第29話 おろかなもの【別視点】

貴出水たかいずみめ、いい気になっていられるのも今の内だ」



 超弩級戦闘母艦ますらお。別名移動要塞ますらおのゲストルームに設えられたサロンに、この艦の持ち主である大比賀おおびか公爵と諸侯軍の長たちが集まっていた。

 猪八重関での作戦会議で、ハイダウェイジンバへの攻勢をかける事になった彼ら、いわば貴出水が指揮する鈴浪嶺すずなみね諸侯軍における反貴出水派の面々である。

 彼らは、珠玖樹しゅくじゅ星系を手中に収めるため、貴出水とは異なる絵を描いていた。



「そうですな。彼奴は足元しか見えておらん。惑星双石くらべいの陰星の件。最も詳しいのは自分だと思っておる」


「あの衛星に原住生物がいる事は我々も掴んでいますからな」


「しかも、住んでいるのは劣等文明の原始人どもだ。あの星に価値はない。ただの箱庭だろうよ」


珠玖樹しゅくじゅ星系初代入植者の冴澄さえずみ某か。なかなか酔狂な男だったようだな」


「劣等文明のサルを相手に神を気取って悦に浸る。箱庭いじりが趣味の小物でしょうな。そのせいで、子孫たちが未だに居住可能衛星の半分しか使えないのだから、迷惑な事よ」


「そのおかげで、貴出水の目をくらませることができた。大昔のバカ者にも利用価値があったというものよ。我らの目的は双石の月にして主星の要石かなめいし。神威はそこにある……少し考えれば分かろうものなのにのう……欲に目がくらむとはこの事よ」


「我々は時間稼ぎに、の遺産を貰い受け、頃合いを見て要石に向かう、ということですな」


「うむ。あそこには十三年前の成り損ないどもがいると聞く。世界樹を手に入れつつ、賢者の石の補充もできる。そして、世界樹がある限り、下民どもを使っていくらでも賢者の石を生成できるというものよ」


「頭の悪い冴澄の小童も、素直に我らのいう事を聞いて居れば良かったものを。これだから出自が卑しいものを近くに置くような者はダメなのだ」


「あれで、を率いた》だというのがから、噂もあてにならない」


も死に、魂砕きの悪魔達も今やを残すのみ。内戦の恐怖も所詮は野蛮人。最後に笑うのは真に高貴な我らという事なのだよ」



 サロンの時間は、深く淀んでゆっくりと流れてゆく……。




♢♢♢




「ご苦労、次の定時報告まで現状を維持せよ」



 餐葉あいば俊介しゅんすけは満足げに頷き、通信室を後にする。去り際、常駐員への指示も忘れない。

 コイツらは指示が無ければ何もできない。

 稀に自分で考えて動く奴もいるが、そんな奴に限って自分の足を引っ張る。

 自分のような能力のある者が使ってやることでようやく生きる価値が発生する者どもなのだ。

 指示した仕事は、前回より増やしておいた。前々回同様、前回も言われた事はすべて仕上げていたからまだまだ増やす余地があるという事だろう。こうやって、部下の能力の向上もマネジメントしてやらねばならない。本当に手間のかかる奴らなのだ。

 俊介は無能な部下に思うところが無いでは無いが、事が思惑通りに進んでいるので許してやることにする。


 足取りも軽く、猪八重関のサロンへ向かう。諸侯軍の老害どもの現状を貴出水に報告するのだ。

 アイツらは自分たちが我々の掌の上にいる事に気付いていない。良い報告ができそうだ。

 たまたま先祖が優秀だっただけの情報の精査もできないような無能なのだから仕方がない。利用できるうちは利用してやる。アイツらも足止めの役目が終われば、いよいよ刈り取りだ。無能どもには地位も名誉も富も不要だろう。有効に使ってやるのが情けというものだ。


 そんなことを考えている間にサロンに到着した。俊介は戻ってきた取次の案内で流れるようにサロンに入室した。

 中では貴出水とその取り巻きどもが歓談している。俊介は彼らが聞く態勢に入るまで辛抱強く待つ。

 やがて、貴出水が俊介に目で合図を出した。



「貴出水卿。別行動の諸侯軍についての——」



 予定通りの諸侯軍の動きに貴出水も満足しているようだ。それでいい。今はこちらの老人たちに俊介の有能さを印象付けられれば目標達成だ。

 一連の報告を終え、サロンを辞す。


 それにしても、ジンバを葬れたことは僥倖だ。あのような生まれも分からない下賤な者だが、過去の名声だけはある。これで、俊介は晴れて英雄殺しだ。

 時流を読めなかった餐葉家の前当主の父は、同じく無能な兄ともども断頭台に送ってやった。計算外だったのは、俊介が家督を継ぐのではなく、俊介が利用した女男爵が子爵に陞爵したことだ。そう、あの愚鈍な女が俊介の手柄を横取りしたのだ。

 そんな、自分に恩を売ろうと近付いてきたのがジンバだ。奴は高貴な俊介を手助けすることで自分の存在意義を見出そうとしたのだろう。

 だだ、奴は間違いを犯した。ジンバのような者は手助けするにも俊介に気付かれないようにするべきだ。

 なぜ、俊介が下賤なものに施しを受けるという屈辱に耐えねばならないのか。それだけでもジンバを死ななければならないのだ。

 臥薪嘗胆の時期もほどなく終わり、実力を発揮した俊介はすぐに功績をあげ、叙爵陞爵を経て正四位下華族子爵になった。

 もちろん、あの忌々しい女の地位と財産も飲み込んでやった。あの女は今頃どこで落ちぶれているのやら。


 今回の作戦で鈴浪嶺すずなみね連邦国内のパワーバランスは大きく変わるだろう。

 貴出水を盛り立ててやった俊介の栄光は約束されている。


 国の中心でかじ取りをする自身の姿を夢想し、俊介は一人悦に入るのだ。

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