第56話 初めて手を繋ぐ
「今日はわたくしの自宅に来ませんか? 」
放課後。海は広季を自宅に誘う。今日は用事があるのか、教室に仁美の姿は見えない。
「今日は暇だからいいけど。東雲はいいのか? 前もお邪魔しちゃったけど」
「いいんです! わたくしはいつでも森本さんに自宅を訪れて欲しいんです! そして、たくさん同じ場所で同じ時間を過ごしたいんです!! 」
ふんすっと荒く鼻息を吐く海。海からは熱意を感じた。本気で広季と共に時間を過ごしたいようだ。
「そ、そうか。東雲が構わないならいいけど」
海の熱意に押し負け、広季はたどたどしく返答する。完全に広季は圧倒されていた。
「じゃあ…一緒に帰る? 」
「はい!! 」
海は嬉しそうに返事をした。満面の笑みだった。幸せな花びらが顔周りに拡がっていた。
広季と海は教室を後にし、階段を降り、昇降口で靴に履き替える。昇降口から校門を抜け、帰路に就く。
周囲には広季の学校の生徒がチラチラ認識できる。学校の最寄りのコンビニに立ち寄る者。楽しそうに雑談する者。1人で帰宅する者。同じ学校の生徒と言えども多種多様だった。
チョンッ。……チョンッ。
広季の手の甲に柔らかい感触が伝わる。
(さっきから何なんだ。わざとらしいけど。わざとじゃ…ないよな)
ぎこちなくそっぽを向きながら、海が時おり広季の手に軽くタッチする。そのおかげで、すべすべして男性には特徴的な手の感触が広季の手の甲を刺激する。
広季にとっては不快ではなかった。逆に心地よかった。手触りが非常に上質な純白な手だった。海の手はシミ1つ無く、きれいで美しい代物だった。
チョンッ。
3度目の海からのタッチだった。
「ど、どうしたんだ? 俺の手に何か付着してる? 」
流石に見過ごす訳にはいかず、広季は疑問を投げ掛ける。手に何か付着していないかも目を通す。手に異常は無く、いつも通りの手だった。
「い、いえ。森本さんの手には問題ありません。…あの……」
仄かに頬を朱色の染めながら、俯いた状態で海は両手の人差し指をつんつん合わせる。言いたい事があっても中々切り出せないようだった。モジモジしている。
「わたくしと手を繋いでくれませんか? その…変かもしれませんが。…森本さんと手を繋ぎたいんです。理由は言えませんが。…ダメ……でしょうか? 」
緊張した子供のように、勇気を振り絞った様で、海は瞳を潤ませる。海の瞳には液体が混じり、宝石のように輝きを放つ。
(おいおい。その表情は反則だろ。ここで断ったら俺が悪者になるよ。てか、東雲可愛すぎだろ! 異性として魅力的すぎるよ! )
広季の心は海によって奪われる。数秒間、静かに広季は海の顔を見つめてしまった。
だが、海が広季の心の状態に気づいた様子はない。
「わ、わかった。東雲が手を握りたいならいいよ。…ど、どうすればいいのかな? 」
広季は動揺を隠せない。広季は女性の扱いが上手い訳ではない。下手な部類に属する。そのため、ぎこちなく相手の要望を聞き出そうと試みる。女慣れしてない雰囲気はダダ洩れである。
「い、いいんですか…。…やった」
聞こえない声で囁き、広季に背中を向けて、海は控えめにガッツポーズを作る。
「はっ。すいません。そうですね。わたくしが手を差し出すので握ってくださいませんか? 優しく包むこむようにお願いします」
恥ずかしそうに、海は左手を伸ばす。海は右手に鞄を持っているため、左手しか空いてなかった。
「了解。じゃあ…行くよ? 準備はいい? 」
生唾を飲み込んだ後、海の言葉に従い、広季は海の左手を握る。お互いの手が触れ合う。海の体温がじんわりと広がる。広季の心臓の鼓動が速くなり、血液の流れが加速する。
(や、柔らかい。俺の物と比較して柔らかさも手触りも大きさも違う)
高校生になって初めて異性の手を握った。しかも相手は学年でも超人気な東雲海。広季にとっては特別な経験だった。
「あ、ありがとうございます。森本さんのお手て、あまり大きくはないですが、ガッシリしてます。不思議とたくましさを感じます。私が持ってない物です」
ギュッと海は広季の手を包み込むように握る。倣って、広季も握り返す。より海の体温を広季は知覚した。
不思議と幸せな感情が広季の胸中を支配する。安堵感に包まれ、いつまでも手を握っていたい。そんな叶わない欲望を抱く。
そのまま手を繋ぎながら、真っすぐ2人は海の自宅に足を運ぶ。
広季も海も目を合わせることが困難であった。広季は正面を、海は地面じっと見つめる。視線の方向は決して変化しない。
そのままの状態をキープしたまま、広季と海は歩を進み続けた。
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