第60話 落ち着かない食事

 次の日は、広季は仁美に食事に誘われた。開催場所は仁美の自宅だ。


「さあさあ、私が作った唐揚げだから美味しく頂いてね! 」


 エプロン姿の仁美が夕食の準備を終え、広季に食べるように促す。


「うん。うわぁ~~。美味しそう~~」


 テーブルには湯気の漂う出来立てホヤホヤ唐揚げの他にも、味噌汁やレタスもあった。レタスはサンチュのように巻くために用意されたのだろう。


「ふんふん。良い反応だね~」


 得意げな顔を形成する仁美。


「それにしても、広季君が久しぶりにうちに来てくれておばさん嬉しいわ! 」


 頬に手を当て、嬉しそうな表情を形成する広季の隣の女性。


 その女性は仁美の母親である。年齢はおそらく40近いが、全く老いを感じさせない容姿だ。喩えるなら、仁美が大人びたような女性だ。仁美がもう少し年齢を重ねれば、仁美の母親のような顔立ちになると容易に想像できる。


「おばさん。そんな大袈裟な」


「いやいや大袈裟じゃないわ。本当に長い間、広季君を直接見てなかったもの。おばさんも広君季に会えない間、年取っちゃたのよ」


「いやいや。おばさんは超若いですよ。逆に前会った時よりも若返ったように見えますよ」


 嘘偽りは無かった。本音から出た言葉だった。広季は幼少期から仁美の母親と面識がある。その頃から仁美の母親は美しい美貌を所持していた。だが、仁美の母親は年を取らずに若返るのか。疑ってしまうほど、広季の幼少期の頃よりも美貌や優雅さが増していた。


「やだ! 広季君!! 嬉しいこと言ってくれちゃって!! 」


 隣に座る仁美の母親が広季に抱きつく。


「久しぶりに広季君成分の補給だよ~。覚えてる? 広季君が奇跡的に可愛かった幼稚生や小学生の時に頻繁にこうやって成分を補給してたよね。ぐへへへへっ。いつぶりかの補給。最高」


 仁美の母親はわずかに口元からよだれを垂らす。広季の背中に手を回し、ホールドする。時折、クンカクンカ広季の身体を匂いを嗅ぐ。


「ちょ。おばさん! いつの話してるんですか! 俺もう高校生ですよ! 」


「そんなの関係ないよん。私にとって広季君はまだ3歳の頃から成長してないの。未だに広季君が3歳の頃と同じように可愛く見えるの! 」


 構わず、仁美の母親は広季に抱きついた状態をキープする。いや、より抱きしめる力を強め、密着度が上昇している。


「何言ってるんですか! 意味わからないですよ! 」


 乱暴に扱うわけにはいかず、優しく広季は仁美の母親を引き剥がそうと試みる。


 しかし、広季の意向は全く伝わらない。


 至福の時間に浸るように、仁美の母親は広季の身体を堪能する。


「ちょっとお母さん! 広季が苦しそうだよ! それと羨ましいから、そろそろ終わり! ほら! 早く離れてよ!! 」


 力づくで広季にへばり付く母親を、仁美が引き離す。母親の力も相当だったが、仁美の力もかなりのものだった。


(ふぅ~~。ようやく解放された。仁美には感謝だな。後でお礼を伝えよう)


 胸中で広季は安堵を覚える。正直、早く開放されたい気分だった。それに、仁美の母親に子供扱いされ、あまりいい気持ちはしなかった。年相応の扱いを受けたいのが本音だった。


「もう~~。仁美ちゃんは強引なんだから。久しぶりの広季君との再会なんだから、もっと私に広季君を独占させてよ! 」


 不満げに、仁美の母親は唇を尖らせる。明らかに納得いってないようだ。


「ダ~メ! 広季はお母さんだけのものじゃないんだから! 」


「ちぇ~。全然広季君成分を摂取できなかったわ。まだまだ大量に私の身体に貯蓄したかったのに」


 ぶ~っと要求が通らなかった際の子供みたいに、仁美の母親は不貞腐れる。


「子供みたいに振舞わないでよ! 広季、お母さんは放置でいいから、早く私特製の夕食を召し上がって。早くしないと冷めちゃうよ? 」


「う、うん。分かった。じゃあお言葉に甘えて。…いただきます」


 律儀に両手を合わせ、広季は食事の挨拶をする。


 前もって準備された箸を手の取り、皿に大量に盛った唐揚げを1つ摘まむ。


 カリッと衣が砕けるような音を立て、広季は唐揚げを咀嚼し始める。


 じゅわっと旨味の詰まった風味が口内全体に拡がる。幾分か時間が経過し、出来立てホヤホヤは通過したが、まだ熱く僅かに火傷した感覚が舌を伝う。


「うん! 美味しいよ!! すごく美味しい!! 」


 咀嚼し、体内に飲み込み、広季は感想を口にする。100点を提供したいほど広季にとって唐揚げは絶品だった。


「よかった。広季は昔から唐揚げが好きだもんね」


 にこっと仁美は満面の笑みを浮かべる。広季に料理を称賛され、心底嬉しそうだった。


「覚えててたんだね。そんなこと何年も前に教えたきりだよ」


 広季は仁美の記憶力に感嘆する。彼が唐揚げが好きだと口にしたのは、記憶を辿る限り幼稚園の頃だ。そんな昔に聞いた情報を10年近く経過した現在でも脳内に留めている仁美は異常者かもしれない。


「それは当然覚えてるよ。広季に関する情報は私にとってすべて大事だから」


 頬杖を付きながら、へらっと仁美は破顔する。


「…仁美…」


 広季と仁美はお互いに見つめ合う。仄かに良い雰囲気が漂う。2人だけの空気が醸成される。


「ねえねえ広季君。私だけを仲間は外れにしないでよ~。唐揚げ食べさせてあげるから。はいあ~ん。赤ちゃんのように口開けてね~」


 相変わらず仁美の母親は広季を子供扱いし、器用に箸で摘まんだ唐揚げを広季の口元に接近させる。


「ちょ、ちょっと。自分で食べれますって」


「いいのいいの。はい! 私に奉仕させて!! 」


 ニコニコしながら、仁美の母親は口を開けるように催促する。


「あ! お母さんずるい! 私が広季に食べさせる予定だったのに! 」


「おほほほ。世の中は速い者勝ちなのよ」


 上品な笑い声を漏らしながら、仁美の母親は勝ち誇る。優越感に浸ってる様子だ。


「お母さんのくせに生意気な。私も負けてられない! 広季、私のから食べてくれるよね。あ、あ~ん」


 恥ずかしいのか。それとも初めての経験で慣れていないのか。母親とは異なり、頬を染め、ぎこつない動作で仁美は、箸で摘まんだ唐揚げを広季に向けて差し出す。


「私のを先に食べてくれるよね? 」


「広季君はもちろん年上の私を先に選んでくれるね? 」


 2人とも笑顔で問い掛ける。笑顔だが目は笑っていない。その表情は2人に共通して類似していた。流石親子である。


(ど、どっちを選べばいいんだ。どっちを選んでも俺にとっては都合が悪い気がする。……修羅場だ)

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