第31話 海の作戦実行

 前日に海は玲と打ち合わせをした。もちろん健を懲らしめる作戦の打ち合わせだ。


 今は静かに玲の到着を待つ。


「お~楓。よく家まで足を運んでくれたな~」


 ご機嫌な口調で健は1人の女性を迎え入れる。


「気にしなくていいのよ。だって大好きな健の家に1度はお邪魔したかったもの」


 楓は大学のミスコン所持者である。むかつくがそれほど健はモテるのだ。


『到着したよ』


 海のスマートフォンが通知を知らせる。玲からのチャインだった。


『わかりました』


 足音を立てずに階段を降りるなり、海は静かに自宅のドアを開ける。決して健にバレぬように。


「どうぞお入りください」


 海は物音立てずに玲を通す。アイコンタクトだけ行い、玲も靴を脱ぐ。


「静かに2階に上がりましょう。もちろん足音も立てずに」


 言葉通り、足音を立てずに海はゆっくり階段を登る。


 玲も海の動作を倣う。


 2人は健の自室前に到着する。


「本当に本命彼女のお前はかわいいな~」


「そんな褒めても何も出ないよ~」


 中から健と楓のイチャイチャ会話が聞こえる。


「何よそれ。やっぱり海ちゃんの言う通りだった」


 玲はプルプル両拳を震わせる。力強く握られもする。


 不幸中の幸いというべきか。ドアにロックは掛かっていない。


 瞬時に海はその事実を認識した。


「準備はできてますか?そろそろ行きますよ?」


 小声で海は尋ねる。


 怒りを封じ込めながら、玲は控えめに頷く。


「では…行きます」


 小声で合図を示し、海はドアを勢いよく開放する。


 遠慮なくドアの開放音が室内に響く。


 その音に健と楓は呆気に取られる。


「そこまでです!」


 ドラマのように海は公言する。


「本当に最低!嘘つき!」


 顔を真っ赤にしながら、玲は健にずんずん詰め寄る。かなりの怒り具合である。


「何度も本命の彼女はあたしって言ってたじゃない!信じてたのに!しかもミスコン所持者となんて!」


 玲の怒りは収まらない。遠慮なく健に言葉をぶつける。


「ち、違うんだよ玲。これには深い訳があって」


 どうにかこの場を健は免れようと試みる。そのための言い訳である。


「健君。この人誰?」


 不思議そうに楓は尋ねる。彼女の顔に玲に対する敵対心は存在しない。どうやらどちらともに面識がないみたいだ。


「あたしは健と付き合っていたの!頻繁に本命の彼女と呼んでもらってたわ」


 代わりに玲が答える。完全に冷静さを欠く。


「へぇ~~。それは詳しく話を聞きたいかも」


 楓の声のトーンが明らかに低下する。薄く微笑むが、目は一切笑っていない。


「実に気になりますよね!」


 海は愉快に相槌を打つ。


 3人の視線が海に集中する。


 さらに話を展開させるつもりなのだろうか。


「お、おい海?どういうつもり?」


 動揺を隠せない健。信じられない顔で海を一点に凝視する。


「ちょっと!よそ見しないで!」


 楓はガッと健の右肩を掴む。


「ちょ、ちょっと待ってよ!2人とも落ち着いてくれよ!」


 どうにか健は玲と楓を宥める。


 収まる気配は見られない。どんどん空気は険悪化する。まさに火に油だ。


「立て込み中すいません。実は、わたくしの知人からこのような写真を受け取ったのですが」


 スマートフォンを操作し、海は写真を楓へ見せに歩み寄る。


 スマートフォンは健と玲がキスする写真を映す。


「っっっ…。確定だね。…浮気してたんだね」


 本気で楓は健の頬を引っぱたく。


 パーンっと痛快な音が室内に響き渡る。


「は…」


 健の頬は赤く腫れる。


 女性からのビンタは初めての経験なのだろう。ビンタされた頬をゆっくり触りながら呆然とする。


「ざまぁないわね。いい気味」


 べーっと舌を出すと、玲はもう片方の頬を引っぱたく。


 パン


 今度は弾けるような音が室内に響く。実に痛そうだ。


「あなたとは金輪際関わらないから!」


 そう吐き捨てると、玲は雑に足音を立てながら退出する。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ~」


 両頬を腫らしながら、だらしない声で健は制止を試みる。


 効果は皆無だった。


「う、海?まさかお前がすべてを仕組んだのか?」


 恐る恐る健は海へと近づく。


「そうです。当たりです!おめでとうございます!」


 悪びれることなく海は返答する。称賛するように拍手までする始末だ。


「本当に気持ちが良かったです。どんどん落ちていく兄さんを目にするのは」


 嬉しそうに不気味な笑みを浮かべる海。


「どうしてこんなことをしたんだよ!?」


 声を荒げて健は問い質す。さすがの健も我慢できなかったのだろう。溺愛する妹に対して怒りを露わにする。


「決まってます。あなたへの復讐です」


 強い口調で海は健の質問に答えた。全く健に怖気づかない。


「わたくしの大切な大切な森本さんを傷つけた復讐です。…わたくしの大好きな森本さんのための復讐…」


 痛みに耐えるように海はきつく目を瞑る。広季の受けた痛みを推し量っているのだろうか。


「とにかく。これから頑張ってくださいね。妹の信頼を失い、遊び相手の本命彼女も失ったさん」


 それだけ言い残すと、海は踵を返した。黙って健の部屋を後にする。


「ちょ、ちょっと待て海!何か言えよ!俺を見捨てないでくれよ~~」


 誰からの返答もない健の嘆きが家中に行き渡る。ただただ健は両膝を床に付ける。


 しかし、振り返りもせず、海は淡々と自室へ足を運ぶ。


 静かに薄い笑みを作りながら。



     ☆☆☆第1章完☆☆☆

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