第32話 来訪者③

——十分前


 少しヤバいかも。

 白い機体が白兵戦をはじめた途端、押され始めた。


 桜花の半ダイブシステムの恩恵による全周視界と桜花の四肢と兵装の反応の良さで何とかしのげているが、目の前の白いのの機動力は桜花を凌駕している。


 出し惜しみなしのスラスターのお化けだ。慣性を力尽くで押さえこんでいる。中の人間は大丈夫か?


 癖で引き際に十文字槍の羽根を頭に撃ち込んでおいてよかった。奴の視界が十全だったらどうなった事か。


 周りでチョッカイをかけてくる戦闘機も鬱陶しい。こまかい攻撃でバリアを削ってくるから、バリアが飽和しっぱなしで気が気ではない。

 こんな敵機のただ中で、スラスターに被弾したらシャレにならんぞ。


 何度か離脱を試みたが、目の前の白いのは化け物か? すぐに回り込んでくる。


 なんか楽しくなってきた!



鷹揚たかのぶ! 生きてるかニャ? ダー、もう! うっさいニャ! 今、鷹揚に伝えてるニャ! オッサン、本当にいいんニャな? 自動カウントで十秒後の発射ニャ! とっとと通信切るニャ! グッドラック!」



 ねぇ、なんか揉めてる? コッチの余裕もイイ感じに品切れ寸前なんだけど? ここから面白くなるから集中したいんだよ……。



「ごめんニャ、ちょっと取り込んでたニャ。キチガイ兎が主砲の弾丸扱いでそっちに送れってうるさいから、今からぶっ放すニャ。 射線のデータを送ったから巻き込まれニャいでね。じゃ!」



 アラームと同時に射線のイメージが脳内に投影される。

 ……うん、僕たちは今、射線上にいる。来た来た来た、ブットいビームが!


 何も考えずに、最も早く移動できる方向へ全力で移動する。スラスターの噴射ガスが真後ろを通過した弾丸の余波で煽られ、短時間だが機体の制御が怪しくなる。

 思わずこぼれた笑みに、これで満足した事にしておく。

 戦闘を楽しむ時間はもうない。



「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くばよって目にも見よ! 我こそは兎働関うどうのせきを預か……イカンイカン、これは息子に譲った。あー、我こそは真祖たる冴澄さえずみ鷹揚が一の家臣。機動参謀の兎働うどう剛毅たけとしである! 主の一騎打ちに水を差す不届き者を成敗に参った!」



 目の前で未だにバチバチと帯電してる赤いドラゴンが見栄を切っている。

 一角兎を模した兜を被る六本の腕の真っ赤な鎧武者。兎働さんのドラゴンはそんな形状だ。

 脚部形状が鳥足のように見えるのは、兎の後ろ脚と同じ形状だからだろう。鳥獣戯画の兎のような感じ。

 長射程武装は背部にマウントされた大型キャノン砲のみ。肩の上で担いで使うような構造だ。あくまで近付くまでのツナギ程度の運用なのだろう。

 メイン武装は白兵戦武装のみ。六本の腕に設けられたビームソードの大きさが、手数よりも一撃の重さを重視している事を容易に想像させる。

 重い威力を持つ攻撃椀が複数あるという事は、兎働さんの反応速度はドラゴンの反応速度を大きく凌駕している事を示している。

 よくみれば、機体の胸部、脇の下、腰部、大腿部に大型のスラスターを備えている。

 つまり、白いのと同じような運用を想定しているという事だ。


 すごいな……空気が一瞬で変わったよ。ほら、向こうで白いのもあっけにとられて固まってる……。



「燈理さん、色々なこと置いといて、とりあえず、機動参謀って何?」


「ああ、あのイノシシ侍、突貫しかできないのよ。指揮官になっても現場では先頭に立ちたがるから……。仕方がないから、イノシシ侍の場合は指揮官にしても参謀にしても役職の頭にってつけて、自由にさせる事にしてるのよ。息子さんが苦労してたわ……」


「鷹揚さん、敵の無人機のシステムの主導権を完全に取り返されました。次のフェイズに移りますので、ボクは緋金あかねさんのサポートに移ります」


「よろしく、とわさん。アカ姉、今から僕と桜花はは能力に制限がかかるって事だよね」


「楽しくなってきたトコだと思うけど、ゴメンね、タカちゃん。相手の数が多くて、どうしてもタカちゃんと桜花に影響を出さざるをえないの」


「縛りプレイも楽しいから気にしないで」


「え?……タカちゃんてそういう?……」


「なんのなんの。英雄には少しくらい他者と異なる性癖があるものですぞ! 某は気にしもうさん!」



 断じて違う!



「兎働さん。次の作戦に移ります。ここを頼めますか?」


「お、獲物を譲って頂けるので? では、遠慮なく……、小僧! ここからは某がお相手仕る」



 赤い鎧武者が白いのに襲い掛かる。

 白いのもハンドガンを捨ててビームアクスの二本持ちに切り替えた。良い判断だと思う。


 赤武者は息をつかせぬ連続攻撃をしつつ、敵戦闘機も確実に落としていく。腕部のビームソードは射撃武器としても使えるらしい。

 兎働さんの高笑いが共通回線で流れてくる。実に楽しそうだ。白いのにレクチャーまでかましてるよ。本当に楽しそうだね!


 実感できるくらいに思考速度が落ちた。病み上がりの時のような感覚。


 再び戦場の様相が変化する。敵機の識別マーカーがゲームの駒が反転するように入れ替わる。数はほぼ半分。

 面白いのは、ますらおの砲塔の識別マーカーにも反転したものがあるという事だ。


 大体半分ってところかな? 本当に五分五分になったよ。


 では、識別コードが変わらないのを殲滅しつつ戦場の外苑に移動しますか。

 ついでに装備の変更をしてみよう。あずきさんが準備してくれた兵装も試してみたい。


 エーテル空間に収納された兵装が頭に浮かんでくる。

 お、ジンバさん謹製の兵装が解禁されてるじゃん。さっそく使ってみよう。



——ズグン——


 敵艦隊の最後尾付近から波紋が広がるように……音とは違う空間の振動が身体を通り抜けた。

 なんだ?


——ズン——


 宇宙空間に音が響いた。音ではないのだが、先ほどの振動に比べると音に近いような感覚。

 ガトリングガンの斉射が桜花の脇を抜けていく。

 見れば八機編隊で向かってくるドラゴン——夢の中で八七式かわたれと呼称されていた可変機だ。確かコッチでの名前はおろし

 僕の眼前で二機が人型へ変形。残り六機はツーマンセルで三方へ別れる。

 人型に変形した颪がビームライフルを撃ちながら距離を詰めてくる。もちろん、二機で固まるようなことはしない。桜花を含めて正三角形の状態を維持するつもりのようだ。

 こちらも重ビーム砲で応戦するが腰部の固定武装なので咄嗟の狙いがつけづらい。

 そうしている間にも、上、下、後と散発的に戦闘機形態の颪がツーマンセルで攻撃を仕掛けてくる。


 おまえら、状況分かってるか? 明らかに異常事態が起こっとるぞ!



「! ズンダ! おずきさん! 戦域に異常は確認できる?」


「なんで、あずきはさん付けニャ!? コッチでは異常は無しニャよ。作戦は順調に推移してるニャ」


「敵陣の最後尾辺りにおかしな動きがあるんだ。今、測定できそう?」


「こっちでは特に異常は見られない。ナンとチャパティも交えて解析をしてみる。結果は追って知らせる。把握できるまで無理はするなよ」



 やっぱり、分かってないか……。桜花のセンサーに反応しているのか、他に要因があるのか……?

 ……ジンバさん……アンタが作った装備の仕業じゃないよね。


 敵陣の後方の空間がこちらへ向かって盛り上がるように歪んでゆく。

 未だに僕以外は異常に気付かないみたいだ。

 エーテル空間から取り出したビームライフルで応戦しつつ様子を窺う。


——ゴウン……ゴウン、ガウンゴウンゴンゴゴゴゴゴゴゴ——


 殴ってる? 殴ってるよね! 滅多打ちだよね! ほら、何だか歪みの膨らみ方が大きくなってる気がする。


——ミシィ——


 先ほどより硬質な響き。


 敵陣後方の宇宙がひび割れた。ヒビをこじ開けるように巨大な支柱が八本。宇宙に突きたった。


——バキキキィィ——


 柱が四本一組で左右へ広がる。



『バオオオオォォォ……!』



 引き裂かれた空間から、空間振ともとれる咆哮と共に機械の竜が顔を出し——



「あいむ ばぁあーっく!」



 聞き慣れた声が共通回線から聞こえて来た。

 こんな事だろうと思ったよ!

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