第19話 らしくない
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!何するの!!痛いんだけど!!」
さすがの光も黙っていなかった。光は鋭い目付きを舞にやる。目はわずかに細まり、鼻息も荒らい。
「ふざけないで!」
舞は光の言葉を無視し、激しく責める。その声に怯み、光はより後ずさる。先ほどの威勢は皆無だった。小刻みに口元も震わせる。
「浮気したのに復縁を求めるなんて。どれだけ人の心を甘く見ているの!」
舞は立て続けに光を非難する。普段のおっとりした調子とは打って変わり、熾烈に暴言を吐く。
広季も光もこんな舞を目にしたことがなかった。顔も怒りからか。わずかに赤い。
広季は呆然と舞の背中を眺める。
一方、光は居心地が悪そうに俯く。視線は完全に下を向き、半ば涙目だった。よっぽど姉が恐いのだろう。
「本当にどういうつもりでしたの!」
舞は追い討ちを掛けるように問い詰める。歯止めが効かない。今のところ彼女の視界に広季はいない。光だけだった。
「…」
光は俯いたまま言葉を発さない。決して舞と目を合わせず、黙って静寂をキープする。
「とにかく!光ちゃんはしっかり頭を冷やしなさい!!」
舞は言いたいことを全部吐きだし、ようやく落ち着いたのか。静かになった。
はぁはぁと肩を大きく上下させながら呼吸をゆっくり整える。少しだけ冷静になったみたいだ。だがまだ興奮は収まっていない。
一方、周囲には3人以外誰も存在しない。唯一、自動販売機のみが機関音を吐き出す。
「森本君」
光が何か言おうとした瞬間、舞は踵を返す。狙ったかのように。
舞の瞳から光は抹消され、広季のみ映る。
「行こ!」
舞は早歩きで歩を進め、広季の手を強引に引いた。ぐいっと広季の腕を引く。
「ちょっ」
広季は戸惑うが、構わず引っ張られる。想像以上に舞の腕力が強力だった。足がもつれるがなんとか踏ん張り耐える。
光は取り残されたまま立ち尽くす。じっと黙ったまま叩かれた頬を手で押さえる。
「大丈夫ですか?」
広季は心配そうに声をかけた。舞は相変わらず無表情のまま前を向いて歩く。
しばらくすると舞と広季の姿はその場から完全に消えた。光はたった1人ぽつんと取り残される。まるで迷子の子供のように。立ち姿や表情にはプンプン哀愁が漂う。
「はは…。上手くいかなかった。それにあのお姉ちゃんに説教されるなんて」
光の呟きは誰にも聞かれることなく空気中に溶けて消える。
なぜか顔は一瞬だけ破顔する。
だがすぐに破裂するように顔を覆い、大粒の涙を流す。目から頬へと涙は推移する。
そのまま跪き、シクシク泣き声を漏らす。手から零れる涙は地面へといくつも墜落する。それらの涙は同じ箇所に落ち、丸い円形のシミを作る。
それはやがて大きくなり、徐々に広がり始めた。そして小さな円は2つに増え、次第にシミの範囲は広がる。
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