第31話 好敵手【別視点】
わだつみ級弩級戦闘母艦そうきゅうのブリッジに低いが良く通る声が通り抜ける。
「
彼は具体的な手順の説明はしない。なぜなら、これは想定されたケースのひとつであったから。
敵機の単騎掛けから想定できる作戦は多くない。世界樹の存在から想定できる可能性と、それを行う技術力。
そして、先行部隊の消滅という事実。
これに自暴自棄の特攻にもみえる単騎掛けというピースがそろう事で、最悪のケースが確定した。
彼はオペレーターから戦闘用レイバロイドと戦闘ボットの機能停止と収納の報告を受け、次の指示を飛ばす。
「
指示を終えた
彼は確認も振り返りもしない。彼の後ろには自らの片翼が常に付き従っているから。
「私が出たら、その後の指示は副艦長に一任する。政治屋の方々は私が単騎で出た時点で功績を譲ったと勘違いしてくださる。そのまま、離脱しろ。我が氏族が負け戦に付き合う必要はない。ただ、戦闘空域を離脱したら、補助ブースターを落としておいてくれ。お前のもとに帰れないのはつらい」
最後の一言は立ち止まって、後ろをついてきていた副官に微笑みかける。
眞喜志の後ろについていた彼女は、たれ目の愛嬌のある顔に硬い表情を貼り付けたままかかとを鳴らし敬礼する。
「は!
「蛍。二人きりの時はもう少し力を抜いてもいいと思うぞ? それから、もし私が戻らな——」
「その後指示は必要ありません! では、失礼いたします」
「昔のようにはいかないか……」
踵を返し、ブリッジに戻っていく彼女の後姿、まとめられた青い髪とほっそりとした後姿に声をかけるタイミングを逸した眞喜志は、短く刈られた金髪を搔きながら息をつく。
「合流ポイントはアイツも把握してるだろう。関係の修復は時間が解決してくれるさ」
眞喜志は、自身の専用ドラゴン『望月』が待つハンガーに向かって走り出した。
望月は眞喜志家の固有ドラゴンである。固有ドラゴンは各氏族——華族家とも呼ばれ、貴族家と区別される武家筋の特権階級——が保有する特別製のドラゴンである。量産機との違いは、使用されている賢者の石が天然石である事である。天然石と人工石の間では、エーテル側とアッシャー側とを繋ぐバイパスの太さに天と地ほどの差ができる、それにより出力をはじめとした各種能力に圧倒的な差異が生じる。
賢者の石の保有量とは、武力、経済力の大きさであると言われる所以である。
望月は両肩にラウンドシールドを備えた騎士鎧のような形状に、白を基調とし、金と朱のアクセントを添えたカラーリングを施された機体である。
腰部後ろ側に二機の大型スラスターを持ち、背部にはジェネレーター直結の大口径ビーム砲を備えている。この一見すると飛行翼を兼ねたスラスターのようにも見えるビーム砲は、腕の上下を問わず自由に前方へ引き出すことができる。
腰部左右のやや大ぶりの装甲と両肩のシールドの武器ハンガーには、ショットガンとビームアクス、携行ビームライフルの予備マガジンが内蔵されている。
スラスターは目立つもので、腰部後ろ側以外に背部に大型スラスターが一機、胸部と腰部前方に二機ずつ配されている。
「システムオールグリーン。いつでもやってくれ」
望月を出撃チューブの待機位置につけブリッジに射出を促し、眞喜志は返事を待つ。
「望月の出撃申請を確認。各種トレース問題なし。パイロットへ報告。敵機の主力はますらお表面にて交戦に入りました。また、味方艦へのストーンズの干渉を確認。戦場の混乱が予想されます。ご武運を。射出チューブエネルギー充填完了。望月射出五秒前、三、二、一、射出! 無事の帰還を祈ります……」
——蛍が送り出してくれるとはな。
チューブを抜けると、真正面にますらおが見える。目立つ立ち回りをしている機体を見つけるのに時間はかからなかった。
フレキシブルスラスターを備えた戦闘機……違う。可変ドラゴンだ。
見たことのある機体に似ている。そして、散々翻弄されて終わった十三年前の初陣を思い出させる機動。
「
機体を加速。大口径ビーム砲を肩に担いだ姿勢で構える。狙いは甘くなるが、眞喜志は早急な接敵を重視する。
射程外のアラームを無視して発砲。この距離なら当てられる。
「錐もみ機動と変形で躱すとは……。やはりお前か?」
戦場で出会う事は死を意味する。十三年前の内戦で死神と呼ばれた男。
だが、傭兵達の間では別の通り名がある——ジ・エッジ。
十三年前、戦闘に参加した部隊の中で唯一生き残った眞喜志には確かめなければならないことがあった——なぜ、自分だけ手加減をされたのか?
初撃から接敵まで時間はかからなかった。
「今のを躱すとはね……お前、ジ・エッジか?」
人型でますらおの甲板に立つ機体に、共通回線で問いかける。交戦中だが彼にとっては重要な問題だ。
——やはり、答えないか……。
望月が二機の大口径ビーム砲を腰だめに構え、正確性をあげて撃ち込む。
黒い機体は足首と胴へ放たれた射撃を跳躍と続く脚部のビームカッターで相殺することでやり過ごす。
黒い機体が飛行に入ったところで、望月は機首付近へ牽制しつつ、回避時に動くであろう機体後方の可変翼の位置へ追加の射撃を置く。
黒い機体は変形時に準備していたのだろう重ビーム砲で牽制射ごと相殺させる。流石に大口径ビーム二射分の相殺は出来なかったが、残ったビームの余波は復活していたバリアに防がれた。
望月は姿勢とタイミングを変えずに大口径ビーム砲をレーザーモードに切り替え、黒い機体の胴中央へ時間差を置いて射撃する。大口径レーザーはビーム砲のように押し込む力は無いが、ビームでの相殺効果は激減する。同じタイミングで放たれた毛色の違う攻撃だ。これを躱すのは至難である。
黒い機体はスプレーミサイルで正面に弾幕を張り、望月に対して真直ぐ接敵してくる。レーザーはほぼ無力化され、爆炎の中から人型の黒い機体が槍を突き立ててくる。
眞喜志は待っていた。得物が不用意に近付いてくる時を。望月が中距離戦闘型と油断する瞬間を。
黒い機体の十文字槍を紙一重で躱し、戦斧一閃。望月のビームアクスが黒い機体の大きな腰部装甲を切り飛ばす。
慌てて飛びのいた黒い機体の十文字槍が望月の頭部左半分を抉り取る。
白と黒の機体が距離を置いて対峙したとき、黒い機体へ機銃掃射が放たれる。
黒い機体は構わず機銃に機体を晒し、射手方向へ移動、続いて放たれていたミサイルを躱した。どうやら友軍が無人機の指揮権を取り戻したらしい。
——一対一の力比べは終わりだ。悪いが、このまま押し込ませてもらう。
眞喜志は戦斧とハンドガンで白兵戦闘を仕掛けるべく、望月のスラスターへのエネルギー供給割合を最大にした。
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