セカンドコンタクト 02-4
「──というわけでぼくん家の前まで到達してしまいました」
「来ちゃいましたね……」
「どうする?」
「どうする、とは」
「うちあがってく? それかホテル代かコミックカフェとかの料金一晩ぶん立て替えようか? それか普通に家に帰る?」
「さっきも言いましたけど、金銭のやり取りはちょっと……」
「だよね」
「…………」
「…………立ち話もなんだし、あがってく? ほら、暑いし」
「……」
「おいで」
所在なさげな少女を手招きして、彼はマンション玄関を通っていく。
少女は先ほどの軽快な様子とは裏腹に、借りてきた猫のように、おどおどとしていた。
彼の部屋は賃貸マンションの二階。
部屋の前まで至るのもほんのすぐのこと。
「はい、いらっしゃい。……とは言っても、二度目だけどね」
「お、お邪魔します……」
「一応防音性はそれなりだからそこまで気を遣わなくてもいいけど、深夜だし相応にね」
少女を部屋に通して、彼はさてどうしようと、少女に隠れて苦笑い。
ひとまずエアコンをつけて、部屋の快適さを上げてゆく。
「なんか飲む?」
「お、お構いなくっ」
「まぁまぁそう言わず。……ココアでいい?」
「……ええと、はい」
──ココア、おいしかったです
あのときのあの言葉が嘘でないなら、これで外れることはないだろうと、彼はキッチンへゆく。
すると少女は、キッチンを覗き込むように、扉のすぐ近くまでやってくる。扉は開放状態で、彼我の距離は1メートル程度。
意外と近い。
彼は、遠慮しいなところはある割に、距離感は近めなのはよくわからないな……と思いつつ、手を動かしはじめる。
手鍋にココア粉を大さじ4杯、ミルクを少々入れて固練りをする。
その様子を、少女は興味津々といった様子で見ていた。
「ソファにでも座ってればいいのに」
「……ええと、はい」
「あー別にあっち行けとかそういうニュアンスではないです」
「はい」
距離をとろうと膝を立てた少女が、すちゃっと再び座り込む。
「ちょっと前から疑問に思ってたんだけどさ」
「なんですか?」
「思ったより……なんだろう。なんと言えばいいのかわからないけど、妙にぼくに対してガード緩いのなんで?」
「緩いですか?」
「ガードが緩いって言い方は違うかもしれないな。心を比較的許してくれている……と感じている。けど、その理由にあまり心あたりがないから、不思議に思っている、かな」
「それを言われると、そもそもおじさんも赤の他人を部屋に上げててガード緩いなって思っちゃいますね」
「それはガードの問題ではなくない……?」
「でも前、私一人残して買い物とかいってたじゃないですか。結構無防備だなって思いました」
「なるほど?」
からん、と二つのグラスに氷が入る。
そして少し熱を持ったココアが注がれ、、しゅわ、と氷が小さくなって、冷えて、混ざる。氷塊を残したグラスをしばらく、ぐるぐると混ぜる。
ココアのブラウン、ミルクと泡のホワイト、
熱が落ち着いていくにつれ、すべてが混ざって、綺麗なココアブラウンになっていく。
「できたー」
「ありがとうございます」
ココアブラウンが入った透明なグラスを、ローテーブルに置く。
彼がいる対角線上にまわりこんだ少女へとグラスを差し出して、席に着く。
「……おじさんってココア好きなんですか?」
「好きだよ」
少しるんるんとした様子の彼をぼんやりと見つめて、少女は、裏表がわかりやすい人だな、と感じていた。
「私がおじさんにあんまり警戒心抱いてないって話、そういうところだと思いました」
「……? まぁココアはおいしいからね。ポリフェノールたっぷり」
「ポリフェノールって、体にいいんでしたっけ?」
「ポリ袋よりはいいと思う」
「でしょうね」
そうして二人して、アイスココアをくぴくぴと飲む。
馴染むのが早い二人は、やはりどこかチャンネルの合う部分があるのだろう、同じように息を吐いて、同じように少し口角を上げる。
「おいしいですね、おじさんの淹れたココア」
「なんせポリフェノールたっぷりだからね」
「ポリ袋よりは体にいいですからね」
「なんとポリエステルと比べても、ポリフェノールのほうが体にいい」
「でしょうね」
彼は、家に帰ってきて、家にあるものを口にして、ホッと一息ついていた。
大抵の人は、家の中が一番落ち着くものだ。彼もその例にもれず、穏やかな気持ちを強めていた。
そして、目の前の人間が落ち着いていると、やはりそれだけでも落ち着いてくるものだ。ヒリついている人間がいる空間がヒリつくのと同じように、心穏やかな人間がいる空間は、空気が弛緩する。
だから少女も、水分を摂って、甘いものを摂って、弛緩した空気を吸って……より一層、固いものがほぐれてきた。
「ところで、今晩結局どうしたい?」
「ええと、はい。……やっぱり、もうしばらくしたら出ていきます。……すいません」
「いいよ。見送りは?」
「いいです」
「そう」
彼は、結露で濡れたグラスを持ち上げて、笑う。
「まぁ、これ飲み終わるまでくらいはゆっくりしていきなよ」
「ええと、はい。……おいしいです」
そうして彼らは、グラス一杯のココアを飲み終わるまでの短い時間、だらだらと睦み合うように、話をした。
その光景は、はたから見れば、ごく普通の仲のいい友人のように見えて。
だから、最後別れるときも、ささくれ立つ様子はまったくなくて。
「いってらっしゃい」
「……い、いってきます」
そうして、少女は、彼の家を去って行った。
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