第2話 深夜の晩酌

 コンビニでお酒をお姉さんに買ってもらってしまった。

 お酒を選ぶのはお姉さんに流されてしまったのだが、自分で買うつもりだった。

 けれど、お姉さんの陽気っぷりには勝てなかった。


「いやぁ、ついつい買ってしまったよ。深夜に3本。君は本当に一本でよかったの?」


「はい。僕はそんな人お酒強くないので」


「そっかそっか。お酒は楽しく飲むのが一番だからね。その年齢で自分の力量を把握できているとは偉いぞ!」


「どうも」


 褒められて少し嬉しくなって、また頬が火照ってしまった。


「じゃあ、どうしようか。お酒も買ったことだし、公園、はちょっといやだよねぇ……」


「僕はどこでもいいですよ」


「おぉ? 意外と男気があるね。ギャップ萌えだ」


「え?」


「だって深夜は正直怖いでしょ? どんな人がいるのかわかんないし、この国は世界的に見ても安全な方だけれど、女の身からするとコンビニに立ち寄るのが限界かなぁ」


「え、あ、そうですか……」


 言ってることと僕にやっていることが合わないのだが、これは言わない方がいいのだろうか。いいのだろう。うん。きっと。


「近くだから私の家で飲んでもいいんだけれど、まぁ、折角の深夜だし、やっぱり寒いけど外で飲みたいよね」


「え、あ、はい、まぁ、そうですね」


 言葉の前半にとても反応してしまって後半あまり聞いていなかったせいで、返事がとてもぎこちなくなってしまった。


「よし。じゃあ、公園はやっぱり私が怖いから、バス停にしよう」


 勝手に頭の中でわちゃわちゃとなっている僕を差し置いて、お姉さんは勝手に飲み馬を決めてしまった。


「ところで今更なんだけど。君は青年か、少年か。結論が出ていないよね」


「え、あぁ、たしかに」


「ま、どっちでもいいとは思うけど、君はどっちがいい?」


「え?」


「いや、青年って呼ばれる方がいいか、少年って呼ばれる方がいいか。どっちがいい?」


「ど、どっちでも、いいですけど……好きなように呼んでもらえればそれで……」


「じゃあ少年ね」


「え」


「え、って何? え、って。君がどっちでもいいって言ったんだよ。君は私から見たら全然若いし幼いし可愛いからね。22の童貞男子大学生なんてもう最高じゃないか」


「え」


「うんうん。さっきから、え、しか言わないのも可愛いから少年で決定!」


「え。あ……」


 たじたじの僕を差し置いて、勝手に決めてしまって、勝手に笑うお姉さん。

 たじろいでしまうが、やっぱり、嫌じゃなかった。


「さぁ、では一杯目をやろうじゃないか! 少年!かんぱーい!」


「あ、かんぱーい」


 コツン、と軽く缶を当てて直ぐ、お姉さんは勢いよく酎ハイを飲み始めた。

 「はーいいねぇ。沁みるよ〜」と笑顔で少しおじさんみたいなことを言うお姉さんを横目に眼福ながら、僕もちまちま酎ハイを飲む。


「少年はグイグイ行かないタイプなんだね。サークルとかの飲み会ではどうしてたの?」


「あ、僕、サークル入ってなくて……」


「え!? 折角の人生最後の青春期ぞ!? 何で入らなかったの!?」


「僕、入学して直ぐの四月にちょっとした病気しちゃって……それで一ヶ月くらい入院したんです」


「ありゃりゃ。それは災難だ」


「入院する日の昼には中庭で軽音部のライブがあったんですけど、それ見ながらご飯食べてたら女の子に声かけられて一緒にご飯食べてる時に一緒に軽音部入らないかって誘われてたんですけどね……」


「おぉ。青春っぽいじゃない。君は可愛げがあって話しかけやすそうだからそれはわかるなぁ」


 僕がお姉さんに話しかけられた理由も今わかりましたよ。


「でも、そっか。新歓の時期に入院か。しかも誘われてたその日に入院とは。少年も苦労したんだね」


「まぁ、なくても入ってかどうかは分かりかねますけど……」


「はは〜さては少年、自分でコミュ障だと思ってる口だね」


「え、あ、はい……」


 お姉さんにドヤ顔で言われた言葉に対して、僕は少し身を引いてしまった。

 お姉さんの言葉が、的確だったからだ。


「少年。君は自分のことが嫌い?」


「うーん……ど、どうですかね。好きでもなく嫌いでもなく……ですかね」


「だろうねぇ」


「だろうねって……どういうことですか?」


「うん?んーまぁー少なくとも、君が自分のことを好きだとは思えてないことは聞くまでもなかったかな」


 お姉さんはいつも間にか飲み干していた一本目を自分の横に置いて、2本目を手に持って続けてた。


「少年はコミュ障じゃないよ。多くの人は君を見てコミュ障だというだろうけれど、私から見ると全然コミュ障じゃないよ」


「そ、そうですかね。高校の時は散々コミュ障だとか言われたり、実際にそうだと思いましたし、大学でも必要ある時は話しますけど、そうじゃない時は誰とも話さないから友達と呼べる人は誰一人いないですし……」


「でも君は今、私と話してるよ」


「……たしかに」


「でしょ? 別に無視して行っちゃってもよかったんだよ。話す必要は全くないよ」


 いや、無視出来なかったんですよ……僕の性が無視出来ないと言ってたんですよ……


「まぁ、無視しなかったのは君の単なる性かもしれないけど」


「うっ……」


 この人はどうしてこんなに的確に僕の考えていることをついてくるのだろうか……


「でもそれでいいんだよ。心理学的にいうと、結局人は見た目だから。ハロー効果だよ」


「あ、それ大学の講義で教授が同じこと言ってました」


「でしょ? だから、話し方が悪かったり積極的になれなくても見た目が良ければ話しかけてくれるんだよ」


「え、でも……」


「それって生まれつきの問題は諦めろってことじゃないですかー」


「えっ……?」


「とでも言いたげだねぇ?」


 僕が少し俯いてこぼそう足した言葉をお姉さんはそのまま言った。そのあまりの衝撃に、僕は顔を上げた。

 その正面には、お酒で酔ったからか、頬を赤らめながら不敵で妖艶、そして自慢に満ちた美しい顔があった。

 その眼にはこの世の言葉では表せないほど魅力的で、思わず吸い込まれる不思議な力が宿っていた。


「生まれつきの事を悔やんでも、それは仕方のないことだよ。話しかけてくれるかどうかはなんとも言えないけど。大切なのは変われる場所を見つけだすこと。そしてそれをどう自分の武器にしていくか、だよ。

 誰にだって欠点はある。天に二物以上を与えられたものにも欠点はある。その欠点は小さいかもしれないけれど、欠点のない人なんかいないよ。


 だからぁ……」


 するとお姉さんは自分の手を僕の頭に優しく置いて、撫で始めて。


「周りのことだけじゃなく、自分のことをよく観察することが肝心だよ。

 そうしないと、劣等感とか諦念ばかりになっちゃって潰れちゃうよ」


 優しく、でもその中には確かな説得力が込められていたような気がした。


「自分のことを無理に好きになろうとしなくてもいいんだよ。でも、輝いてる人に劣等感を抱いて諦めに入るくらいなら、劣等感から感じる自分の弱さをどうやったら変えられるか、前向きに考えてみな」


「そんなこと、できるんですかね……」


 僕はそんなの言葉と共に自分の視線をまた下げた。



「辛気臭いなぁもー!」



 その言葉と同時に、僕は頭をお姉さんに手で軽く叩かれた。

 それがきっかけで僕は再び視線を上げた。


「できるかどうかじゃないよ。やるんだよ」


 そういうお姉さんは、凄く輝いて見えた。


「当然弱みを強みにするには考えたくないほど気の遠くなる目標が出てくるだろうけど、そんな考えてること全部が初めからできるわけないじゃん!

 小さなことから一つずつ達成していけばいいんだよ。何か一つだけでもいいからそうやって強みにしていくのぉ!」


 そしてお姉さんは手に持っていた2本目を勢いよく最後まで飲み干した。

 プハーッ!と気持ちよさそうな飲みっぷりを僕に見せてから、お姉さんは人差し指で僕を刺した。


「結局、敵は自分なんだから!

 劣等感なんかに惑わされて見誤っちゃダメだよ!」


 お姉さんはそういうと、3本目の缶を開けてまた喉越し気持ちよさそうに飲むのを再開した。

 そんなお姉さんを見ていたが、僕はお姉さんの言葉を受けて色んな思いが早送りのように駆け巡ったせいで、今まで抱いた邪念のような思いを馳せることはなかった。


 正直、ハッとした。


 コミュ障だからとか、無理だからとか、そういうことでいつも輝く誰かを見てあんな風にはなれないと劣等感があった。

 だから、何をしたいかもわからないまま就活もしてしまったけれど。


「……そっか…………」


 敵は自分。

 劣等感なんかに惑わされて見誤るな。


 僕の頭の中で、その二つの言葉が繰り返し流れる。


「しょーねん」


 お姉さんの優しいその一言で僕は現実に戻された。

 そして、お姉さんの飲みかけの缶ビールを差し出された。


「あの、えっと……その、僕、ビール飲めなくて……」


「飲ーむーの!」


 言われて僕は一口飲む決心をして、缶ビールに手を伸ばす。

 ついでに頭の中に蔓延る邪念。

 それはつまり、このお姉さんと。

 間接……キーー


「やっぱあげなーい」


 手に取ろうとした瞬間、お姉さんに上に上げられてそのまま飲まれた。

 呆然とする僕を置いて、お姉さんは気持ちのいい喉越しに満足していた。


「おぉ? なんだか残念そうだねぇーしょーねん」


「え、あ、えとっ……」


「ふふっ、かーわいー。お姉さんはぁ、そんな君が好きだぞー」


 そう言ってお姉さんは最後のお酒を飲み干した。

 少し感動したのに、最後に煽られて。僕は複雑な気持ちを洗い流すかのように、缶酎ハイを飲み干した。

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