第64話 兄の前で必殺絶望キス

 広季は仁美、海、舞と付き合っているため、下校において彼女の3人を自宅まで送り届ける。これが付き合い始めてからの習慣になった。


 本日は仁美、舞の順で自宅に送り届け、最後に海だった。送り届ける順番は毎日ランダムで決定する。不思議となぜか3人は最後に送り届けることを求める。


 そして、広季と海は彼女の自宅の前に到着する。


「今日はわたくしが最後ですね。送り届けて下さったお礼として、我が家でお茶でも出しますよ」


 どこか嬉しそうに、海はさり気なく広季を自宅に誘う。


「いや、いいよ。彼氏彼女の関係なんだから。当たり前のことをしたまでだよ」


「ダメです! 親しき中にも礼儀ありです。ただ与えてもらってばかりではダメです。お返しをしないと」


 海は引かない。意地でも自宅に引き込むつもりだ。


「…わかったよ。東雲がそこまで粘るなら。お言葉に甘えてお茶を頂こうかな」


 やれやれ肩を竦め、広季が進んで折れる。


「そうです。それでいいのです。下手に遠慮してはいけませんよ。わたくし達は付き合ってるのですから」


 満足げな表情を浮かべる海。思い通りに事が進み嬉しそうな様子だ。


「じゃあ一緒に入りましょう! 」


 ご機嫌にスキップしながら、海は自宅のドアを開放する。


「森本さんはお客様ですから、お先にどうぞ! 」


 手でドアを押さえ、舞は広季に先に入るように促す。


「あ、ありがとう。お邪魔しま~す」


 相変わらず、慣れない感覚を味わいながら、広季は舞の自宅に足を踏み入れる。


「ふふっ。そんなに畏まらなくてもいいですよ」


 上品に口元に手を添えながら、海は微笑む。


 広季が靴を脱ぎ、大理石の玄関に上がったことを認識し、海はドアを閉める。そして、靴を脱ぎ始まる。


「あ…」


 奇遇にも、またもや広季と健は玄関で遭遇する。


「お前は…光の元カレ…。また家に遊びに来たのか」


 目を細め、威嚇するように健は広季を睨む。明らかに、健は広季に敵対心を向ける。


「みっともないですよ。大学生が高校生を威嚇するなんて」


 広季の後方から姿を現し、海が健をたしなめる。


「海…。まさか、また海がこいつを家に招いたのか」


 先ほどまでの威勢は消え、どこか弱々しく、健は海に問いかける。完全に海に対しては弱腰だった。


「そうですよ。それと朗報ですよ。わたくしと広季さんは付き合うことになったんです」


 皮肉を交え、広季をファーストネームで呼び、海は健に交際の報告を行う。あたかも、健に心の傷を負わせるように。


「な、な、なんだとー--!! 」


 予想通り、大声を上げ、健は驚愕する。大きな声が自宅中に響き渡った。


「そうですよ。もしかして、こうなる未来を予想できなかったんですか? それと、うるさいですよ。不快ですから、子供のように喚かないでくださいよ」


 平然とした態度で、海は健に注意を与える。堂々とした態度で、後ろで両手を握っている。


「いや俺は認めないぞ。証明するものはないか? でないと俺は断固として認めない。こんな男と海が付き合ってるなんて!! 」


 ブンブン顔を左右に振り、頑なに健は認めようとしない。


「いいですよ。証明する物はありますから」


 海はこくんっと頷き、広季の元に歩み寄る。


「へ…」


 不自然な行動に、広季は素っ頓狂な声を漏らす。


「失礼しますね…」


 海の手が広季の顔に触れる。そのまま自分の顔の方に向けさせる。


 チュッ。


 突然、広季の唇に柔らかい感触が広がる。それは海の唇であった。キスをしているのだ。


 数秒間、広季の唇に柔らかさが続き、やがて離れた。


 数秒間だったが、広季にとっては数時間ほどの体感だった。


「な、な、な、な!」


 壊れた機械のように、健は同じ言葉しか発さない。


「ふふっ。しちゃいました。キス最高でした。…わたくしの初キスは広季さんに捧げちゃいました」


 両頬を閉め、海は広季を見つめる。海は身長は高いが、敢えて足を屈め、上目遣いで広季を見上げる。


「そうなのか…」


 突然の出来事に頭が追いつかず、広季は呆然としている。何も考えられない状態だった。頭が真っ白に変化していた。


「すいませんが。もう1回しますね? 」


 健に断りを入れ、海は広季とキスをしようと試みる。


「広季さん……いいですよね? 」


 潤んだ瞳で海は広季に懇願する。


「う、うん。……どうぞ」


 健に許可を得ず、海は再び広季に口づけをする。


 チュッ。


 再び、海は広季とキスをした。健の目の前で。


 広季の唇に、舞とは異なる柔らかい感触が伝わる。舞の唇は弾力があったのに対し、海の物は弾力度は低いが、こんにゃくゼリーのようにプルプルだった。


 そのプルプルな感触に包まれ、広季は舞の時と同様に、幸せな気持ちに包まれた。


 一方、甘えて身を委ねるように、海は広季の唇から離れなかった。海の唇はタコの吸盤のように吸い付いていた。

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