第35話 世の中は残酷?
「よぉ! 中学以来だな。陰キャで奴隷の森本君!!」
体育終了後、啓司はグラウンドの蛇口で手を洗う広季に見下した態度で声を掛ける。
表情は愉快でニヤニヤを存分に披露する。
「……」
口をきつく閉じ、広季はうっかり嫌な感情を露わにしないように努める。
無意識に防御反応が稼働した。
少しでも嫌悪感を示すと、啓司からどんな仕打ちを受けるか推測できない。
中学からの苦痛な経験が身体に辛い記憶を刻む。そのため、広季の身体が自然と危険を伝達した。
「まぁ、そんなガチガチに硬くなるなよ! 今のところはお前に危害を加えるつもりはないから」
ご機嫌に笑い声を漏らし、気安く啓司は広季の肩を何度か叩く。
バンバン。
(痛いな。クソ…)
痛みに耐えながら、広季は悪態をつく。
わざとなのかは定かではないが。啓司が叩いた肩の部分に何度も痛みが生まれる。何度も叩かれ、痛みは軽いものから熱く鈍いに変化する。
広季にとって、啓司に触れられ、鈍い痛みを覚えた体験は非常にストレスを溜めた。
「そうだそうだ。1つ話があったんだ。おい!森本君。俺は球技大会の前にこの学校の3人の女子に告白するつもりだ。しかも、3人とも芸能人並みの美少女だ。一目見て惹かれたぜ!」
聞いてもいないことを、捲し立てるようにペラペラと啓司は語り始める。時折、笑顔を交えながら。
(早く終わってくれ〜)
胸中で強く祈る。
啓司の話が終了するまで広季は静寂をキープするしかない。言葉を遮れば、啓司が気分を害するのは必至だ。
「とにかくだ。俺はその3人に順番に告白する。まぁ、俺なら3人オッケーだろうな! だって俺って昔からモテるし!! そしたら、美少女のストックができ、小説のようなハーレムも形成。…ぐふふ」
1通り喋り終わった後、啓司は不気味な笑い声を吐く。
「まぁ、親の都合でこの学校に転校したが、中学同様、存分に楽しませてもらうわ」
体操服のポケットに手を突っ込みながら、啓司は踵を返す。啓司の止まった歩が進み始める。
「陰キャでダメなお前も身の丈にあった高校生活を送れよ! 中学のときみたいにな。グッドラック!」
格好つけてそれだけ残し、特に蛇口で手も洗わず、啓司はその場を後にする。
のしのし。
自分に酔っているのか。ゆっくりゆっくり偉そうな態度で歩く。どんどん広季との距離も作る。
(やっと消えてくれた。…ほっ。心がかなり楽になった)
啓司が遠く離れたにも関わらず、静かに広季は胸を撫で下ろす。
広季にとってようやく長い長い拘束から解放された。
その開放感は中々に味わえないほどすっかりする。
苦痛や緊張、不安などから解放され、人間は自由になれる。
(だけど、油断はできない。いや、もう高校を卒業するまで俺は学校で油断など叶わないのかもな)
ははっと、悲しそうに広季は苦笑いを浮かべる。
それと同時に、一気に今後の未来に対する不安が押し寄せる。
中学時代と同じ扱いを啓司にされるかもしれない。高校生活では一生、緊張と不安を抱きながら、教室で過ごさなければいけない。
その他にも、学校生活に危害を加える様々な啓司の行動が、不幸にも広季の脳内に密集した。
その結果、徐々に脳が広季を蝕んだ。ウイルスが繁殖するみたいに。
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