第27話 無地の旗

「お初にお目にかかります。兎働関うどうのせきを預かっております、兎働うどう剛毅たけとしと申します。この兎働、真祖様の初陣への参陣が叶いましたこと、一生の誉といたします」



 さて、僕の目の前で跪いて口上を述べているこの方、兎働関の偉い人みたいだけど、なかなかの古兵ふるつわもののようである。

 とにかく、全身傷だらけ。隻眼に宿る光は鋭く、片耳は半ばからかけ、顔に大きな傷が目以外で三か所、僕よりも大きいな身は巨大な筋肉の塊である事は、ここまでに見た所作の端々からわかる。もちろん、歩き方にも隙が無い。

 そんな兎働氏の最大の特徴は——兎さんなのだ!


 マジで、巨大な二足歩行の兎。手に指があること以外は、まんま兎。ホントに兎をそのまま二メートル半まで大きくした感じなのだ。


 あー、モッフりてぇっス〜。


 ヤッパリ、ベジタリアンなんだろうか?



「救援に駆けつけてくれてありがとうございます。兎働さんの増援は心強いです」


「恐れながら、某には敬語は不要に存じます。真祖様は人の上に立たれる身、どうかそのお立場にふさわしいふるまいをなされませ」


「そのことなんですが、僕はまだ、自分の身の振り方について決めていないんですよ。ですので、もうしばらくはこのままでいさせてください」


「なんと、これは某としたことが、とんだ早とちりでしたな! それでも、でございます。どうか、某などには敬語をお使いにならずにお願い申し上げます」


「わかった。やってみるよ」


「ははっ! 某の願い、お汲み取り頂き、ありがとうございます。この上はこの兎働、真祖様の槍となり、必ずや奪われたお体を取り戻してごらんに入れます!」



 今、この人なんか変なこと言った!


 ほら! なんか変な空気になってるし! アカ姉はあんまり表情変わんないケド。

 とわさんなんかあからさまにヤッベーって顔だよね! ほら、ナンも前足で頭を隠さない!……かわいいから!



「体って?」


「なるほど! まだご存知ないのですな! これはまた某の勇み足のようですな。いやいや、本当に申し訳ござらん」



 失礼いたすと立ち上がった兎働さんは、中空に向かって大声で呼びかけた。



「燈理殿、これはどういうことか!? 真祖様は何もご存知ないご様子。もしや、真祖様をいいように転がそうと考えているのではあるまいな!?」



 兎働さん、仮に燈理さんが悪いこと企んでいても、そんな直球で聞いたら余計に警戒されるだけだよ? 落ち着こう?



「ホンットにこの人は兎のくせに猪武者なんだから! こちらは時期を見ながら段階を踏んで伝えるつもりだったのよ! 鷹揚君が覚醒したのって昨日よ?」


「むぅ……しかし、逼迫しておる今の状況でそんな悠長なことを言っても——」


「混乱した状況だからこそ、伝える順番とタイミングが大事なのよ。私がワンオペ市長を何百年やってると思ってんのよ! こんな状況を乗り越えたのだって一度や二度じゃないのよ! なめんじゃないわよ!」


「分かった、某が悪かった。先に相談するべきであったな。すまん。だが、今回の件の沙汰は燈理殿らしくないと某は思うのだ。真祖殿はなるほどまだ若々しくておられる。しかし、この中で誰よりも長く生きておられるのも事実。子供扱いをせずに一人の人格として信頼してみては如何だろうか?」


「うぅ……猪のくせにいうじゃない」


「某は兎である。どうだろう、真祖殿にお伺いをたててみては? おそらく、貴出水の恥知らずはそう遠くない未来にここへ攻勢をかけてくる。戦いに赴く前にせめてご自分の身の処し方を決められるだけの事を教えて差し上げられないものか?」


「僕からもお願いします。僕が何者なのか、これまでの冴澄さえずみの家と僕の間に何があったのか、それを知らないと判断できない」


「ふぅ、わかったわ。それで覚悟が決まるというなら教えてあげる。でも、先に言っておくけど、話を聞いた結果、鷹揚君が冴澄家に敵対した場合でも、私は鷹揚君につくわ。覚えておいてね」


 兎働さん、小さくガッツポーズしたの気付いてますからね。


 結論から言えば、燈理さんの心配し過ぎである。


 さて、まずは前提条件から。

 一氏族としてはヤバ過ぎる力を持った冴澄家がなぜ、中規模国の傘下に収まっていたのか。

 それは、銀河系に広がった地球を起源とする人類種の慣習による。

 彼らは太陽系をコアと呼び、四年に一回、各星系国家元首を集めて会議を行う。それでも流石に規模がバカでかいので一堂に会するのは初日のみで、以後は常日頃で交流のある国家郡で日程をずらしながら会議を開催する。地球時間で約三か月間の会期の間、星間国家元首は地球に拘束されるようなものなのだ。

 つまり、当主が三か月間お留守になる。これを嫌った、過去の冴澄家当主が国家防衛への助力と居住可能衛星双石くらべいしの安堵を条件に客分待遇で鈴浪嶺すずなみね連邦国の臣下になったのが始まり。

 なぜ、鈴浪嶺連邦なのか? それは、珠玖樹しゅくじゅ星系を実効支配していた冴澄家に鈴浪嶺連邦国が侵攻して返り討ちにあったから。


 あの国、五百年経ってもやってることが一緒って……。


 さて、おいえだって五百年も続いていると、その間ずーっと当主や取り巻き連中の品質を保ち続けることはなかなかに困難であるらしく、当主も取り巻きもバカばっかの時期もあったらしい。

 なんでも、鈴浪嶺連邦国の盟主を目指したそうで、人気取りのために、接木計画の時に切り取られた僕の身体のパーツの結構な量をあちこちに配ったらしい。

 結局、盟主にはなれず、配り損になったとさ。……なんだろう? ざま見ろって思った自分と、それによってダメージを受けている自分が同時に存在している……。


 次代はズイ―ッと現在に近づきまして、現当主の冴澄珠玖樹しゅくじゅ暁麿ときまろさんの先々代の次代に、借金のカタとして売却→返済ムーブをしたらしい。

 僕、借金のカタに身体を売られたらしい……何に使ったの? お金!

 で、その時に盗難事故により脳だけは売れなかったそうで、その脳を基に再生されたのが今の僕らしい。


 正直、呆れとか怒りとか通り越してるのか、意識が無い時にされた事なので実感がないからなのか、はたまた、今の身体に不自由がないからそもそも怒りがわかないのか……?

 今に至っては、どうでもいいという感覚なのですヨ。


 まあね、人の身体を何だと思っとんじゃい! とは思うけど、それで復讐してやろうとかまでは思わない。

 若干、冴澄家とは距離を置きたいなとかは思うけどサ。


 そんなわけだから、冴澄家乗っ取り計画とか不安な相談は止めてください!

 あなたの事ですよ? 燈理さん? ホラ、真祖信者の事、批判してましたよね? 兎働さんも警備体制とか具体的な話をしない! アカ姉もお母さんを止めよう? ほらほら、とわさんもオロオロしてないでハッキリ言ってあげて?……あ、無理しなくていいからね?


「それよりも、十三年前の事件について知りたいのですが……?」



 話題をずらそう! そうしよう。



「あの事件ね……。鷹揚君、賢者の石はヒトに移植できることは知ってるわよね? でも、あなたの欠片は移植できないのよ。正確には、移植された宿主は一晩くらいで消滅して、その場には宿主とほぼ同じ重さ分の賢者の石が山になってたそうよ」



 なにそれ、ホラーじゃん! 燈理さん、何言ってんの?



「後で分かることだけど、その時に消えた欠片って、どういうわけか世界樹に戻ってくるのよ。先々代はそれも狙ってたみたいね。誰もやらなかったみたいだけど」



 オチがついたよ! ってか、コラ先々代! 他人ヒトの身体で詐欺やろうとしてんじゃないよ!



「鷹揚君の身体が切断された時点で、そのパーツはアッシャー側の時間軸から外れるみたいでね。加工が不可能になるのよ。だから、欠片は賢者の石の代わりにもできないし、賢者の石を増やそうとすれば、コッチに戻ってしまうしで、利用価値はないっていうのが世間の見解だったのね。せいぜい、人工賢者の石の生成を行う時に知覚に置いておくと、欠片の大きさによってはお守り程度に効率が上がる位かしら。だから、切断の時に出た微小な欠片は利用されずに残されていたのよ。貴出水はそれを利用して、とある資源採掘小惑星に微細な欠片をバラまいたの」



 え、その小惑星って……。



「気管から侵入した欠片によって起こされる症状は、鷹揚君のケースに似ていたわ。ただ、賢者の石が生成された後、欠けた肉体は戻らなかったの。小惑星の持ち主はすぐに世界樹を取り寄せたわ。当時の世界樹の所持者は冴澄家ではなかったの、冴澄領で活動する研究者の鬼武英司おにたけえいじ、鷹揚君がいた道場の先生よね」



 じゃ、小惑星の持ち主は……。



「小惑星の持ち主は、世界樹に治療の可能性を見ていたのだけど、結局、治療は上手くいかず、進行を止めるだけに留まったの。そして、怒り狂った小惑星の持ち主のジンバが友人だった二人、鬼武と領主になる前の冴澄暁麿と報復活動に出て、今に至るってわけよ」


「では、貴出水家の目的がわかりません。世界樹が目的って事だとリスクと釣り合わないでしょう? 十三年前の意趣返しな訳ないし……」


「真祖様、惑星双石くらべいしにある。居住衛星には『陰』と『陽』という名がございまして、我々が管理できているのは陽星の方のみでして、陰星の方には容易に降りられず、ずっと手付かずなのですよ」


「兎働さんは降りたことがあるの?」


「いや、某も降りたことはございません。あの星は降り立つ人を選ぶのですよ。資格のないものが地表に近づくと、降下中に何故か消息を断つのです」



 今度は都市伝説とか不思議事件だよ……。



「今までに降下に成功した例は僅か一回。それも半日後には消息を断っております」


「貴出水の部下なんだけどね。鷹揚君の欠片を引き取りに来た時、勝手に陰星に降りようとしてね。冴澄家としては自己責任って事で放って置いたのよ。そうしたら、地上に着いたみたいで、貴出水の本家に通信を入れてるじゃない。慌てて抗議をしたみたいだけど、結局連絡が取れなくなって、うやむやで終わったわ」



 兎働さんと燈理さんの話が本当なら、多分、僕は降りられる。



「決めた。僕は陰星に引きこもって、真祖業をするよ」



 どことも距離を置いて過ごした方が良さそうだ。

 陰星は居住可能だっていうし、うん、色々と持って未開惑星でエセスローライフをしよう!



「なるほど、独立勢力としてお立ちになるなる! という事ですな! 自らの地位は己の力で切り開く! ご立派でございます! ちょうど某、今朝がた家督を息子に譲ってまいりました。隠居後にこのような瞬間に立ち会えるとは、感激の極みにございます! どうか、某も一党にお加え下され!」


「え? あ、ちが……」


「そうね、独立勢力として客分あつかいで陰星に陣取っても良いかもしれないわね。準備はしておいてあげるわ。そうと決まれば、早速エンブレムを考えなきゃ! ちょうどイイ感じに侵略も受けてるし、これを撃退して実績にするわよ! 進軍で軍旗を翳せば勝手に認識されて既成事実でゴリ押しできるわ」


「あの、スロー……」


「タカちゃん! 頑張ろうね! とわちゃん、家臣って事なら渡海とかいのお家を再興できるんじゃない? 国は変わっちゃうけど」


「えっと、はなしを……」


「! ありがとうございます! 精一杯お仕えいたします」



 だめだこりゃ……誰も聞いてない……まあ、いいか。

 落ち着いてから、説明しよう。



「鷹揚君、エンブレムに何か希望はあるかしら?」


「どこにも属したくないので、無地に淵飾りだけでお願いします。できれば、透けてるとなおいいんですけど、そんな素材ってあります?」

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