第3話 ゾンビはゾンビと呼ぶ話

「…………」


 俺はいくつかの動画を確認したが、あまりに想定外の内容に絶句してしまっていた。


「これが全世界的に同時に起きた……みたいなんです」

 リリーはノートPCのシャットダウン操作をしながら続けて話す。

「パニックが発生してすぐ、電話とネット回線はパンクして使い物にならなくなりました。そしてそのまま使えなくなりました」

「今の動画は?」

「騒動が起きたのが二日前の午後2時、ここに逃げ込んだのが2時20分でした。騒動の規模から、インターネットが使えなくなることが想定できたので、ツールやアプリと合わせていくつか動画もローカル保存していたんです。何かの参考になるかと思って」

 リリーが手を震わせながらノートPCを閉じる。

「私も動揺していたので、動画の選別なんてまともにできませんでしたけどね」

「なるほど……」


 動画から分かったのは、何か異様な事態が起こったというだけで、疑問が多すぎる。何から確認しようか。


「善ちゃん。私たちが横浜で何してたか覚えてる?」

(横浜? …………ああ、そうだ横浜だ。俺たちは横浜にいたんだ)

「覚えてる。横浜駅でお前と昼過ぎに降りたんだった」


 そこから俺の記憶を掘り起こしていく。


 *****


 俺たちは、修学旅行で横浜に来ていたのだ。二日目の自由行動の時間。


 同じ班になった連中も俺がいると楽しみづらいだろうし、いなくなったところで教師も気にしない。ということで、集団行動を抜け出して横浜の中華街に昼飯を食いに来たのだ。


「そう。私と善ちゃんは中華街を歩いてた」風子が俺の記憶を補足する。


 そう。北京ダック(手でもって食べるタイプのやつ)を買い食いをしようとしてたんだ。細部の記憶が徐々によみがえる。

 横浜駅から中華街に向けて歩いていく。平日ではあるが観光客と俺たちのような学生で街はごった返している。


「そう。私たちは目的の店に向かって歩いていた。すると、通りの奥の方から怒号と共に人の流れが押し寄せてくる。……結局、食べられへんかったね。北京ダック」


 只ならぬ空気を感じた俺は、人混みを抜けて細い路地に入った。


「そこで私とリリーに出会います」記憶にサラとリリーが登場する。


 制服姿の二人が一人の男に襲われている。それも、絡まれているというレベルではなく、相当乱暴に振り回されていると言ってよい状態だった。俺はそいつを地面に押し伏せる。


「そう! それがゾンビだったの」風子のテンションが上がる。

 

 …………ゾンビ?


「ああ、高堂さん、そこがいきなりだと意味が分からなくなる……」

「そう?」

「そうですよ。動画にもゾンビ映ってませんし、突然すぎます」

「でも実際突然現れたよ?」

「……風子は細かいことを気にしない性格なんだ」

 サラは何かを諦めたようにため息をついてから説明を続ける。


「そう、ゾンビです。ビルから流れ出てきた人たちは、地面に落ちた後も動き続けていたんです。血まみれで体がメチャクチャに崩れた状態で、周りにいた人たちを襲ってきました。あれはゾンビ以外に形容の仕方がありません」


 高層ビルから現れたのはゾンビだった。

 街の人間はゾンビに追われて逃げてきた。

 説明を聞くことで、もともとなかった現実味がより希薄になっていく。


 *****


「私とリリーはインターナショナルスクールの生徒で、課外授業で横浜に来ていたんです。その最中で、ゾンビ集団と逃げる人たちの流れに巻き込まれました」

 サラは左腕をこちらに見せてくる。白い制服には、黒ずんだ血の手形が残されている。

「必死で逃げましたが私がゾンビに捕まりました。まぁその時はゾンビだなんて思ってもいませんでしたけどね」

「それを、善ちゃんが助けたんよ」

「助けてもらったあと、私とリリーは黒岩さんに手を引かれながら4人で走って逃げたのですが、私たちの足が遅くて、気が付いた時には逃げる集団とは別れて孤立した状態になっていました」


 リリーが今度はスマホを差し出してくる。


「これはその時の映像です。冒頭部分は見たあと記憶から消してください」


*****


 画面いっぱいにリリーの血と涙でぐしゃぐしゃになった顔が映っている。落ち着いた様子の今のリリーからは想像がつかないが、こちらの方が今の状況においては普通の中学二年生らしい。

 画面の中のリリーは、父親と母親への感謝のメッセージを英語でまくし立てている。


「いや、諦めんの早すぎるやろっ!!」


 風子の叫び声が聞こえ、画面が大きく揺れる。リリーが風子に担がれたのだ。

「ゔえっ。だって~もう無理ですよ~」

 スマホのカメラは風子の背後を映し続ける。数十人のゾンビ集団が追ってくる様子と、リリーの何を言っているのかよく分からない泣き声がしばらく続く映像には、若干のシュールさを覚える。


「風子、英語のヒアリングできたじゃないか」俺の声だ。

「あれだけマムとダディ連呼してたら英語分からなくても理解できるしっ!」

「君は大丈夫か?」

「ハァハァ、大丈夫です! すみません、走るの遅くて」

 画面には学ラン姿の自分とサラが並走するのが映る。俺はどこで拾ったのか片手に金属パイプの様なものを握っている。

「このまま逃げるのは得策じゃないな。あいつらが入ってこなさそうな建物を見つけて入ってしまおう」俺は持久戦になるとまずいと判断した。


 どこからともなくゴォォォォォ!という轟音があたりに響き渡る。

 画面の中の俺たちは音のする方向が分からずキョロキョロとあたりを見回す。


「上っ!」


 誰かの叫び声の次の瞬間、俺たちの目の前に旅客機が地面に対して鋭角で突っ込んだ。

 すさまじいい衝撃と煙。そして、人の大きさ程もある金属の板が煙の中から飛び出す。それは墜落の衝撃で外れた旅客機の扉であった。

 それが俺に正面から追突し、俺は扉と共に画面外に消える。


「善ちゃん!!」


 風子の叫び声と共に、リリーは半ば放り出される形でその場に取り残される。

 そこで、動画は終わった。


*****


「……」

「ドラマとかだとさ、ウォーカーとかゾキュンとか、いろんな呼び方するじゃん? でもやっぱり『ゾンビ』って呼んじゃうよね」

「……そうだな」


*****


 風子いわく、俺の怪我は打撲が主だそうだ。切ったり刺されたり、出血がなかったのは不幸中の幸いだ。

 「内臓や脳へのダメージは分からないから、痛くなったら早く言ってね」


 俺のスマホはバッグに入っており無傷だった。しかし、リリーの言う通りモバイル通信が不通となっており、外部との連絡はとれそうにもなかった。

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