力が消耗し封印されたのだ。」
カイ「封印・・・ってことは、この大陸にまだ黒い奴は・・・。」
ドラゴンの魂「まだ居る。今は静かだが、生きている限り封印を破る可能性もある。私は、ここで静かにこの大陸の行く末を見守るつもりだ。もし、この魂を受け入れれるだけの小さな器があれば、また地上に出たいとも思うのだが・・・・。」
シーラ「また、体を作れば。」
ドラゴンの魂「体を作るには、想像を絶する魔力が必要なのだ。しかも200年ほどで体は朽ちてくる。魔力の浪費なのだ。」
シーラ「そういう訳なのね。神ほどの力があっても、なんだかさみしいわね・・・。」
アイシャー「そうよ。長生きなんてするもんじゃないわよ。」
カイ「ん?どういう意味なんだ?」
アイシャー「あ・・・何でもないわよ。」
かなり焦っている様子だった。
話はひと段落し、地上へ戻ることとなった。
カイ「大賢者・・・・か。結局・・・ややこしくなったような・・・・」
『俺、よく考えてみれば、母さんの事全く知らないよな・・・・。親父もほとんど何も言わなかったし・・・。』
アイシャー「・・・・。」
アイシャーは大賢者の答えの後、元気がなかった。
シーラ「私は収穫いっぱいよ!」
カイ「でも、言えないことが多いぞ。」
シーラ「そ・・・そうなのよねぇ~・・・・あ~学校の先生に教えてやりたい。」
カイ「いつか今の話も、公開できる日が来るだろ。」
シーラ「そうかもね。今日は色々と考えてしまって寝れそうにないわね。」
シーラの笑顔はアイシャーとは対照的であった。
〈さらば〉
賢者ワートはいつも座っている椅子に腰かけた。
賢者ワート「お前たちには感謝する。さて・・・また暇な日々が始まるな。」
カイにはワートが笑っているように思えた。
賢者ワート「たまには遊びに来るがいい。」
カイ「あぁ。ボルの墓参りのついでに来るかもな。」
アイシャー「私はいやよ。ここまで来るのは大変だわ。」
シーラ「私は、また来たいわ!」
賢者ワート「ではな・・・・私はまたひと眠りだ。」
カイ「じゃあな!」
カイ達は帰路へとついた。
来たときはアイシャーと二人であったが、帰りはシーラが増えて三人となった。残念なのはボルツだ。偶然ここで再開したが、ボルツは帰ることができなかった。カイは、こういった別れには慣れていた。戦場では常に友が命を落とす。
帰りはシーラ達が通った北の道、英雄の道を通ることにした。
フォーラの方からはノームが門番となっているのだが、白い塔側からはノーチェックのようだった。結局、ノームと出会うことはなく、フォーラ城の東へ抜けた。
トンネルを抜けたところでシーラが連絡の為にシルフをフォーラに向けて使わせた。
白い塔へ向かうのは大変だったが、帰りは足取りが軽い。気が付けば、フォーラ城下まで無事に帰ってきた。
シーラ「お別れね。私は城へ戻り、今回の事を報告するわ。」
カイ「よく生きて帰れたもんだな。俺達はどうする?」
アイシャー「そうね・・・・私たちの契約の事もあるから、簡単にバラバラに行動できないわね。」
カイ「とりあえず、宿でゆっくり休むか。」
アイシャー「そうね。美味しいもの食べたいわぁ。」
カイ「そっちかよ。」
シーラ「だったら、これ使って。」
そういってシーラは金貨を渡してきた。
カイ「いいのか?」
シーラ「それぐらいはさせて。それに、この旅の事を王に伝えれば、そんな金貨どころではない恩賞が出るはずよ。」
カイ「恩賞。いらねぇな。これだけで十分だ。じゃあな!いい女でいろよ。」
シーラは手を振りながら城の中へ消えていった。
カイ「んじゃなぁ。」
小さな声で、別れを告げた。
この旅で、親父の事や剣の事も解決に至らなかった。アイシャーとの問題も解決したわけではなかった。
結局、大賢者に会って、自分の母についての謎と、今後アイシャーとどう係わればいいのかという悩みが増えてしまった。
しかし、今、カイは、不思議な充実感があった。心地の良い充実感。
それは、戦の後とは違った、さわやかな充実感であった。
第一部完
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