第3話 深夜の別れ

 互いに飲み終えて、バス停のイスから立ち上がり、信号を待つ。

 僕が飲み干した空き缶はお姉さんが回収してくれた。

 当然断ったものの、お姉さんが僕の手から手早く取り上げて自分の酒の空き缶が入った袋に入れてくれた。

 

 気がつけばもう2時35分。なんだかんだそんなに長い時間いたのだなぁと自分の体感に感心すると共に、アインシュタインがいつか言った相対性理論のわかりやすい説明の逸話を思い出していた。


「いやぁ、いい時間だったよーありがとね」


「いえ、僕もいい時間潰しになったので」


「ほぉー。私との時間を時間つぶしというのか。お金もらっちゃおうかな」


「え?」


「うそうそー。じょーだんだよ。そんな焦らなくていいから。かわいーなーもー」


 ずっと思ってたけれど、この人酔ってるな? 今なんか少年っていう時、う、の音が聞こえてこなくなってるし。


「お、青に変わったねぇ。じゃー私はこっちだから。しょーねんは?」


 右を指差すお姉さんに対し、僕は真反対を指差した。


「そっか。じゃーおわかれだ。最後にお姉さんから一言アドバイス。潰れそうになった時に一人ぼっちなら、私の事を思い出すといいよ。そしたら、また、私と会えるから」


「え? どういうことですか……?」


 そう答えながら信号が赤に変わってしまったことに気がついた。

 しかし、お姉さんはそんな事を気にしていないようだった。


「ふふっ……私は不思議な存在だからねぇ。まぁ、すぐにこの意味はわかるよ。じゃね」


「え、あ、ちょっ……」


 信号は赤ですよと。そう言いたかったけれど、なぜか僕は言えなかった。実際、何も通っていないーーまるで僕とお姉さんしかこの世界にはいないのではないかと思うくらい、道路を通るものは存在しなかった。


 そんなお姉さんを見ていると、信号が青に変わった。

 僕はそんなお姉さんを見納めて、歩き始めた。

 そして、横断歩道を渡り終えたところで。


「しょーねーん!」

 

 闇の世界にただ一つ明るいものが、僕の耳に当たった。

 僕は思わず振り返った。


「どうせやるなら、一流を目指すんだぞ」


 抱擁感にも似た雰囲気を醸し出して、ただそれだけを告げて、お姉さんは左手の中指と人差し指だけを立てて、カッコつけて額の前で手首を直角に倒した。

 聞こえはしなかったが、「じゃね」と言ってる風に思えた。

 僕もお姉さんに向かった軽く会釈して手を振って。

 再びお姉さんに背を向けて、バイト先へと戻った。

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