第24話 そうだ、宇宙で遊ぼう!
広い格納庫にハンガーが一つ。もちろんそこには桜花が収められている。搬入口は三か所、僕らが入ってきた方向の対面方向と左右に一か所ずつ。左右の搬出口は八角形をしており、正面のものに比べてやや小さい。
「なんか、スペースが無駄に広いね」
「どっかのバカがいうには、この構造の方が継戦能力が上がるとかなんとか……よく分かんないけど。左の通路が発進用で右が帰還用の通路よ。ここで補給と部品交換、乗り手の交代を行って、済み次第発進させられるとか。いったい何と戦うつもりだったのか……とにかくロマンだそうよ?」
僕らは格納庫全体を俯瞰できる位置から入ってきた。桜花のハンガーまでは直通のエレベーターが設置されている。
もちろん、床と手摺だけのタイプだ。ジンバさんは解っていると思った事は秘密だ。
桜花のカラーリングは墨の黒色と抑えめの金色を基調に、白よりの桜色にやや墨を垂らしたような色のアクセントが施されている。
目算で全長は約三十メートル。
形状は夢で見た桜花と異なっている。夢では先に戦闘をした試作機と同じように鋭角的な形状であった。
しかし、この桜花は全体的に角のない形状。ツインアイの頭部は鉢金をまいたような造りで、鉢金から前方斜め上に向けて二本の角が生えている。やや華奢な体躯に大きな肩部と大腿。
大きな肩に取り付けられたシールド状の部品と腰に取り付けられたウィング状の部品が目を引く。両方とも床につきそうなほどに大きい。
エレベーターが桜花の胸部で停止する。目の前には見覚えのあるコクピットがあった。
「
「では、お言葉に甘えて、行ってきます」
シートに就いて操縦桿を握る。正面のハッチが閉じ、コクピット全体が後ろへ移動していく感覚に思わず感嘆の声が漏れる。やはり、仮想現実とは異なる感覚がリアルには存在している。
なんにせよ、今の体験を新鮮な感覚として味わえるのは嬉しいものだ。
戦闘が近付いているというのに、不思議と心は落ち着いていた。
「動かし方は鷹揚君の記憶通りで大丈夫なはずよ。向かって左、発進口の邦へ進んでちょうだい。床と壁にラインがひかれた場所があるから、そこで待機していて」
「了解しました。アカ姉の姿が見えないのですが、何かありましたか?」
「チョットしたお色直しよ。新しいボディの組み立てが終わったから、
「そちらも了解しました。あ、ラインの場所につきましたよ」
「ええ、こちらでも確認したわ。いい? 今からカタパルトを起動させるわ。機体が勝手に浮き上がるけど、そのまま流れに任せてくれればいいから。施設の敷地を出るまでは私の方で管理するわ」
「はい、よろしくお願いします」
カタパルトチューブの壁面が明るくなり、桜花が浮き上がる。
「桜花、射出シークエンスを開始します。カウントスリー、ツー、ワン、射出! 行ってらっしゃい」
一定のGがかかり続ける事で、加速が続いている事が分かる。チューブの切れ目が近づいてくる。その先は宇宙だ。その領域へ入る瞬間、僅かにあった恐怖心は圧倒的に大きな昂ぶりに塗りつぶされた。
「う・ちゅ・ううううう!」
射出口を出た時から、内臓がフワッというか、ゾワッというかジェットコースターのスタートの時の感覚が終わらない。
旋回、旋回、おおー! 面白い! 重力下と違って慣性が身体に残る感じがする。
コクピットからの全天モニターによる僕の視界と桜花のツインアイの視界、それから各種センサー系の情報から作られた全周視界の上位互換の全周知覚。これらがハーフダイブの機能によって、脳内で同時に処理されている。この感覚に熟達すべく、なるべく多くの事柄に意識を向け、無意識に処理ができるよう無意識下に落とし込んでいく。
機体の制御についても同じような事を行う。
例えば、姿勢の制御の補助として機体の可動部分を動かし、その反作用を使うというものがある。この機能は通常は自動制御で行われているが、これについても意識的に行うことで、機体を自分の体の延長として自覚できるようにしておく。そうしておかないと、咄嗟の時に思わぬ動作によって行動が遅れるなど、致命的なことになりかねない。
特に、補助腕やスラスターなど、元の体の器官として存在しないようなものの制御は念入りに行う。
ある程度なじんだところで、いよいよ変形だ。そう、桜花は可変式の機体なのだ。燃えるね!
三パターンの形態になれるが、突撃形態は追加スラスターがないとあまり意味がない。今は高機動戦闘機形態を試してみようと思う。
まずは、自動制御で変形。次は自分の意思で各部位を動かし変形させる。これを何度か繰り返すうちに大分コツも分かってきた。
機動についても同様に自動制御からはじまり、意識的制御を経て無意識下の制御へ移行させていく。
一通り終わったところで、四時間近く時間が過ぎていたことに気づいた。
燈理さんに機関の胸の連絡を入れ、戦闘機形態のまま機首を戻す。
「鷹揚君、ジンバの戦闘母艦が迎えに行くから、そっちに着艦してもらっていいかしら」
「ジンバさんが、戻ったんですか?」
「ジンバはいないわ。彼、死んだみたいよ?」
はい?
「
「あー……はい、聞いてみます」
どう考えても、ジンバさんと死というものが結びつかない。何かの間違いだと思うけど……。
センサー系からの知覚情報に任せて、ジンバさんの戦闘母艦の航行線上へ向かう。
目が覚めるような鮮やかな藍色。藍染の前半の段階のような色だ。濃くなる前の藍色って感じ。
流線型のボディが速さ重視であることを主張している。
「お、お前が鷹揚か? ウチはズンダニャ! 帰りが遅いから迎えに来たんニャよ」
ニャ、だとう? これは合流を急ぐべきだ。
早々に接近して、着艦指示を仰ぐ。やはり、後部からの着艦を指示された。施設と同じ方式だね。
着艦して待つことしばし、目下ではレイバロイドと作業用ボットが協力して機体の固定作業を行っている。
運ばれてくるタラップの上に、短毛種の猫が香箱座りで乗っている。緑色の体毛の猫だ。
多分、ズンダとは彼のことだろう。
「おはつー、うわさは聞いてるニャ〜。おいらがズンダニャよ。ようこそ、グレートジンバ―へ! これからブリーフィングルームへ案内するニャ」
ズンダは言い終わるなり、ひらりと床に降りた。尻尾がふらりふらりと揺れている。
「よろしく! ズンダさん」
「ズンダでいいニャ、さん付けとか。ケツがむずむずするニャ。あと、同僚にあずきときなこがいるニャけど、こいつらもタメ口でいいニャ。ついてくるニャ」
先行するズンダの後を追うことしばし、なかなかに寄り道が多くて他の猫(多分猫だと思う)達を待たせているのではないかと心配になってくる。
「お待たせ―、艦内の案内も済ませて来たニャ~ン」
「おっそいわよ! アンタの行動をマークしてたけど、食堂しか案内してないじゃない! どうせ、おやつでも食べてたんでしょ!? 状況分かってんの?」
「まあまあ、落ち着けよ。ズンダに任せた時点で予想の範囲内だろ? やあ、すまないね。私はあずき。主にメカニックを担当している。ズンダはオペレータで、コイツが副艦長のきなこだ。言わなくても分かると思うが、艦長はジンバだ」
紫色のやたらにダンディな声の猫があずき。他の猫を紹介もしてくれた。まとめ役なのかな?
長毛種の大豆色の猫がきなこ。司会進行は彼女なのだろう、優雅に顎を引くと説明をはじめた。
「まあいいわ。はじめまして、あたしがきなこよ。この艦の副艦長をやってるわ。早速で悪いんだけど、猪八重
「ハイダウェイジンバってなに?」
「アンタが寝てた施設よ。元々ジンバの個人的な研究施設だったのよ。あそこの人達は誰も正式名称で呼びたがらないみたいだから、知らないのも無理ないか。じゃ、話を進めるわね。貴出水からの要求は、事故で死んだジンバから遺産を託されたからハイダウェイジンバをよこせって事ね。だったら、証拠を見せろって言ってやったら、コッチへ艦隊を差し向けるつもりみたい。現地の協力者によると、あと、十九時間程で座標ジャンプでコッチに来る予定よ。規模は大型戦闘艦二隻、小型戦闘艦八隻、小型戦闘母艦八隻と
「座標ジャンプと竜騎兵が分からんです。あと、石機関」
「普通のジャンプ移動は送り側と受け手側が連携して行うの。これに対して座標ジャンプは送り手のみで行うジャンプ移動の事よ。ただし、このジャンプは実行する一時間前からジャンプアウト地点が正確に分かるから、実戦ではまず使わないわ。ま、奴さんはウチ等を舐めてるって事よ。それから、竜騎兵ってのはアンタが乗ってるような機動兵器の事よ。初期の足で移動する機動兵器をドラゴンって呼んでた事の名残ね。機動兵器は大抵、ドラゴンとか
「それから、多分ジンバは死んでないニャ。いつものパターンだと、本人が面白いと思うタイミングでじゃじゃーんって出てくるニャ。心配するだけ損ニャよ」
「後は石機関についてだったな。賢者の石についての簡単な説明を受けている事はチャパティから聞いている。石機関はザックリいうと賢者の石を利用した装置全般を指す。今回の場合は遠隔操作という事なので、通信関連だな。簡単に言うとエーテル空間内は距離と時間の概念がないことを利用して、データの送り手と受け手の間の距離による通信時間のずれを解消する技術だ」
「なるほど、安全圏からリモートで殴りかかってくるってことか」
「そう、それでも第一波は問題視してないわ。対策をとってあるから瞬殺よ! 問題は第二波ね。ここからはアンタの力も貸してもらうわ。とはいってもシンプルよ。アンタが攻撃。あたしらが防衛とサポート。どう? やれそう? 細かい指示はこちらから出すわ。つまり、アンタには戦闘中は私の指揮下に入ってほしいってことね。いいかしら?」
「別に問題ない。指揮をとれって言われる方が困る」
「じゃ、もう相談はおしまいね。もうすぐハイダウェイジンバに着くから、第一波の動きがあるまで自由時間でいいわよ」
とりあえず、着いたら夕飯だな。
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