花と竜の国

 魔法使いを敵に回してはならない。

 それはこの世界に棲む多くの種族に広まっている常識のひとつである。

 魔法使い。もしくは__魔女。

 かつてこの世界を造り出したという創世神の力を受け継ぐ種族であり、エルフや竜よりも長寿で、強力な魔力を持つ、世界の均衡を保つ存在。

世界の味方ではあるが特定の種族の味方にはならず、混ざった血によっては気が狂い、逆に世界を滅ぼすこともあるという。救世主にも終末の悪魔にもなりうる、世界で最も危険な種族。それが魔法使いである。


「魔女が治める土地というのはこの先か?」


 草原に伸びる馬車道に旅人が立ち塞がっていた。この辺りは城から遠く農民が多い地域なので、ぼろぼろの作業着ではなく足元まで隠すローブの服装とは珍しい。何より剣をこちらに向けている。顔半分がフードと髪で隠れているため、切っ先を目にした御者は強盗に会ったのだと不幸な我が身を呪った。しかし、いつまで断っても襲ってこない。御者が震えながらフード下の顔を覗こうとしたとき、荷台から声が上がった。

「ええ、そうですわ。パロミシエル領でしたらこの丘の先です」

 鈴のような声は丁寧にそう説明した。ローブの人物はすんなり剣を収めると、御者に同乗させてくれるよう頼み、声の主の向かいに腰を下ろした。

「ずいぶん手荒ですね。どこからいらっしゃったの?」

「………あんたに教える理由はない」

「ふふ」

 少女の声をした同乗者は、こちらもローブで顔を隠していた。口調や下に着ているものの布地からして身分の高い令嬢がお忍びで来ているといったところだろう。少女は腰の荷物入れから小瓶を取り出すと、中身を一つ摘まみ出した。薄紅色の花びらに細かい結晶がまぶされている。

「花菓子。おひとついかが?」

「………」

「そ。美味しいのに」

 ぽり、と小気味良い音を立てて菓子を口に入れる。

「………パロミシエル領の領主について何か知っているか?」

「直球ね。確かに私はこの街道をよく利用するから噂は耳にするけど……知ってるからってあなたに教える理由がある?」

「………」

 微笑みながら、ぽりっと二つ目の花弁を摘まんで口に入れる少女。

「そうね、じゃあ取引をしましょう」

 フードの頭が少女の方に動く。

「花菓子、おひとついかが?」



「数年前くらいかしらね。現当主様がホロックスの公爵に即位されたの。領主は本来領地から離れてはいけないらしいのだけど、この土地は特別だから。公務で帰ってこられない間、領地は魔法使い様が統治している。元々彼女の土地だからね」

「その魔女は領地から出ないのか」

「……私は魔法信仰者じゃないけど、魔法使いを全部魔女っていうのは良くないと思うよ。あんまり良い響きじゃないし。聞いたら起こる魔法使いも、いるから。危ないことはしないほうが得でしょ?」

 ぽり、がり。花菓子を食べる音が二つ。

「そのま……魔法使いは。種族は何だ」

「さあ?城の横の湖にいる竜の話は知ってる?絵本にもなってるんだけど。ここの領地が出来たとき、魔法使い様が眠っていた竜ドラゴンから土地を譲り受けたっていう」

「略奪か懐柔の間違いだろ」

「話し合っただけでしょ!……でも竜と会話できたってことだから、私は竜族だと思ってる。綺麗な角とか生えてたりして」

「魔法使いはどの種族とも会話できる。知らない……というか見たことないのか」

「魔法使いだよ?それこそすれ違っても気づくと思う?変身魔法や姿隠しの魔法を使われたら誰も気づかないよ」

「……じゃあ、他の魔法使いは」

「__他って?」

 少女の、菓子を摘まむ指が止まる。

「北の隠れた山脈に一人、この竜の湖に一人。それ以外は知らないか?」

「それ、知ってどうするの?」

 荷馬車が少し揺れたかと思うと、道のわきに停車していた。少女が立ち上がる。

「じゃ、付いたみたいだから私はここで降りるわ。街で会えるといいわね」

「__ああ。」

 動き出した荷馬車から後ろをみると、少女が遠くで手を降って見送るのが見えた。

「おい、あの娘はよく来るのか?」

「へっ?」

 突然話しかけられ声が裏返る御者。

「え、ええ。ホロックスに花菓子を卸している娘です」

「花菓子?」

「さっき二人で食べてたんじゃなかったですかい?パロミシエルは花園や薬草園がありますもんで、菓子とかポーションとか、ホロックスの貴族の店に卸してんです」





「確か……リリアとかいう名前でしたかね」

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