第58話 ベッドで添い寝タイム

「流石に部屋に入ってまで手を繋いだ状態は変だよね」


 不必要だと思い、広季は海から手を離す。案外、楽にスルッと抜けた。


「あ…」


 海は名残惜しそうな顔を形成する。どこか寂しそうな空気も醸成する。


「森本さんは来客ですから。ベッドに座ってください。女の子のベッドだからって遠慮しなくていいですからね。私物のように使ってください」


 海はベッドに座るように広季を促す。


(これは座っていいのか? 変態扱いされないよな)


 胸中で戸惑いを隠せない広季。異性のベッドを利用するとなると、必然的に背徳感を覚える。カップル限定の行為に感じる。


「わ、わかった。じゃあ、お言葉に甘えて」


 海の気遣いを無下にはできず、広季はお姫様が寝るような豪華なベッドに腰を下ろす。


 上質な敷布団や掛け布団を利用しているのだろう。広季が今まで利用した布団の中では1番気持ちよく、触感も上等だった。


「では、横に失礼します」


 当たり前のように、海が広季の隣に座る。距離も近い。数センチほど身体が触れしまうレベルだ。当然、海の身体に染み付いた柑橘系の香りが広季の鼻腔をくすぐる。非常に魅惑的な匂いから広季の意識が一瞬だが飛び掛ける。それほど破壊力のある香りだった。


「すいません。強引ですが…失礼します」


 耳元で囁くと束の間、海が広季をベッドに押し倒す。


「は!? 」


 思わず広季の口から驚嘆した声が漏れる。一瞬、広季は何が起こったか、理解できなかった。


 だが、広季に馬乗りする海を認識し、押し倒されたことを認知した。


(おいおいおい。どんな状況だ! 何で俺、東雲に押し倒されてるんだ! しかもベッドの上だぞ!! )


 動揺が隠せない。不覚にも広季はエロいことを考えてしまう。このまま、ただで済むとは思わなかった。


(もしかしてキスとかあるのか。いやいや。俺と東雲はカップルじゃないぞ)


 そうこうしている間、海の顔がどんどん広季の顔に接近する。海は口元を少し開き、頬を朱色の染め、ゆっくり目を閉じる。そのままグングン広季との距離を詰める。


「お、おい、東雲。流石にそれは早すぎるんじゃ 」


 言葉で制止しようと試みる。だが、既に間に合わない。後1センチほどで、唇が重なる距離に辿り着く。その証拠に、海の生温かい吐息が広季の口元に吹き掛かる。


(おいおい。東雲とキスかよ)


 広季は東雲とキスする未来を想像した。柔らかくて美味しい唇だと、何の根拠も無しに推定した。


 広季も海に倣って目を瞑る。


 5秒、10秒と徐々に時間は経過する。


(あれ? 感触が生まれないな)


 だが、広季の唇の柔らかい感触は伝わらない。塞がった感触も無い。


 怖い物を見るように、状況を確認するために、ゆっくり目を開いた。


「いけません。まだダメな感じがします! やっぱり正式な間柄にならないと、やってはいけないように思います! 」


 ブンブンッと顔を赤く染めながらも、海は首を左右に振る。首に連動し、振り子のように、ロングの金髪も左右に揺れる。


「お~い。東雲~」


 おそるおそる広季は海に声を掛ける。キスを踏み留めた理由は定かではないが、どうやらキスをする勇気は無かったようだ。


(嬉しいような悲しいような。貴重な体験を逃したような。複雑な感情だ)


「しょうがないです。今回は我慢です! 次回に後回しです! 今回はプランBを実行です! 」


 勝手に自己解決するなり、海は馬乗りを止め、広季の隣に自身も寝転ぶ。


「腕まくらして添い寝して欲しいです! 手を握りながらして欲しいです! 」


 ゼロ距離で海がおねだりする。尋常じゃないほど近い距離で、広季は海を視界に捉える。


(うぉぉ~~。東雲の顔がこんなに近くに。純白の肌に透き通るような碧眼。めちゃくちゃきれいだな。直視できないよ! 高校生離れしてるよ)


 恥ずかしくて、広季は視線を逸らそうと試みる。


 しかし、海は察知し、両手で広季の顔をホールドする。結果、顔を動かせず、視線を逸らすことは困難な状況に陥った。


「お手数おかけしますが、わたくしの要望を受け入れてください。お願いします」


 真剣な表情で広季を見つめる海。瞳はわずかに揺れる。その光景が広季は魅力的に映る。広季を捕まえて、目が離せない。


「わ、わかった。添い寝して腕まくらだね」


 海のまくらになるように、広季は右腕を伸ばす。


「ついでに、掛け布団の中にも入って欲しいです」


 海の注文通りに、広季は動く。海も広季と同じように、モゾモゾ音を立てながら掛け布団に潜り込む。


「では…お邪魔します」


 緊張した面持ちで、海は優しく広季の腕に頭を載せる。


 ツヤがあり、肌触りの良好な金髪が広季の腕をくすぐる。


(すげー。何だこれ! 上質な絹みたいだ~)


 心の中で、1人で広季は感嘆する。


「ありがとうございます。最高の気持ちです。それにしても、当然ですが森本さんは男の子なのですね。腕に程よく筋肉が付いていて。わたくしは持ってない特徴なので魅力的に感じます」


「そんな。筋肉がほとんどないよ。中肉中背だよ」


「そんなことないですよ。しっかり男性特有? の筋肉がありますよ」


 満面の笑みを浮かべ、海は広季の手を握る。


「これで完成です」


 もう何て言うか。海は幸せそうだった。広季と密着していることが至福の時間なのだろうか。顔から上機嫌なのが推測できる。


「初添い寝として写真撮りましょう。いいですか? 」


「い、いいよ。自由に撮ってよ」


 広季の返事を受け、海は制服のポケットからスマートフォンを取り出す。ロックを解除し、カメラ機能を起動する。


 寝転がった状態で、スマートフォンを動かし、アングルを調整する。


「さて、行きますよ~。ハイチーズ……」


 パシャ!

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