第51話 嬉しい人間と悲しい人間

「わぁ〜! 広季の部屋久しぶり〜」


 テンション高めで、仁美は舐めるように広季の部屋を視界に収める。


 ベッド、勉強机、本棚などが存在する。


「それにしても、すごい書籍の数ですね。全部小説ですか?」


 本棚に手を掛け、海は驚嘆な声を漏らす。興味深そうに書籍に記載されたタイトルを目で追う。


「それは全部ライトノベルだよ」


「ライトノベルですか? それは小説のジャンルですか?」


「そうだよ。文章が平坦で読みやすく、小説の途中で絵が挿絵としてあるのが特徴なんだ。小説からアニメ化になった作品も多数あるよ」


 海に理解にしてもらうために、広季は長々と言葉を紡ぐ。ある程度の言葉数を要した。


「へぇ〜。そうなんですね。知らなかったです」


「もし興味あるなら貸すよ?」


「本当ですか!?」


 食い気味に海が食いつく。


「うん。本棚から好きに選んで持っていけばいいよ」


 広季からしても自身の読んだライトノベルを読んでもらうことはウェルカムだ。


 好きな小説の話で盛り上がれるほど楽しいものはない。


「お言葉に甘えて選びますね!」


 楽しそうに、海は本棚に並ぶ書籍を眺める。鼻歌混じりだ。


「いいなぁ〜。ねぇ広季。私も借りてもいい?」


 羨ましそうな顔を形成しながら、仁美が疑問を投げ掛ける。


「うん。仁美も好きなものを取っても構わないよ」


「やった! どれにしようかな〜」


 本棚に吸い付くように、仁美は書籍のタイトルを確認する。1冊確認してはまた1冊。


「すいません。森本さんのおすすめはございませんか? わたくしはその小説を読みたいです」


「あ! 私もそれがいい!」


 仁美と海の意見が合致する。


 仁美と海がライトノベルに興味を持ってくれた。少なからず広季は嬉しい気持ちを覚える。


「う〜ん。待ってよ。それじゃあこれとこれね」


『嘘告白したらモテ始めた』


『アルバイトを辞めたら美少女達がアピールしてきた』


 この2つの小説1巻をそれぞれ仁美と海に手渡す。2点とも広季が全巻所持するライトノベルだ。


「ありがとうございます!」


「ありがとう! 絶対にすぐ読むね!」


 仁美も海も大事そうに手渡された小説を両腕で抱き締める。


「うん! 読み終わったら感想を教えてね」


 広季は薄い微笑を浮かべる。


「ねぇねぇ広季。ベッドに寝転がっていい?」


 ベッドの方を仁美は指さす。


「構わなけど。臭いがするかもしれないよ?」


「そうかな? すぐに確かめてみる」


 許可なくベッドへ上がり、仁美は広季のベッドの匂いを嗅ぐ。


 くんくん鼻を動かしながら。


「うん! 全然問題ない。心地よい広季の匂いだけが香る」


 幸せそうに、仁美は鼻を広季の布団へ擦り付ける。全ての匂いを吸い込むように。


「弥生さんずるいです! わたくしも森本さんの匂いを堪能したいです!!」


 また海も広季のベッドに上がるなり、匂いを嗅ぎ始める。


「お、おい。なんだ2人は変態なのか…」


 思わずといった形で口から漏れた。正直、今の状況は結構カオスだ。


 美少女2人が親しい間柄とはいえ、男子の布団の匂いを幸せそうに嗅ぐのだから。


「ねぇねぇ広季。私達と一緒にベッドで寝ない?」


 誘惑するように、仁美は薄く綺麗な笑みを浮かべる。広季を試すかのように。


「は? ふざけてるのか仁美。万が一、仁美が良かったとしても東雲はダメだろ?」


 顔を窺うように、ちらっと広季は視線を海へ移す。


「いえそんなことはありません! 是非隣で寝ましょう!」


 広季の期待をあっさり裏切る海。一切の拒絶を示さず好意的に海は了承する。


 明らかにウェルカムな態度だった。


「は? え…まじ」


 広季は戸惑いを隠せない。今直面する現実が信じられない。


 しかし、美少女である仁美と海に挟まれ、ベッドで一緒に寝たい気持ちは多量にある。


 美少女と身体を密着させたい欲望に駆られる。


「どうする? もしかして拒否しちゃう? それは男としてどうなのかな〜」


(あ…。これダメだ)


 仁美の挑発により、完全に理性が保てなくなる。自然とベッドへ足を進める。


「おっ!ようやくやる気になったね。ほらほら」


「真ん中を開けていますからゆっくり寝転がってくださいね!」


 ベッドの空いたスペースに広季は吸い込まれる。


「いらっしゃいませ!」


「いらっしゃ〜い!」


 ご機嫌な口調で仁美と海は広季を迎える。


「う、うん」


 ベッドへ飛び込んだいいが、流石に緊張する。交互に目を動かすと、右と左にはそれぞれ仁美と海がいる。近くから見ても2人は紛うことなき美少女だ。


「ねぇねぇ。3人で写真撮ろうよ。もちろん寝ながらだよ」


「いいですね! わたくしがスマホで写真を撮りますね」


 仁美と海は左右から広季へ身体を密着させる。


 柔らかい手足や豊満な胸の感触が広季の身体のあちこちに拡がる。


「いきますよ〜。はいチーズ」


 パシャ。


 広季が冷静さを取り戻す前にスマートフォンのカメラ機能が起動した。


 スマートフォンに1枚の写真が保存される。


「やりましたね! これを写真として載っけて」


 SNSのアプリを開き、海は先ほど撮った写真を投稿する。


 一方、場所は変わり、東雲邸。


 ウィッターで時間を潰す健。様々な人物のツイートを認識する。


「な!? またかよ!」


 仁美と海と一緒にまたもや硬い表情でベッドに寝転がる広季。


 彼らが映った写真がウィッターに投稿されていた。


 その投稿を健は発見した。


「クソ! なぜだ! なぜ俺から彼女を奪われた男が海にあそこまで好まれてるんだ。俺なんか海に一切口すら聞いてもらえてないのに!」


 八つ当たりで健は床に向けてスマートフォンを投げ付けた。


 勢いよく床に衝突し、スマートフォンの画面が粉々に割れる。


「くそ! ってやばい。俺のスマートフォンが〜」 


 情けない声を発しながら、大慌てで健は割れたスマートフォンを拾いに動く。

 

 しかし、時は遅く、スマートフォンの電源はOFFの状態だ。


 完全に破損した。


「おい! おい! 俺のスマホ! 応答しろ!!」


 必死な形相でスマートフォンを呼びかけるが、反応は皆無。


 うんともすんとも言わない。


「どうして。…どうして俺はこんなについてないんだ〜〜」


 大きな声で健は嘆く。


 また、笠井宅では。


 憂いな目で光がスマートフォンを眺める。


 スマートフォンの画面には海がウィッターに投稿した例の写真が映る。


 光の視界には広季しか映らない。


「どうして浮気したんだろ。どうして私だけ不幸なんだろう。森本君には幸せなことしか起こらないのは不公平…」


 どこに焦点が合ってるのか。定かではない虚な目でぶつぶつと呪文のように、光は呟く。


 ただひたすらスマートフォンの画面を見つめながら。


「優良物件を捨てた罰かな…」

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