セカンドコンタクト 02-2
「ありゃっした~」
コンビニエンスストア店員の声を聞き流しながら、彼と少女は退店する。
彼が手に持つ袋の中には、バーアイスや缶コーヒー、それからおにぎり、サンドイッチ、ポテトチップスなど……とにかく目についたものを放り込んだ、というようなラインナップだった。
彼はがさごそ、とその中からバーアイスを取り出し、少女へと差し出す。
ガリガリ君、ソーダ味。『アイスといえばこれ!』と言っても過言ではない定番の一品である。
「はいこれ」
「え……。あの、いえ。結構で──」
「さすがに二本も食べられないし、食べてくれると嬉しいなーなんて」
「……いただきます」
おずおずと受け取る少女を見て、彼は
──この子、押しに弱い!
どうでもよければ無視すればいいものを、ついてくる筋合いのないコンビニエンスストアにも、「行かない?」と言っただけで後をとてとてとついてくる。
おそらく、この子は、臆病ではあるものの、臆病であるがゆえに、押しに弱い。
そう、彼は感じ始めていた。
「ソーダアイス……夏以外にはあんまり食べないんだけど、夏には食べたくなるんだよね。なんていうか、見た目が涼しいし」
「あぁ……わかります。ソーダ色、いいですよね」
「ソーダ色って言い方いいね。そう、あのソーダの水色が好きなんだよな」
しゃくしゃく、とアイスをかじる。
食べている間は自然と黙ってしまう。けれど少女はそれが気にかかるようで、ちらちらと彼のほうに視線をおくっている。
「……とけるよ?」
「! ……はい、えと、い、いただきます?」
「どうぞ」
「……んむ。……冷たいです」
「わかる。おいしい」
「はい」
少女は、ぺろ、とアイスを舐めてそのあと、しゃく、とかじる。
そして、幸せそうに、笑みを浮かべる。
「甘いもの好き?」
「……はい。えと、人並みには」
「そうかそうか。ぼくも人並みには好きだ」
「そう、なんですね?」
「自分にご褒美あげたいときとかは、三個くらいアイス買ったりするなぁ……。食欲は大事だし」
「……まぁ、ご飯は大事ですよね」
一喜一憂の反復横跳びが達者な少女は、不安そうに彼を見つめつつ、アイスがおいしいなと思っていた。アイスは、おいしい。夏場は特に。それは不変の事実である。
歩きながらアイスというのも、あまり褒められた行為ではないが……目の前の大人がやっているし、そもそもアイスには罪がない。
そんなことを思いつつ、少女は、抱いていた疑問を口にする。
「…………あの、これ、どこに向かってるんですか?」
「ぼくん家」
「……私、帰ってもいいですか?」
「いいよー」
「……」
「……」
帰ってもいいか、と聞いた少女は未だアイスをかじりながら、彼の少し後ろを歩いていた。
視線が絡むと、バツが悪そうに、言い訳をするように口を開く。
「わ、私もこっちなんです……」
「あぁ、そうなんだ。……送ってこうか? ぼくも不審者の一員といえば一員ではあるんだけど、危険度の低いほうだし」
「不審者のかたの送迎はちょっと……お断りさせていただいています……」
「それはかなしい」
「仕方のないことです」
「まぁそりゃそうだ」
少女は、先日見たときと比べるとずいぶんしっかりとした立ち姿、歩き姿をしていた。
髪も服も濡れに濡れた状態、明らかに普通じゃなかったときと比べるのもお門違いかもしれないが、だからこそ、ギャップがあった。
背筋も伸びているし、ほぼ初対面であるということを差し引いても、よくしゃべるしよく笑う。
彼は、自分がわざわざつまらない気を回す必要はなかったかもしれない、とホッと息を吐く。
「やっぱりなんだかんだ言って行く場所ないのかもなー、って思ってたから少し安心したよ。いい感じに、ぼく以外の不審者に気を付けて帰ってくれよな」
「…………」
「…………え、何。やっぱり家に帰れないとか言い出す?」
「い、いやー。……そんなことは……ないですよ?」
「君、嘘つくの下手って言われたことない?」
「正直者ですからね。嘘はつかないことにしています」
「そうなの? 正直者なら嘘つかないし安心だ」
「…………いや、嘘つくの嫌いなんですよね」
「そうなんだ」
「そうなんです。こう……なんていえばいいんですかね、嘘をつかないほうが善人っぽいかなって、思うんですよね」
「んー。まぁ例外は多々あれど、そうだね。まぁ他人を傷つける嘘を言わなきゃ、それでいいみたいなとこもあるけど」
少女は、ん~~、と小さく唸っていた。
悩むような表情。迷いの表情。
それは罪悪感から生じたものであり、かつ、自分の中の“善人で在れ”というポリシーに自分が反したことに由来するものであった。
少しの沈黙のあと、少女は決まりの悪い顔で、口を開く。
「…………すいません。帰る場所がないってことはないんですけど、家に帰りたくないというのが実情です」
「正直者~」
「嘘ついてごめんなさい……」
「いや、別に謝らなくても」
しかしやっぱりそうか、と彼は彼で、困っていた。
ついさっきまでなら見て見ぬふりでもいいかなと、正直思っていた。助けを求められているわけでもないのに口をはさみすぎるのは、よくないことだと。
いまも決して助けを求められているわけではない。わけではない、が……『困っています』と耳にしてしまっては、放っておけないのが彼だった。
「……お金あるの? ないなら貸そうか?」
「お金もらうのはそろそろ本気で犯罪じゃないですか?」
「言うな。ぼくも相当やばいことを言っている自覚はあるんだ」
「じゃあ言わなきゃいいじゃないですか……」
「いやだって……。というか、実際にはどうなの? なんとなく言動から察するに、懐は微妙なのではないかと思っているけど」
「…………」
「正直者だなぁ」
「いえ違うんです。家にはへそくりが多少あるんです。持ち出すの忘れてたんですよね」
「なるほどね?」
憂いを帯びた静かな表情で、ふふ、と少女は笑みを浮かべる。
「まぁそんなことはどうだっていいんですけど、私もお金が大事だってことくらいはわかっているので、お金を借りようとかそういうのはちょっとなーってところです」
「……なんか、君、いい子だな」
「ものすごく悪い子でないといいな、とは思いますかね」
「いい子か悪い子かはさておき、ぼくは良いと思うよ」
「もしかしていま私口説かれてますか? ごめんなさい無理です」
「いろはすかよ」
「?」
「もしやいろはすをご存じでない?」
「知ってますけど……。というか、知らないひと、いますか?」
「なるほどね」
一色いろはを知らないということがわかった、と彼はうなずく。
この人は本当に何を言ってるんだろう……と少女は首をかしげる。
「なんかやっぱりおじさん、変わってますよね」
「そうかな」
「そうですよ。例えばですけど、普通は、あの日海で何をしてたとか、そういうことをまず聞きません?」
「普通は、他人が何を思ってどう行動してたとか、初対面で聞かないんじゃないかな……」
「でも正直今更なところありませんか? すでに初対面……正確には初対面ではないですけど、それにしてはいろんなことを話した気がします」
「そう……? 判定ゆるくない?」
でも確かに、彼も自分の口が普段より軽いことに自覚があった。それがなぜなのかは、彼にも明確に解答をすることはできない。
だが、要因として挙げられるのは、少女がココア程度のものに『ありがとう』を言えるいい子であるということ。それから、アイスを口にして笑みを浮かべたり、悩んでいるときに唸ったり、表情がころころ変わる女の子であるということ。
きっと、そういう理由で、彼は少女に対して口が滑らかになっていた。
「まぁでも、ぼくもなぁ、興味がないといえば嘘にはなるから……君が教えてくれるっていうなら聞きたいかな? くらい?」
少女は、「ん~~」と唸り、彼の顔を、下からのぞき込む。
その唇は、悪戯っぽく弧を描いていた。
「何してたと思います?」
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