第46話 情報拡大

「ねぇねぇ。やっぱり井尻君の告白の話は本当だったらしいよ。私、弥生さん本人に聞いたよ」


「えー。そうなんだ」


「それに、他クラスの東雲さんに遊びへの誘いを拒否されたことも本当らしいよ」


「じゃあ、うちのクラスメイトが盛り上がってた話題はすべて事実だったわけ?」


「そういうこと!」


 広季のクラス内で以前よりも情報拡大する。以前は3、4人に満たなかったが、今では20人ほどの生徒が啓司に関する話をする。


 無理もない。学校で有名な仁美と海が関わっているのだから。


 2人とも美形で可愛いらしいため、学年では高い知名度を確立する。


 啓司は肩身が狭そうにそれらの話を耳にする。聞きたくなさ気に。


 しかし、自然と耳に入る。それほど、周囲が啓司のトピックに熱中する。皆が、会話のダシにする。人間は物珍しく会話の材料となる話に目がない。


「クラス内で転校生に関する話で盛り上がってるね。大盛り上がりだよ」


 一方、平然とした態度で、仁美は隣の広季と雑談する。周囲を気にせず、幼馴染の広季と2人だけの空間を形成する。他のクラスメイトなど決して介入不能な特別なスペース。


「そ、そうだね。それにしても、仁美はストレス溜まらないの? 少なからず、仁美に関する話題でクラスメイト達は盛り上がってるんだよ?」


 気になる疑問を広季は投げ掛ける。広季では多少なりともストレスを蓄積する状況だ。周囲へ頻繁に注意も向いてしまうだろう。


「うん。全然大丈夫。もしかして心配してくれた? 」


 広季の目を仁美が覗き込む。心を読み込むように。


(うっ。やっぱり幼馴染といえども、仁美は可愛いな)


 内心、ドキッとする。見つめられることで心臓が跳ね、鼓動も加速する。


「…うん。幼馴染の仁美が心配だからね」


 素直な気持ちを吐露する。自然と生まれた言葉だった。


「ふふっ。正直だね。うんありがと。でも、私は大丈夫だから」


 嬉しそうに仁美は頬を綻ばせる。思わず頬が緩み、非常に幸せそうだった。彼女の顔の周りにお花畑があると錯覚してしまうほどに。


「よかった。でも無理だったら俺にいつでも相談してね?」


「は~い。いつでも相談しま~す!」


 楽しそうに仁美は敬礼のポーズを取る。ぎこちない手付きでポーズを形成する。


 時は流れ、啓司は購買に足を運ぶ。本日は自宅に弁当を忘れたらしい。


 内心イライラしつつ、その感情を押し殺し、校内の1階の購買に到着する。


 2時間目終了後なため、まだ人は少なく大部分のパンが残る。


「ねぇ、あいつが最近、転校生してきた2年生かな?」


「ぽいな。同級生に暴力を振るおうと試みた人間だな」


「そうそう。ギリギリのところで笠井さんが止めたらしいけどな。すごいよな笠井さん。いくら空手の経験者にしても。そんな芸当なかなか叶わないよ」


「本当にな。それにしても信じられないよな。高校生になって暴力を行使するとか」


 偶然にも購買近くの通路を通り掛かった、3年の男子達も啓司に関する話題を取り上げる。


 その最中、啓司はパンを選び終わり、会計を済ませる途中だった。


 ギリッギリッ。


 販売員の前にも関わらず、悔しそうに啓司は歯軋りを始める。公の場でも見せつけるように大きな音を立てる。


 当然、周囲にその音は行き渡る。


 販売員は最初は驚く。目の前の出来事に恐怖も覚える。わずかに、逃げるように後方の壁に背を付ける。


 だが、徐々に不快感が漂う空気感を醸成する。心底、鬱陶しそうに。

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