第20話 謝罪

2人はいつのまにか校庭にいた。広季は舞に流されるように手を引かれ、この地点に到着した。


「ごめん。強引に手なんか握っちゃって」


 舞はぱっと迅速に手を離し、広季に申し訳なさげに謝る。白い手は広季からどんどん遠くなる。声は普段のおっとりした調子に回帰する。


「…いえ」


 広季は手を離され、名残り惜しさを覚えた。いきなり手を握られたが、そこには女性特有の柔らかさがあった。その柔らかい感触を手放したくなかった。正直、気分は良かった。


「まさか光ちゃんが浮気してたなんて知らなかったの。まず家族のうちから謝罪させてほしいの」


 舞は広季と向き合う形で振り向く。舞は真剣な雰囲気を醸し出す。もちろん顔も真剣だ。目はきりっとし、桜色の唇もきれいに閉じる。


「本当にごめんなさい」


 舞は丁寧に頭を下げる。頭は60度ほど傾く。その口調と行動には誠実さと気品が存在する。本当に申し訳なさそうだった。


「顔をあげてください!舞さんは何も悪くないんですから!」


 広季は両手をあたふたしながら慌てる。即刻、舞に頭を上げてもらう。広季にとって舞に頭を下げてもらう義理はない。


「本当に?」


 舞は表情を曇らせ、広季の顔を窺う。瞳は悲しそうに揺れる。鮮やかな緑の瞳は美しかった。


「はい。舞さんは何も悪くありません。悪いのは妹の光です」


 広季はバッサリ言い切る。光の実姉の前で。


「でも姉のうちにも責任はあると思うの」


 舞は食い下がる。広季に何か負い目があると思っているようだ。やはり光の姉である事実が関係するのだろうか。


「いいえ。何もかも悪いのは光の方です。舞さんは一切関係ありませんし、責任もありません」


 広季はきっぱり否定する。本音だった。姉である舞が責任を負う必要はないと心の底から思った。


「ありがとう。森本君は優しいのね。でも、もし困った出来事があったらうちに教えて欲しいの」


 舞は上目遣いで広季の右手を両手で覆う。再び手の柔らかい感触が広季を襲う。今回は両手で。


「はい!そのときは」


 広季は笑顔で対応する。作り笑いではなく、自然に生まれたものだった。これ以上、舞に精神的負担を掛けるわけにはいかなかった。


「じゃあ、そろそろ教室に戻るわね」


 舞はくるりと半回転し校舎に向かう。後ろ姿も美しい。すらっと伸びた足と細い腰が際立つ。背中まで流れる黒髪は1本の糸のように滑らかだった。


「ああ。ちょっと提案があるの」


 舞は途中で歩を止め、振り返る。ゆっくりと舞の顔や胸が広季の方に向く。その行為だけで自然と映画のワンシーンみたいになる。


「なんですか?」


 広季は率直な疑問を口にする。


「今日、うちに来ない?」


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