○月☓日 ラナの手記(原文と著書から)

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 ホロックスという国は、世界の中心に置かれた神殿のような場所なのだろう。

 北に山麓、南に砂漠、西は山を越えた先に海岸が、東は豊かな森が広がっている。世界が四方位、四つの地域で区分されるならば、ここは十字の中心に位置する。

 中央〜東に広がる肥沃な平原を統治する魔法の国、それが中央都市ホロックスだった。


 旧城塞都市。

 ホロックスの二つ名や別名は数多ある。かつての建国から現在までの間、ただでさえ長寿な魔法使いが何代にも渡って統治しているせいか、時代とともに名称も変わっていったという。通行人に聞けば、種族や重ねた年数に応じて違う名前で呼ばれているのがわかる。

 一番多いのが現在公的に発表されている都市名であるホロックス。三番目からはどれも同じくらいの比率でバラバラのことをいうが、二番目の名で呼ぶとき皆必ず「そこ」に視線を向ける。

 都市を包む円形の壁の一部、今ではぽっかりと穴が空き崩れたそこに。

 噂では魔法魔術錬金術なんでもござれという、超研究都市だっそうだ。他国で迫害を受けてきた魔法使いのための避難所で、夢の国。厳重な魔法によって隠された不可視の魔法城塞都市。

 今では平原の地に降り、墜落したように崩れた外壁をあらわにしている。この草原全域を魔法使いが統治しているため、隠す必要がなくなり、ただの壁のある街になったのだ。


 ホロックスは種族、宗教、その他諸々…敵意さえなければどんな者でも入国可能だ。

 それ故注意していただきたいのが、唯一で最大の欠点として、入国審査がめちゃめちゃ長い。本当に長い。

 逆に一度通過してしまえば後は個別コードで情報共有されるので、入ってしまえばこっちのものらしいが、初めて訪れる人は草原の列に並ばくてはいけない。

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「西風の旅」ホロックス編冒頭より



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 審査列の評判を聞いて嫌煙してきたのが災いした。審査が終わるまで、最低半日は城壁の横で待ちぼうけだ。

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 列でご夫人が話しかけてきた。

 訛りが強いけど、一応知ってる言語だったので応えると、緑の歯をカタカタと動かして喜んだ。

 丁寧に名前を言ってくれたけれど、やっぱり訛りが強くて私には聞き取りにくい。どこかの化物小説に居そうな響きで、なんとか「ゼルリビア」に近い音だと判った。主人の魔術義手を買いに来たのだという。

 順番を待っていると日が傾きそうなので、順番登録だけして適当に持参した軽食を取りながら談笑していた。

 この夫人も、いつもは主人が受け取りに行くか宅配を頼んでいるが、友人に会うためついに門と向き合う日が来てしまったらしい。待っている人全員がこんな経緯ばかりなら、ここにある列は”今日が厄日”の仲間達とでもいえるだろうか。何も嬉しくないけど、良い話相手にありつけたのは良かった。

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 ご主人が義手工房の主人と親しいそうなので、商会の関係者かもしれないと思い、こちらの身分を明かした。

 この国でいう”安全な宿”を紹介してもらう事を代金に、配達を請け負う。夫人は友人の邸宅で一泊して帰るらしい。

 久しぶりのただ飯とただ宿だ。

 珍しいものがあったら商会のレビュー雑誌に記事提供しよう。


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 指定されたのは一応富裕層向けの旅館だった。宿の向かいに提携しているレストランがあり、宿泊客は自由に利用可能。

 ヌビア木の柱が美しくて素晴らしかった。今時、富を強調させるためツルツルに磨き上げた大理石の床も見かけるけれど、壁や床に木目がある空間は落ち着く。しっとりとした雰囲気で、暗い木の香りが照明で焦がされるのを見ていると、何となく眠たくなってくる。

 料理は一般的なメニューだったけど、どれも美味い。素材が良いんだろう。

 ウェイターに尋ねたら、やはりフェネリス商会と提携して食材を仕入れていた。追加で軽いデザートを注文する。これだけ私持ちで。

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 夕食を早めにとったので、日が落ちるまで街を散策すると決めた。宿に荷物を預け中央繁華街から下町へ降りていく。

 上層の貴族街は道も家もだだっ広く、やたら豪華に造られているけれど、下町は名前通り下町である。ごちゃごちゃした露店の間を縫って、裏道に潜り込む。国の整備のおかげでスラム化はしていないものの、露店市とはまた違った意味で嫌な匂いがする。


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 追伸、ここはとんでもない宿だ。

 基本的な内装や設備が高級、ということは廊下に踏みいった時点でわかった。邸宅持ちの貴族をご友人にもつ夫人の紹介なのだから、とびきり最高級のホテルなのは予想していた。

 まず、部屋の照明が高級品の魔術具になっている。近代着々と進歩しているらしい錬金術や科学もびっくりの、自動点灯する照明がそこかしこに潜んでおり、生き物を感知するや否や一斉に淡い光を放つ。魔道具ではなく魔術具な所を見ると、入国時の個人情報から配慮したホテルを選択した結果なんだろうと思う。おそらく私が常時火の玉を浮かばせていたり、魔術核をもつ生命体だったら違う店になっていたんじゃないだろうか。多種族に対応した国ってこういうことか!と再確認。こんなレートの宿に泊まる客は少なからず異能種族だと思うので、非異能種の利用客は少なそうだけど。私だって炎くらい出せるし。

 施設内の廊下は常時暗いので、こちらはずっと灯籠に似た灯りが点っている。夜になると油が切れるらしく、廊下をぶらぶら歩いていた私は丁度「油差し」に出くわしてしまった。


 暗い通路の向こうから、青緑色の炎がやってくる。昔ホラー小説で読んだ「人魂」とかいう怪奇現象のようだった。

 緑の火は、ゆらゆら浮かびながら時に橙の光輪を滲ませていて……五メートルほどまできて、それがヴリオンフェアリーと呼ばれる希少生物であると知った。

 確か妖精の森に生える苔の精霊だ。

魔力を含んだ露から生まれるため、ほとんどが自我をもたない。ある種の妖精が蜜蜂のように集めて棲家に持ち帰ったり、魔術の材料として採取される程度の、あくまで「素材」という認識だ。自立して動く個体は珍しい。しかし、この時代食い扶持のためにそうも言ってられないのか、もしくは本人の希望なのか、初めて見るヴリオンはせっせと自分の体液を注いでいた。

 腸壁か、もしくは化学繊維の吸着モップのように凹凸に垂れた肌は淡く発光しており、慣れた様子で油皿に蜜を注いでは、優雅に浮遊している。体から溢れた雫が橙色の鱗粉を散らして、空中に足跡を残していた。

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 明日は貴族街の商会に義手をとりに行かないと。このダークオークの机とベッドをそのまま持って帰りたいけど、そうもいかない。



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・ヴリオン

 深い森に生息する精霊。不定形。自我を持たないため森の現象といったほうが正しい。

 森の妖精といえば、キノコや花から生まれるものが知られているが、ヴリオンは魔力を含んだ露が苔に染み込むことで生まれる。

 野生では苔がうっすら橙色に光っているので少し探せば見つけられる。

 水に含まれる魔力濃度が濃いほどより明るく緑色に光り、水粒が微小になったりある程度まで濃度が落ちると一瞬だけ橙に輝く。そのため蒸発中などはずっと橙に光って見える。

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「西風の旅」ホロックス編 旅のメモより

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