第47話 球技大会①

『始まりました~。我が校6月恒例の球技大会が~』


 放送部の愉快なアナウンスの声がグラウンド全体に行き渡る。


 開会式も終了し、これから球技大会の第1試合が始まる頃合い。


「ようやく開会式が終わったね」


 無駄に長い開会式から解放され、仁美は広季に声を掛ける。


 2人は待機場所に身を置く。


「そうだね。ちょっとおしりが痛いよ」


 痛みを和らげるために、広季はお尻をさする。


「大丈夫ですか? わたくしが和らげましょうか?」


 海が心配そうに立ち上がる。すぐに広季へ距離を詰める。


「大丈夫だよ東雲。自分でできるから」


 薄く微笑み広季は海へ安心を提供する。さすがに自身で可能なことは自身で着手する必要がある。


(そうしないとダメ人間になるから)


 誰にも聞こえない胸中で自身に言い聞かせる。


「そうですか? もし必要ならいつでも言ってくださいね」


 ブルシートの上に海は腰を下ろす。距離は先ほどと同様に、広季に接近するように近い。


「東雲さんは過保護だね。広季を心配しすぎ」


 おかしそうに仁美は笑う。バカにしたような笑い声では決してない。 


「そんなことないです。大したレベルではないです。当たり前のことです! 」


 やる気を示すように、海は躊躇なく言い切る。真剣な表情から嘘偽りは皆無だろう。


「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」


 広季にとって正直な気持ちを吐露する。素直に嬉しかった。身体中が少しだけ熱を帯びる。自身を思いやってくれる人物がいる理解できると自然と安ど感を覚える。


「いえいえ。わたくしは森本さんの味方ですから」


「あ! 私もだからね広季」


 仁美と海は同じ主張をする。2人共、多少は違えど根本の考えは一致する。つまり、広季を非常に大切に思っていることだ。


「うん2人共ありがとう」


 自身を大切にしてくれる皆に感謝する。これほどの幸せは気づかないと味わえない。


「あら、森本君。それに前に図書室を訪れた2人も一緒なの」


 偶然、通り掛かった舞。


「舞さん。おはようございます」


 先輩なため、広季は一応挨拶する。これは中学時代の部活で染み付いたクセだ。


「「笠井先輩おはようございます」」


 仁美も海も広季に倣い挨拶を行う。以前よりも舞と距離は縮まる。態度や表情から察することが可能だ。


「3人共おはよう。何か先輩感あるわね」


 ふふっとおっとりしたオーラを放ちながら、舞は右頬に手を添える。ご機嫌な様子だ。


『そろそろ第1試合が始まります。出場チームの方は準備をお願い致します』


 アナウンスが広季の鼓膜を刺激する。遠慮を知らず、強く鼓膜を攻撃する。うんざりするほど音が大きい。


 わずかに不快感も生じる。


「そろそろ始まるの。それなら、うちもここで観戦していい? 」


「どうぞどうぞ! 」


 空いたスペースを広季は指さす。


「あら丁度空いてたの。ではお言葉に甘えて」


 スローな仕草で靴を脱ぎ、ブールシートに舞は足を踏み入れる。


「失礼するの」


 きれいな所作で仁美の隣で座る。


 広季の近所に絶世の美少女が3人揃う。我が校生徒男子の大部分が羨むシチュエーション。


 しかし、広季は特に興奮はしない。何だか言葉で言い表すのは難しい。感情で言えば嬉しい感情に近いものである。


 そういった感情が広季の心を支配する。


 場所は変わり、グラウンドの中央。


「なんでだよ。なんであの陰キャの周りにあの3人の美少女が集まるんだよ」


 チームメイト達は準備体操をする最中、啓司は何もしない。ただぶつぶつ誰にも聞こえない声で愚痴をこぼす。


「まぁ、見とけよ森本。今日の球技大会で大活躍してやる。周囲を寄せつけない程にな。そしたら、3人の美少女達は俺にメロメロだ」


 決意を硬め、啓司は力強く右拳を握る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る