第38話 自白

「ようやく2人になれたね」


 嬉しそうに仁美は広季を見つめる。


 隣に並びながら、広季と仁美は歩く。進む道は帰路だ。住宅地の家々に沿って歩を動かす。


「それにしても、あの転校生の人。私と同じ中学らしいんだけど。広季は知ってた?」


 広季を直視しながら、仁美は尋ねる。瞳は亜麻色でパッチリする。


「うん、知ってたよ。だって有名だったから」


 過去を回顧し、広季は重い口を開く。脳内には中学時代の嫌な記憶で埋まる。


「えっ!? 広季は知ってたの! それに顔が辛そうだよ?」


 さすが幼馴染だ。広季の微妙な表情を読み取る。しかも正確に。


「う!? そんなことないよ。…気のせいだよ」


 顔に出やすい特性がある。そのため、広季は明らかにぎくりと反応する。


「ふ~ん。何だか怪しい~。中学時代、私と広季は疎遠だったからあまり詳しくは知らないけど。確か、中学時代バスケ部だったよね? なんで高校で入ってないの?」


 ぐいぐい顔を接近させ、仁美は問い詰める。


「え、えっと…」


 仁美から逃げるように、広季は顔を背ける。


「中学時代は幼馴染である事実が恥ずかしかったから疎遠だった。それが原因で中学の広季に関する情報はほぼ私は所持していない。だから、教えてもらうまで諦めないよ」


 仁美は追及を止めない。強い意志を感じる。少しでも取り残した広季の情報を獲得するために。


「はぁ~。わかったよ」


 さすがに広季は押しに負けた。逃れないとも確信する。それに、少しでも苦い過去を他者に打ち明ければ楽になるかもしれない期待も抱く。少しでも苦い記憶を和らげたい。


「正直に打ち明けると…」


「うん」


 話を促進するために、仁美は相槌を打つ。表情から意図的だとわかる。


「俺はあの転校生からイジメられてたんだ」


「え……」


 仁美に関する表情が一瞬で固まる。それほど衝撃的な内容だった。


「井尻も中学時代バスケ部だったんだ。そして、井尻はバスケ部でエースでモテた。逆に、俺はバスケ部最弱だった」


 つらつらと言葉が湧き出る。自然と中学時代の過去を流暢に言語化できた。まるで仁美を置き去りにするように広季はどんどん自白する。


「だから、最弱の俺は井尻を中心に、先輩・同級生・後輩。すべての部員からバカにされたよ。井尻には奴隷のように雑用もやらされた」


 苦い過去が明瞭に脳内にフラッシュバックする。広季は今、経験しているかのような感覚を味わう。


 黙って話に耳を傾ける仁美は徐々に開いた口を閉じ始める。徐々に瞳のハイライトも消え始まる。鮮やかな亜麻色の瞳は少しずつ暗黒化する。


「そういった理由から俺は井尻を知ってたんだ。それに今でもあいつは怖いよ。また奴隷のように扱われるかもしれないから」


 無理やり笑顔を作り、広季は俯く。歩く途中なため、地面の景色はゆっくり変化する。


「…なにそれ」


 すべての話が終了するなり、仁美の目から完全にハイライトが消える。完全にスイッチが入ってしまったかのように。


「こんなところだよ。大した話じゃなかったでしょ?」


 顔を上げ、広季は仁美へ視線を走らせる。


 一方、仁美の表情は髪で隠れる。どんな表情をしてるか窺えない。


「ねぇ、広季。今からうち行こ」

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