皆が告げるその名前

「なんだ、お前……エリオスじゃないのか?」



 その問いが鼓膜を通して脳内に染み込んだ瞬間、実は愛想笑いも吹っ飛ばして唖然としてしまった。



「へ…?」



 まさか、こんな所で父の名を聞くことになろうとは。



 パチパチとまぶたを叩く実の反応から答えは得られたらしく、その男性は「ふむ…」と顎髭あごひげをさすった。



「いや、すまん。確かにエリオスにしちゃ若いっつーか、幼いか…?」



「とはいえ、私たちもエリオス様とは、十年くらい会ってないですからねぇ……」



「アーデリア様の見た目詐欺を思うと、エリオス様なら二十代後半でこの見た目って言われても、納得しちゃいそうなところがありますよね。」



 男性を筆頭に、街の人々はうんうんと頷き合っている。

 どうやら父を知っているのは、男性に限らず、他の皆も同じようだ。



 はて。

 これは一体、どういうことだろう。



 ここは城からかなり離れているはずだが、何故この街で父の名が通っているのか。

 まさか、この世界の父はそんなに有名人ですか?



 全然分からない。

 だって自分はこの世界の常識を知らないし、父も自分のことはほとんどしゃべらなかったし、そもそも自分だって、父とは何年も会ってないし。



 実は静かに混乱。

 そんな実に、男性がまた声をかけた。



「お前、名前は? そんな見た目なんだ。エリオスたちの親戚かなんかなんだろ?」

「え……えっと……」



 ちょいちょいと手招きされるも、実はその場から動けない。



 どうしよう。

 本当に状況が見えない。



 彼らから話を聞いた方が早いのは分かるのだが、最近思い出してしまった折り紙つきの警戒心が、見知らぬ彼らに近づくことを躊躇ためらわせる。



「ちょっと! 何事なの!?」



 静まりかけた場を突き抜けるような声が響いたのは、その時のこと。

 それに人々が道を空けると、数人の騎士を連れた女性が現れた。



「みんな、大丈夫なの!? なんか不審者だって聞いたから、警備隊をしょっぴいてきたけど…っ」

「おお、嬢ちゃん!」



 駆けつけてきた女性に、男性がパッと表情を明るくする。



「いや、不審者はもう片付いたんだ。だがおれらには、それよりも気になることができちまってよ……」

「気になること?」



 片眉を上げる女性の前で、男性は指を一本立てる。

 そしてその指を、すっと実へ。



「嬢ちゃんなら、あの坊主のこと知ってるだろ?」

「坊主?」



 未だに懐疑的な女性の目が、男性の指を追いかけて実へと向けられる。

 その瞬間。



「―――っ!?」



 茶色の双眸が、これでもかというくらいに大きく見開かれた。



「なん…っ。エリオス!?」



 彼女の口から飛び出したのも、やはり父の名前。

 びっくり仰天といった様子の女性に、男性がその反応を全肯定するように頷いた。



「そうなるわなぁ…。だがよ、どうやらエリオスとは別人らしいんだ。」

「はあっ!? どういうこと!?」



「いや、それを訊きたかったんだっての。嬢ちゃんも知らんのか? んー……まさか、アーデリア様の隠し子とか?」

「そんなわけないでしょうが!!」



「んなこと言ったって、ありゃ絶対にアーデリア様の―――」

「おだまり!!」



 男性の言葉を遮り、女性は実をキッと睨んだ。



「あんた、何者なの? 事と次第によっちゃ、このまま詰め所に連行よ。」

「え…?」



 突然向けられた敵意とまさかの事態に、実はさらにパニック。



「いや……そんなこと言われても……俺も、何がなんだかさっぱり……」



 どうして?

 初めて訪れた街でいきなり連行とか、どこのファンタジー展開なんですか。

 いや、今の自分は十分にファンタジーの世界にいるけど。



 戸惑う実は一歩、また一歩と後退する。

 すると。



「ちょっと……すみません…っ」



 自分の後ろから、人混みを掻き分けてくるような声が。

 そして。



「いたぁっ!!」



 ぐいっと。

 腕を引かれた。





「もう…。やたらと騒がしいと思ったら…。――― 捜しましたよ、実様。」




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