第9話 因果応報

 広季が海に膝まくらをしてもらった日。


 光は1日中、謎の人物『さとみ』から送られた例の写真が気になっていた。その影響は凄まじく、光はそのせいで授業にまったく集中できなかった。


 このままでは日常生活に悪影響だと判断したのだろうか。


 光は学校から帰宅後、自室からイケメン大学生の健に電話を掛けた。


 2コールほどで健は「もしもし」といつもの調子で電話に応答した。


「健君。ちょっと会いたくなったんだけど。ダメかな?」


 光は可愛い子ぶった甘い声で尋ねる。この行動は打算的だろうか。


「いいよ。おそらく何かしら不安があるんだよね。俺は構わないからすぐに会おう!」


 健は光の胸中の気持ちまで読み取り、快く了承した。


 光にとってそれだけで気持ちが華やかに変わる。


「じゃあ、集合はいつもの公園ね」


 光は健と2言ほど言葉を交わし、電話を切った。


「やっぱり。健君が浮気なんてありえないよ。だってあんなにやさしくて気遣いもできるんだもん。絶対にいたずらだよね。私に嫉妬した女子なんかがやったに決まってる。本当に性格悪い!」


 光は勝手に憶測を立てる。見当のつく女子でもいるのだろうか。


 先ほどとは打って変わり、光は自信を持った顔つきで自室を出た。そのまま流れるように制服から着替えずに自宅も後にした。


 光は自宅から数分歩いて到着する公園に足を踏み入れる。ここは健と玲が熱い熱いキスを交わした公園だった。


 まだ健の姿はなかった。どうやら光は少し早く着いてしまったようだ。


 光は以前も利用したブランコに腰を下ろした。隣にも同じようなブランコが設置される。そちらは以前に健が利用していたものだ。


 光が5分ほど待つと、健が姿を見せた。


「ごめん遅くなって。もしかして結構待たせた?」


「ううん。少ししか待ってないよ」


 光は首を左右に振り、ブランコから立ち上がって健を歓迎する。


「それならよかった」


 健は安堵した顔を浮かべる。


「ごめんね健君。急に会いたくなったって呼び出して」


 光はまず謝罪と正直な気持ちを口にする。その顔に嘘はない。


「気にしなくていいよ。不安な時は誰にだってある。そんなとき人にも頼りたくなる」


 健はスマートに対応する。


 その対応が何より光の健に対する評価を高める。


「それで、呼び出したのにはもう1つ理由があるの」


 こんな優しい彼氏ならどんなことでも聞いてもいいと勘違いしたのだろうか。


 光はスマートフォンを取り出し、仁美の裏アカから送られた例の写真を見せる。


「健君はこんなこと絶対にしてないよね?」


 光は健の顔色を窺いながら尋ねる。まるで縋るように上目遣いになる。


「はぁ…。バレたか」


 健はダルそうに吐き捨てる。態度も口調も先ほどと比べ大きく変化する。冷めたそうな態度な上、口調にも以前のような爽やかさは感じられない。


「え…」


 光の表情が一瞬にして曇る。予想外過ぎる展開に理解が追いつかないようだ。


「それにしても誰がこんな写真を撮ったんだ。あのタイミングで近くに人はいなかったはずだが」


 健は光など蚊帳の外に、顎に手を添え考え込む。その態度がより一層光の心を抉る。


「何を言ってるの?どうしてすべてを肯定するような態度を堂々と取るの?」


 光は目を丸くし、抑揚のない口調になる。健の言動がまったく理解できないのだろうか。おそらく間違いない。


「まあいいや」


 健は考え込むのをやめる。


「それ俺だよ。もう1人の女は俺の本命の彼女。かわいいだろ?」


 健は光の気持ちなど露知らず、ご機嫌に写真の人物を解説する。厚かましく本命彼女の容姿も褒める始末だ。

 

 衝撃の事実を耳にし、光の顔はどんどん強張る。


「そういうことだから。俺達2度と会わないようにしような~」


 健はあっさりと別れを切り出す。未練など欠片もないように。


「待って冗談だよね。私のこと好きだよね?」


 光は踵を返す健の右腕を取る。


「ばあか~~。お前とは遊びだったんだよ」


 健はぱっと荒く光の手を振り払う。


「そんな…」


 光は力なく地面に座り込む。ショックで言葉すら出ない様子だ。


「はっ!?ざまあねえなぁ。まあ、はなからお前みたいな子供に少しも興味なんかねぇよ!」


 健は心底見下した後、ぷっと唾を吐いてから歩を進める。


 健の吐いた唾は偶然にも光の頭に直撃する。髪にねちゃっとした液体がべったり付着する。


「待って!待ってよ~」


 光は唾が直撃したのにも関わらず、気にした素振りせず大きな声で叫ぶ。大粒の涙を流しながら必死に訴える。


 一方、健はそんな状態の光を完全に無視し、振り返りもせず公園を抜けた。


 光は歪んだ視界でどんどん遠く離れる健を捉える。


 完全に健が視界から消え、地面に顔を密着させて大泣きした。


 公園にはシクシク光の泣き声だけが響き渡る。その姿にはただならぬ哀愁が漂う。


 不幸にも周囲に人などおらず、心配して声を掛けてくれる存在もない。何せ誰1人として公園の近所を通過しないのだから。


 この日を境に、光はイケメン大学生の健に捨てられた。

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