第29話 ひらめき

「はい。もしもし」


 高く鳴り響くスマートフォンに仁美が応答する。


「いきなりお電話すいません」


 電話口から海の言葉が漏れる。どうやら海からの通話のようだ。


「それは構わないよ。私も暇してたところだし」


 そう言って、開いたままの教科書を閉じる。本当は勉強に飽きたのだ。


「いきなりですが、弥生さんにご協力をお願いしたいのです。わたくしの兄へ制裁を加えるご協力を」


 神妙に海は言葉を紡ぐ。


「え!?いきなり制裁ってなに? それになぜお兄さんに制裁を加える必要があるの? 正直意味わからないよ」


 仁美は捲し立てる。いくつかの問いも海へ投げ掛ける。


「実は口にするのも躊躇うのですが。あの憎き川崎さんの浮気相手は……あろうことか。わたくしの兄なのです」


 複雑な表情で海はカミングアウトする。


「え…」


 驚きのあまり、仁美は絶句する。ぶらんと耳からスマートフォンがかけ離れる。


「…信じられないですよね」


 スマートフォンのマイクから海の声は生まれる。その声は苦痛に耐えてるみたいだ。


「弥生さんがわたくしを軽蔑してもしょうがないと思います。なぜなら、ひどい傷を森本さんへ負わせた人間の妹なのですから」


 悲しみがふんぷん漂う声色。


 責任を少なからず感じているのだろう。


「ううん。絶対にそんなことしないよ!」


 瞬時に断言する仁美。真剣な目で再びスマートフォンを耳へ傾ける。


「東雲さんがやったわけじゃないから! だからそんな最低な行為は絶対にしない!!」


 力説する仁美。その瞳は真剣そのもの。


「…心が広いんですね。弥生さんも…森本さんも」


 安堵したように海は微笑む。


「もしかして似たようなことを広季にも聞いた?」


「はい。似たような言葉を返されました」


「確かに同じようなことを広季も言いそう」


 1人納得したようにこくこく仁美は頷く。


「そういうところは似ているのかもしれませんね」


 おかしそうに海は白い歯を露出させる。


「この話はここまでにして。どのような方法で制裁を加えるつもり?」


 仁美は海に問う。


 この点は極めて重要だ。


「う〜ん。2股を掛けているのだけはわかっています。本命の彼女さんがいるのに関わらずですよ? ですので、それを利用できないかと考えております」


 悩むように海は眉をひそめる。だが、良いアイディアは浮かばない。


「ねぇ、本命の彼女さんって、もしかしてこの写真に映る女性かな?」


 チャインを介し、仁美は1枚の画像を送信する。健と玲がキスする画像だ。


「すぐに確認します」


 チャインを起動し、海は仁美のトーク欄を開く。


「間違いないです!この人です!」


 珍しく大きな声をあげる海。


 衝動的にベッドから立ち上がる。


「そうなんだ。確かに…。そんなこと言ってたような」


 仁美は天井を見上げる。おそらく記憶を辿っているのだろう。


「あ…。アイディアが浮かびました」


 思わずといったように海が呟く。その後、隠すように手で口元を覆う。


「本当に?」


 仁美は反射的に言葉を返す。


「ええ。ただアイディアを実行するためには、この写真と仁美さんの力が必要です」

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