早い再会

「まったく…。なんだったのよ、あいつら……」



 夜も深まった頃。

 仕事を終えたエーリリテは、数人の護衛と共に帰路についていた。



 つい数時間前に会った、謎の二人組。

 片方は兄のエリオスにそっくりだわ、片方にはばっちり名前を呼ばれるわ。



 おかげであの後、やっぱりあの子はアーデリアの親戚なんじゃないかと、質問攻めにあってしまったではないか。



 あの少年がアーデリアの――― 母の隠し子だなんてありえない。



 母はそんな不義をはたらくような人ではないし、もう五年も前に亡くなっている。



 あの少年の見た目は十五歳くらい。

 仮に彼が母の子供だったとしたら、自分が十歳の頃に彼が生まれたことになる。



 頭の中で計算して、やはりありえないという結論に至る。



 その当時、母が妊娠していたなんて事実はない。

 変に部屋にこもるようなこともなく、毎日普通に皆と過ごしていた。



 じゃあやはり、母の親戚説が有力か。

 エリオスは完全に母親似で父親の色が極端に薄いし、そういうことなら、あのそっくりさもありえるかもしれない。



 だが……あんな親戚がいたなんて、母方の実家から知らせを受けたことがあっただろうか。



 生まれてから十五年も経っているなら話に聞いていても、それこそ何度か顔を合わせていてもおかしくないのだけど。



 こうして考えると、母の親戚という説もどうも腑に落ちない。



 そんな消化できない疑念を抱えたまま、エーリリテは屋敷の扉をくぐった。



「………?」



 すぐに感じたのは、いつもと違う空気。



 なんだか、屋敷中が騒がしい。

 こんな夜遅くに、何があったのだろう。



 エーリリテは眉をひそめる。



「あ、サラ!」



 たまたま二階の踊り場に姿を見せたサラに気付いて、エーリリテは声を大きくした。



「あ…」



 それで、こちらの帰宅に気付いたらしい。

 両手に布の塊を持っていたサラは、そのままの状態で階段を降りてきた。



「エーリリテ様。おかえりなさいませ。」

「ただいま。……どうしたの?」



 サラが持っている布に目を落としたエーリリテは、不可解そうに首をひねる。



 サラが持っていたのは、包帯やタオルだ。

 それも、妙に赤黒い。



 これは、血だろうか。



「それが……私も、何がなんだか……」



 サラも非常に困惑した様子。



「私が説明するより、直接見ていただいた方が早いと思いますよ。二階の一番奥の部屋です。とはいえ今は、混乱したイリヤ様をユリアス様がなんとかなだめているところなので、まともなお話は聞けないと思いますが……」



「父さんが…?」



 これまた、妙なことを聞いた。

 温厚でぽややんとしている故に、滅多なことでは動じない父が取り乱すなんて。



「分かったわ。とりあえず、その部屋に行ってみる。」



 これはサラの言うとおり、現場を見てみるしかあるまい。

 エーリリテはサラに礼を言い、階段を上がった。



 くだんの部屋に近づくにつれ、誰かの騒ぎ声が聞こえてくる。



「ほ、本当に大丈夫かな!?」



 イリヤの声だ。

 本気で焦っているのが、声だけで伝わってくる。



「きっと大丈夫だって! ある程度自分で処理しているから大丈夫だって、ハエルも言ってたじゃないか。」



 次に聞こえてくるのは、ユリアスの声。

 父をなだめているという彼だが、そんな彼の声にも焦りが滲んでいる。



「でも、こんなに真っ青な顔をして…っ。さっきから、熱も出てきたじゃないか! やっぱり輸血を……今すぐ医者を!!」



「こんな夜中に、輸血までは無理だって! シェザームを叩き起こして、さっきも診てもらったでしょ!?」



「そんな悠長なことを言って、もし容態が悪化したらどうするんだ!? せっかく会えたのに、一言も話せないままお別れなんて…っ」



「あー、落ち着いてくださいよ。何度も言ってますけど、別に死ぬほどの怪我じゃありませんから。熱が出てるのは怪我の直し損ねと、日頃の疲れのせいです。」



 ふと別の声が割り込む。

 しかし、それでイリヤが落ち着くことはなかった。



「それのどこが大丈夫なんだ!? 大体、どうしてこんなに怪我だらけなんだ!?」



「それを私に訊かれましても…。エリオス様から話には聞いていましたが、直接お会いするのは、私も今日が初めてなんですってば…。なんでも、その辺で盗賊に襲われていたとかで……」



「警察は何をやっとるーっ!! 今すぐ責任者を連行しろーっ!!」



「だから、落ち着いてください……」



 何を言っても収まりがつかないイリヤに、割り込んだ第三者も溜め息。



 なんだか、とんでもない混沌状態だ。

 本当に、部屋の中で何が起こっているのか。



「父さん、兄さん。入るわよー?」



 ノックだけでは心もとなかったので、あえて大声を張り上げてから部屋に入る。



 次に部屋の中を見て――― 自分の周辺だけ、空気が凍ったような錯覚に陥った。



 ベッドの前には、膝を折って涙目になっているイリヤと、そんなイリヤを支えるユリアス。

 そして。



「おや。エーリリテ様、おかえりなさいませ。」



 彼らの傍には、白髪と赤目の青年がいたのだった。


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