第3話
「どうした?もう終わりか?なら話も終わりだ。」
メグミは慌ててまた動きを続けた。
「もう、すぐ事務所で手配した病院で極秘裏に出産するらしい。
すでに今大事を取って入院しているようだ。
孕ました相手までは特定できていないけど妊娠は確かなようだ。」
ヒマリは入院して3日も待たずに女の子を出産した。
しばらくは体の調子を見て、秋山慶子と復帰のタイミングを考える予定だ。
退院して一週間が経ち、娘のアキナは母がほぼほぼ見てくれている。
ハルトが買ってきてくれたエアーバイクで体づくりを始めた。
外に出てランニングができないし、ジムにも行きにくい。
だから、家の中で可能な限りのストレッチを試すことにした。
心配なのは声の方だ。
元々歌に特別自信があるわけでもないが、
声はデビュー当初より出るようになっていた。
それが長い自宅暮らしで当然歌うことなどなくなっていた。
かと言って家で声を出すとなると隣近所への迷惑を考えてできない。
そこでハルトが、
親がカラオケボックスを経営している学生時代の友人に頼んでくれて、
毎日通って練習できることを約束してくれた。
もちろん、出産の事実は友人にも隠し、
いつでも復帰できるようにトレーニングをしたい、
と言うと快く応援してくれた。
後は外出時にいかにヒマリを隠して行くかだが、
家の駐車スペースから車に乗り込こみ、
後部座席に隠れれば良かった。
そうして、事務所と連絡をとりながら体づくりをしていると、
あっと言う間に一か月くらいは過ぎてしまう。
そして、秋山慶子からヒマリに連絡が来た。
「ヒマリさん。やっと復帰の目途がつきそうだよ。
それであなたのブログに復帰の挨拶文を載せたいんだけど、
内容をメールで送ったからあなたも確認しておいてくれる。
特別問題なければ今度の月曜日に載せるから。
そうしたら牧瀬ヒマリの復帰ってことで、宜しく。」
といつになく明るい声の慶子は電話を切った。
ヒマリの復帰は現実のものになろうとしていた。
日々の体作りとカラオケボックスでのボイストレーニングで
だんだんと休養前の自分に戻っていく感覚を体感している。
秋山慶子から連絡をもらってから数日が過ぎたが
珍しくまだブログ掲載の知らせがない。
ヒマリもメッセージ内容にOKを出したので
通常なら翌日にも慶子から電話がある筈なのに
三日過ぎても連絡はない。
ふと近頃見ることがなくなったテレビのスイッチを入れようとした。
するとスマホが鳴った。慶子からだった。
「ヒマリ...」
慶子の苦しそうな声だ。
「慶子さん。ご連絡がないのでどうしたんだろうと思って。」
ヒマリは慶子の様子に何かあったと悟る。
「その調子だと、まだテレビ見てないのね。
実はね。ヒマリ、ごめん。復帰が不可能になった。」
「ど、どういうことですか?」
「どこからそうなったのか、わからないけれど。
今朝、あなたの妊娠と出産がわかってしまって。
事務所への取材が凄い状態なの。」
今、ここで自分からは何も言えないけれど、ただ、
復帰はできないであろうことをヒマリは理解していた。
「わかりました。どういう結果になっても
私は慶子さんと事務所のご判断に従います。
結果だけお伝えください。」
そう言ってヒマリは電話を切った。
事情を知った後
ヒマリはテレビやネットも見ることはしなかった。
世間では誹謗中傷が圧倒的に
多くあるだろうことは容易に想像できる。
それを見て自分の精神状態が
冷静に保てなくなるのではないかと言う
不安を強く感じているからだ。
ネットは自分の素性を隠せると思い
好き勝手に相手の事を死に追いやることも
あるのも構わずに攻撃をしてくる。
結局はどこの誰かなんて調べればわかるだろうけれど。
ただ、そうなるとこの家が心配だ。
どんな悪影響があるかわからない。
ヒマリは東京に行くことを決めた。
私が東京にいるとわかれば、
少しは家への影響も軽減できるのではないかと思ったからだ。
ただ、そうなると娘は両親にしばらく預けなくてはいけない。
秋山慶子にその事にを話すと
実家から東京への移動に、
車を手配を協力をしてくれた。
実家からはハルトに車で移動する手伝いをしてもらって
途中手配されたワゴン車と合流し乗り換えた。
車内に入ると懐かしい慶子の顔があった。
「慶子さん!」
ヒマリは彼女の顔を見て緊張が解けたと同時に涙があふれ出した。
「ごめんね。せっかく体づくりをしてくれていたのに。」
慶子はヒマリの横に座り、その細くて華奢な手を握りながら言った。
ヒマリは力ない笑顔で首を横に振って答えた。
「あやまるべきは私です。
たとえ好きな人であっても本当は私の方で気持を抑えるべきでした。」
そう言ってペコリと頭を下げた。それを見て優しく慶子はヒマリの頭を撫でた。
二人は同じことを思っていたのかも知れない。
過ぎてしまったことは仕方ない。
今回の情報漏れの件にしてもずっと隠し通すのは難しいことだ。
大事なのはこれからどうするのかだろう。
東京に着くと張り込む記者などもいることから、
都内のホテルの一室に滞在することになっていた。
ホテルの部屋に着くとすでに社長と役員2名ほどが待っていた。
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
ヒマリは深々と頭を下げた。
社長は大きな溜息をついて遠くを見るような視線だった。
「それで今後のことだが、君はどう考えているんだね。」
ソファに座る社長の横で立っている1人がヒマリに向かって言った。
「もちろん、それが可能かにもよりますが、
どこかのタイミングで会見なのか、公式ブログなのか、
私には判断できませんが謝罪をしたいと思っています。」
ヒマリは事前に車で慶子から言われていた通りに答えた。
「うんん。で、秋山くんはどう考えているんだね。」
腕を組んで社長は慶子を見た。
「今後については彼女とも話していたのですが、
去就としては芸能界から身を引くと言うことになります。
元々、彼女自身もその心づもりだったのを、
私が引き留めたようなカタチですから。」
本当は利益の回収のためにヒマリを、
復帰させることを強く主張していたのは社長と役員たちだったのだが、
それを言わない所が慶子の賢いところだ。
「問題は収拾の付け方だな。
その方法によっては牧瀬くんにも協力してもらうことなる。」
社長はヒマリを見て言った。
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