深夜の宴-ふかやのうたげ-

しらせなぐ

第1話 深夜の出会い

 深夜0時25分。

 闇に包まれたこの時間に、僕は初めて一人で外に出た。

 駅前なのに落ち着いていて、時々通っていく車の音が心地の良い透明感のある音に聞こえる。

 昼間と違って周りが暗いから街灯の灯りが際立って、明るいけれど眩しくない、僕の語彙力では言い表せない感覚だった。


 改札前までやってきても、誰もいない。当然な事なのだけれど、この初めての感覚に僕の胸は高鳴りを抑えられなかった。

 けれど同時にやっぱり不安になる。誰もいない改札前、静寂で深い闇に包まれている外の世界。

 変な人に会わないだろうかと内心怯えてはいるけれど。


 やっぱり楽しさが心中を支配する。


 心の中で一人踊りながら、駅の中から連絡橋へ移動して、続く階段を降りる。

 降りた先すぐにある歩道信号は今、赤。

 この時間なら赤信号でも全然渡れるけれど、心に中に住むもう一人の自分がちょっぴり悪い事を考える自分を静止する。

 でも、やっぱり赤信号で渡りたいなぁ……

 なんて小学生が考えそうなことを思いながら階段を降り切ったところで気がついた。


 隣の花壇に腰掛けて下を向いている、綺麗な茶色かかったセミロングが特徴的な女性が一人。

 あまり女性経験のない僕にとってはとても魅力的に見えたから、思わずその女性を気にしながら赤信号を待つことにした。

 待つ時間にもやっぱり気になるから何度も女性を視界に入れてしまう。


 そんなことを数度繰り返していると、女性が首を上げた。

 そして目を開けた瞬間に僕と目が合ってしまった。当然僕は思わず目を逸らして下を向いてしまった。


 とても綺麗で可愛い顔立ちをしているお姉さんだった。


 僕にとってはあまりの衝撃的だったから、目があったあの一瞬が僕の中では写真のように鮮明に残ってしまった。


 ああ、素敵なお姉さんだなぁ……


 と、そんなことを考えていると、後ろからコツコツと跳ねるようなヒールの音を鳴らして、お姉さんが僕の近くにまでやってきた。


「少〜年。信号、青だよ」


「え? あ、ども……」


 とても透明感のある声が僕の鼓膜を揺らすから、思わず声が小さくなってしまう。

 青信号だよ、と教えてもらったから、僕はそのまま足を踏み出した。その瞬間。


「ねぇ、君はこれから、暇?」


「え?」


「一人でしょ? しかもこんな時間に歩いてるってことは、暇なのかなーって」


「え、あ、ま、まぁ……暇っちゃ暇です……バイトの休憩時間なので」


「え? バイトの休憩時間なの? へぇ〜…こんな時間に休憩なのかぁ……何のバイト? って聞くのは野暮か。あっはは」


 コミュ力の高い綺麗で笑顔も素敵で可愛いスタイルのいいお姉さんを前に、思わずたじろいてしまう。


「何時ごろまでなの? 休憩」


「えっと、2時50分までです」


「おぉ、長いねぇ。一体何のバイトなのやらますます気になるところだねぇ」


 お姉さんはそんなことを言いながら自分の腕時計を見た。


「あと2時間半くらい暇ということか。ちょうどいいね。ねぇ少年、私を慰めてくれない?」


「え?」


 聞き間違い?

 そう思わずにはいられなかった。

 いや、だって……な、な、慰めてって……


「ん? どしたの? 真っ赤だよ? 顔」


「え!? あ、いや!」


 何なんだこの人は!

 もしかして僕は大変な事に巻き込まれてしまうのではないだろうか?

 きっとそうに違いない。こんな綺麗で可愛いお姉さんがいきなり僕みたいな冴えない男に慰めてなんておかしすぎる!

 さっさと無視して逃げる方が……


「あーまぁ、慰めてって言い方はおかしかったか。あっはは。一緒に休憩……これはこの時間に言うと意味が違ってきちゃうから。まぁ、何でもいいか。どう?」


「え? あ、えっと、その……何で僕にそんなことを言うんですか……?」


「え?だって少年が童貞だからだよ」


「どっ!?」


 なんてことを言うんだこの人は!


「な、な、何で……決めつけるんですか」


「え? 反応が童貞だもん。コミュ障ってほどでもないけど、見るからに女の子慣れしてないのはわかるし。それとももしかして意外と違ったりするの?」


「そ、そんなことは……ない、ですけど……」


「ははっやっぱりぃ〜! 顔真っ赤だよ〜」


「〜っ!」


 僕はお姉さんの言うことを全く否定できなかった。恥ずかしがってると、お姉さんが積極的に僕の手と繋いできた。

 それに僕はまたびっくりして、思わずお姉さんの顔を見てしまう。


「私も処女だし? いいよね? いこ?」


 妖艶な目に僕は吸い込まれてしまって、全く否定する気持ちにはなれなかった。

 ただただ、お姉さんに従いたいと。

 そう思わずにはいられなかった。

 ちょうど信号が青になって、お姉さんに連れられて僕も一緒に歩道を横断する。


「あの。い、行こって言いましだけど、ど、どこへ行くんですか?」


「え〜? そんなの決めてないよ。でもとりあえず、お酒は飲みたい。少年は……」


 そこまで行って歩道を横断し切ったところでお姉さんが足を止めたから、僕も一緒に立ち止まる。するとお姉さんが僕の顔を見て少し考えた。


「そういや君は、青年なのかな? いやでも少年っぽい顔つきだよね」


 正直、青年と少年の違いがあまりわかっていない僕には何とも言い難い悩みだった。


「君、成人してる?」


「えぇまぁ。今22です」


「え! いいなぁ。やっぱり若い! え、ってことはもしかして今まだ大学生?」


「はい、まぁ……来年の4月から就職が決まってるので、今年が最後ですかね」


「えぇ! もったいなーい! もっと青春しなよ〜! 彼女は?」


「いませんよ……」


「え、そうなんだ。意外だなぁ。なんか君、優しそうだからモテそうなのに」


「え?」


「身長は?」


「ひ、176くらいです……」


「おぉ! ちょうどいいね。私的には凄くいいよ」


 お姉さんのその言葉に、僕の世界は一瞬止まってしまった。

 でも、側を通った車の音が僕を現実に引き戻してくれたから、一瞬でそれは終わった。


「そうかそうか。彼女なしで22歳。いいねいいね! じゃあコンビニ行こう! お姉さんと晩酌会でもしようじゃないか! とりあえず次のお話はお酒買ってからね〜」


「え、ちょ……」


 強引に引っ張っていくお姉さんの後ろを、僕はまた手を引かれてついていく。

 でもこの強引さは、経験したことのない僕にとってはっきり言ってとても嬉しかった。

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