第45話 協力関係

「たまに教室から姿を消すからどこに移動しているかと思ったら図書室だったのね」


「おい! 俺を変人扱いするなよ」


 唇を尖らせ、広季は仁美へ不満を口にする。


「ここが図書室ですか。わたくし、入学以来初めて入室しました」


 物珍しい風景を見るように、本棚が立ち並ぶ図書室内を海は見渡す。初めての場所を訪れた子供のような無邪気さがあった。


 昼休み。3人が昼食を食べ終え(海は自分のクラスで食べた)、廊下でたまたま遭遇した。


 図書館へ向かう広季に仁美が付いてきた。広季が教室外の場所に移動する回数は1日に何度か存在する。以前まで、仁美は広季と図書室に向かうことは皆無だった。しかし、本日は気になると一緒に付いていくことを求めた。


 

広季は最初は拒否する。図書室には単独で行きたい気分だった。その上、彼にとって時おり、舞と2人きりで雑談するのが楽しみだったりする。


 だが、仁美は最後まで引き下がらなかった。結局、広季が了承するまで食い下がった。


 そして、昼休みの真ん中辺り。広季と仁美が廊下を進むと、奇遇にも海と遭遇したわけだ。それから今に至る。3人で図書室に向かった。海も仁美と同様に、図書室に興味を示した。


「広季はどうして図書室に足を運んだの?」


 至極当然な疑問を、仁美は尋ねる。彼女自身、広季の目的を把握していない。


「知らなかったのかよ。まあ当然か。言ってないからな」


 広季は呆れ顔を示す。すぐ原因を突き止め、合点がいく。


「推理小説を借りに図書館へ足を運んだ。俺の好きな東出圭介の新作を借りるために」


「東出圭介? 日本でもトップクラスで有名な推理小説家ですね」


「うん。本を頻繁に読まない私でも知ってる」


 仁美と海は各々反応は違えど、どちらもクエスチョンマークを浮かべない。それほど、広季の現代では東出圭介は知名度を所持する。


「あら森本君いらっしゃい。今日は1人じゃないの」


 図書室で委員会の役割を担う舞がいつものように広季へ声を掛ける。


「あ、舞さん! お疲れ様です!」


 広季は軽く会釈し、仕事中の舞を労う。


「「舞さん?」」


 仁美と海の額に皺が寄る。2人とも怪訝そうに顔もしかめる。


「そんな畏まらなくてもいいの。森本君なんだから」


 広季との前では舞は非常に幸せそうだ。その証拠に、つい先ほどまで真剣に図書委員の業務へ従事していた。


「今日訪れたのは。もしかして東出圭介の新作がお目当て?」


「そうです! よくご存じで」


 興奮気味に広季は応答する。広季は自身の趣味に関する話だとテンションが高くなる傾向がある。好きな趣味に関して話すことが楽しくて堪らない。高校生以下であり、小学生と遜色ない。いや幼稚園生レベルかもしれない。


「それならあっちの奥の本棚に今日置いたよ。我慢できないんでしょ?」


 焚き付けるように、舞は疑問を投げ掛ける。


「はい! 昨日から楽しみで楽しみで!」


 既に限界なのか。広季はダッシュで指定の本棚に移動する。新しい東出圭介の小説の置かれた本棚へ。


「2人は森本君と仲が良いの?」


 微笑ましく広季の背中を見送った後、舞は彼女達に問う。


「幼馴染です」


「はい。中学からの仲です」


 対抗するように、仁美と海は答える。自身の広季との間柄も明確に示す。


「そうなの。知らなかった。それで、いきなりだけど2人に提案があるの」


 広季が本棚を探すのを確認した後、舞は真剣な表情でありつつ声も抑える。


「幼馴染のあなたと森本君をいじめた張本人とお話をする光景を見たの」


 舞は仁美と海へ距離を詰める。3人しか聞こえない声で喋る。


「え!? もしかして今日の休み時間のことですか?」


 声を漏らさないように、仁美は口元全体を覆う。


「うんそうなの。ここからが本題なんだけど」


 一旦、間を取る。


「森本君をいじめた張本人を潰したいんだけど。2人も一緒に協力してくれないかな?」


 再度広季を確認する。未だに彼は本を探す。中々見つからないらしい。


「「…」」


 お互いに目を点にし、静かに見つめ合う。数秒間、2人は沈黙する。


 2人は息を合わせてニヤリと笑みを溢す。同時に舞の方は視線を走らせる。


「「もちろんです!!」」


 やる気満々の表情で、2人は返事をする。


「お〜い。お待たせ〜。ようやく見つかったよ」


 東出圭介の小説を掲げながら、広季は仁美達と合流する。


「それはよかったの。楽しんで読んで」


 3人は完全に先ほどの話を広季に聞かせない。


 跡すらも残さなかった。見事な芸当である。

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