少年の正体

「あああああっ!! さっきの奴ーっ!?」



 両目を見開いたエーリリテは、青年を指差して叫ぶ。



 なんで、こいつがここに!?

 確かに去り際、『後ほどお会いしましょう』とは言われたけども、こんなに早いなんて誰が思うか!!



 しかも、再会の場所が自分の家だなんて。

 というか、彼がここにいるということは―――



 エーリリテは大慌てでベッドに駆け寄る。

 案の定そこには、エリオスにそっくりの少年が横になっていた。



 そういうことか。

 さっきサラが持っていた包帯やタオルは、この子の手当てをしたものだったのか。



「どういうこと!? なんであんたらがここにいるのよ!? あんた、一体何者!? どうして私の名前を知ってるわけ!?」



 青年の胸ぐらを掴み、エーリリテは渾身の睨みをかせる。

 すると。



「おや、分かりませんか? 毎日会っているではありませんか。」



 彼から、ものすごく不思議そうな目を向けられた。



「はあっ!? あんたなんか、遠目にだって見たことないわよ!!」



 馬鹿にしているのかと、エーリリテはさらに目くじらを立てる。

 そんなエーリリテの肩を、ユリアスがちょんちょんとつついた。



「エーリリテも落ち着け。本当に毎日会ってるよ。」

「どういう意味よ!?」

「いや、だから……」



 ユリアスはどこか困った顔をすると、青年を指差した。



「――― ハエルだよ。ハエル。」



 ユリアスが告げたのは、この家にいる守護獣の名前。



「ハ……エ、ル…?」



 一瞬で固まったエーリリテは、ぎこちない動きで青年を見つめる。



 白い毛に赤い目。

 青年の特徴は確かに、毎日会っている守護獣と同じである。



 わなわなと唇を震わせるエーリリテの前で、ふいに青年が目を閉じる。

 その身を、金色の光が包んだ。



 人の輪郭が徐々に崩れていき、光が収まった頃には――― そこに、純白の毛をまとった大型の狼が座っていた。



「えっ……えええぇぇっ!?」



 変身の場を見せられては否定もできず、エーリリテは素っ頓狂な声をあげた。



「なんっ…えっ!? はあぁっ!?」

「あー、そっかぁ…。エーリリテは、初めて見るのかぁ……」



 目を白黒とさせるエーリリテに、ユリアスは空笑いをしながら頬を掻いた。



「そういえば、イリヤ様やユリアス様にはお供として、人型で外に同行したことがありますが、エーリリテ様には同行したことがなかったですね。普通に知っている気になっていましたよ。とはいえ、声で分かってもよさそうですがね。」



 ユリアスに同意したハエルは、パタンと尻尾を振る。



 なるほど。

 だから『後ほどお会いしましょう』だったのか。



 当たり前だ。

 ハエルが帰る場所には、もちろん自分も帰るのだから。



「え、待って! この際、ハエルが人になれるってのはいいわ! ハエル、どうしてこの子を家に連れてきたわけ!?」



 青年の謎が解明されたら、次なる疑問はそこである。

 エーリリテの問いに、ハエルはふうと息をついた。



「そりゃ、あんな満身創痍の状態を見たら、放っておけるわけないでしょう。ただでさえこのお方には、こちらに知り合いが少ないのです。いや、焦りましたよ、本当に。なんだか覚えのある魔力がして駆けつけてみれば、エーリリテ様がこのお方を連行するなんて言ってるんですから……」



「エーリリテ!? そんなことしてたのか!?」



 瞬間、イリヤとユリアスに驚愕の目を向けられた。



 信じられない。

 明らかにそう語る二人に、エーリリテは思わずたじろいでしまう。



「だ、だって……明らかに怪しい不審者じゃない。」

「そんな…っ。ひどい!!」



 エーリリテの物言いに、イリヤが悲鳴のような声をあげる。

 それを聞いて、我慢の糸が盛大にはち切れた。



「じゃあ、この子は誰なのよ!? いい加減、教えなさいよーっ!!」



 ハエルのことも知らなかったのだ。

 この二人の様子を見る限り、この少年の正体についても、知らないのは自分だけなのだろう。



 喚くエーリリテに、イリヤとユリアスは目を半分にする。



「ええぇー…。まだ分からないのかい? 見た目がそのまま答えなのに……」



「無茶言わないであげてください。イリヤ様だって、私に直接言われるまでは、はっきりと分からなかったくせに。」



 こちらに同情的な姿勢を見せたのは、少年を連れてきたハエル自身だった。



「エーリリテ様。いきなり結論を申し上げても信じられないでしょうから、その前に一つヒントを差し上げます。」



「ヒ、ヒント…?」



「ええ。契約した家を守ること、その対価として契約した家の人間から魔力をもらい受けること。それ以外に挙げられる、私たち守護獣の特性はなんでしょうか?」



 問われたのは、そんなこと。



 そんなの、この街では読み書きよりも常識だ。

 故に、エーリリテは大して迷うこともなく答える。



「そりゃもちろん、契約した家の直系にしか声が聞こえないことと、同じく直系にしか体を触れさせない、こと……」



 言葉は、尻すぼみになって消えていく。



 そうだ。

 その原則にのっとるなら、ハエルは家のあるじであるイリヤと直接血が繋がっている人間にしか、その身に触れることを許さない。



 年に数回親族が集まる時があるが、その時にもハエルは、イリヤ、ユリアス、自分、そして今は家にいないエリオスにしか近寄らず、基本的には他の人の目に触れないように身を隠していた。



 そんなハエルが自分に触れさせるどころか、自分からこの少年に接触した。

 ということは、この少年は確実にイリヤの血を濃く引き継いでいるわけで……



 エーリリテの考えがそこまで至ったことを察したのだろう。

 ハエルがとうとう、少年の正体を告げた。





「このお方は―――エリオス様のお子様ですよ。」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る