第39話 優しく抱きしめる

「さっきの話は本当なんだよね?」


 広季と仁美は自宅に身を置く。しかも、仁美の自室だ。


 自室にも関わらず、目を揺らしながら仁美は尋ねる。


「う、うん。嘘じゃないよ」


 内心では広季は動揺する。いきなり自宅に誘われたがいいが、成り行きでお邪魔してしまった。


 ギュッ。


 広季の内心が収まらない最中、不意に仁美は広季を抱きしめる。


「中学時代はかなり大変だったんだね。…可哀想な広季」


 母親のように優しく耳元で囁き、広季の頭を撫でる。さらさらと


「…そんなに大したことないよ。誰でも耐えられる。それに俺が弱いから」

  

 突如、目の辺りに涙が溜まり始める。言葉が上手に進まない。


 どんどん視界も歪む。


 仁美に過去のいじめの辛さを共感してもらった。その事実が広季にとって非常に嬉しく、心にじんわり染みる。


「そんなに強がらなくていいよ。私は広季のことなら何でも熟知してるんだから。今でも心に大きい傷が残ってるでしょ?」


 さらに、仁美は広季の頭を撫で続ける。柔らかい温もりと感触が遠慮なく伝わる。優しく、縛りある呪いを解くように。


「…うん。正直深く刻み込まれてる」


 身を委ねるように、広季は仁美に体重を掛ける。


 仁美の柔らかい胸が広季の頬を刺激する。


 柔らかい弾力が広季に安堵を提供する。女性の胸から放たれる安心感は尋常ではない。


「よ〜しよし。私の胸でゆっくり休んでね〜」


 ポンポン。


 次に、仁美は広季の背中を軽くタップする。


「うん。そうさせて…もらうよ…」


 徐々に瞼が重くなる。広季の目がどんどん細くなる。やがて完全に閉じる。彼の視界は真っ暗に変貌する。


「おやすみなさい広季。ゆっくり。ゆっくり休んでね」


 にこりと微笑みながら、仁美は広季の腰から手を離す。


「…うん。おやす…み」


 寝言のように広季は答える。既に意識の大部分は存在しない。完全に夢の中だ。


「あ〜あ。広季寝ちゃった。どうやら、かなり疲労が溜まってたんだね。それにしても—寝顔かわいい!」


 広季の頬をつんつんつつく仁美。実に愉快で幸せそうだった。


「いくら中学時代に疎遠だったとはいえ。…私の可愛くてカッコいい広季に大きな傷を刻むなんて」


 ギリッ。


 表情が一転する。


 力強く仁美は歯を鳴らす。まるで怒りをぶちまけるように。


「覚悟しなよ転校生君。痛い目に合わせてあげるから」

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