第37話 失恋

「私はもう帰る支度はバッチリだから! 後は広季だけだからね」


 教室には広季と仁美、さらに何者かのカバンしか無い。現在、室内には広季と仁美しかいない。


「…わかった」


 啓司への恐怖は完全に消えていない。未だに啓司がどんな感情を抱いたか、気に掛かってしょうがない。


 しかし、仁美を無視するわけにもいかない。仁美の言う通り、帰りの支度に着手する。


 ゴソゴソ慣れた手つきで、学生カバンへ広季は教科書やノートを詰め込む。


 30秒ほど経過し、帰りの支度を広季は完了する。


「よし! 無事にできたみたいだね! それでは帰ろ?」


 上目遣いで、仁美は覗き込むように広季を見つめる。


「う、うん」


 ぎこちなく、広季は返答する。未だに広季の不安は鎮まらない。


「ちょっと待った! まだ話は終了してない!」


 勢いよくドアを開放し、教室へ啓司は乗り込む。大きく叫びながら。


「俺は君に告白するために先ほど呼び出した。それを忘れないで欲しい!」


 必死な表情で、啓司は仁美を指さす。びしっと。


「…しつこいな〜」


 本日、初めて仁美は嫌悪感を示す。顔をしかめ、面倒臭そうにシミ1つ無い頬を掻く。


「申し訳ないけど、私はあなたと付き合えない」


 バッサリ仁美は告白を拒否する。躊躇いの素振りや沈黙も挟まずに。


「え…。は…。なぜだ。なぜだ。俺がフラれた。納得できない、理由を教えてくれ…」


 ぶつぶつ独り言を経て、諦めずに啓司はしぶとい。プライドの高さからフラれた事実を認められない。いつものたっぷりな余裕も皆無だ。


「理由?う〜ん———」


 仁美は天井を見上げ、頭を悩ませる。


(仁美はどんな答えを出すんだ。もしかして押しに負けてOKなんかしないよな)


 そんな悪い未来を想像すると、広季の身体に雷撃が走るように緊張が走る。仁美を啓司に取られたくないのが正直な本心だった。


「あっ! 見つかった! これしかないよ!」


 名案が閃いたように、仁美は高らかに声を漏らす。一気に悩みから解放されたように見える。


「それでいい。速く教えてくれ。俺を納得させる立派な理由を。でないと、あの中学時代モテモテだった俺がフラれるなど非現実的だ」


 相手の気持ちなど無視し、解釈が難解な言葉を啓司は並べる。普段の優しい口調は消え失せ、荒々しい粗雑なものに変貌する。


「カッコよくないし、好きじゃないから」


 ズバン。


 豪速球のストレートのような言葉が啓司に突き刺さる。オブラートに包まれず、率直に抱いた理由。


「す、好きじゃないから……」


 啓司は完全に顔を固める。瞳孔は見開き、真っ正面の仁美だけを直視する。


 口はだらしなく半開きだ。


 現実を受け止めきれないのか。それとも脳がショートしたのか。それは定かではない。


 ただ、啓司は理由付きで完全に仁美からフラれた。


「そろそろいいかな?私は広季との時間を堪能したいから。これ以上邪魔しないで。ね?」


 最後の部分は敢えてわずかに低い声を発し、仁美は牽制する。


「もう制止されないと思うから。広季行こ!」


 仁美は黙って佇む啓司の真横を通り過ぎる。


 今度は行動を抑制されない。啓司は何も言えず、無言を貫く。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 教室内にも関わらず、駆け足で広季は仁美の後を追う。


 その際、広季も啓司の真横を通過する。


 広季は啓司の顔を覗き込む。


 今まで広季がお目に掛かったことがない顔を啓司は構築する。そして、その顔は今まで見てきたどんな啓司よりも情けない。


(井尻には少し申し訳ないけどざまぁ〜。異常にスッキリする快感が得られた。スッキリした)


 いじわるく胸中で広季は多大な満足感を覚えながら、仁美と同様に教室を後にする。

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