第23話 ニチジョウからの帰還

 浮遊するような感覚を感じながら目を覚ます。


 最初に発見したのは、目の前を漂う丸い球だった。

 次に発見したのは、それらと共に漂う自分自身だった。


——知らない天井とか言ってみたかったな……。


 不意にクラスメートとの会話を思い出した。


 それが、実に二千年に届きそうな長い眠りにつく前の思い出なのか、仮想現実の世界の思い出なのか、そこが判然としない。


 ……ん? 僕はなんで浮いてんだ?


 急速に記憶がハッキリとしてきた。相変わらず時期が曖昧なのもあるけど……

 同時に自分自身が仮想現実世界で何度となく学生を繰り返していた事も思い出す。



「おはよう、鷹揚たかのぶ君。体に不具合はない?」



 燈理あかりにさんの声だ。アカ姉によく似てるけど、少し低くて落ち着いた声だ。

 よくよく考えてみれば、燈理さんと会ったのはこちら側に来る直前の一度きりだ。

 成程、意識の誘導とはこういうことかと納得する。

 誘導がないからこそ、今までの状態について疑問に思ったのだろう。



「鷹揚君、床に降りることをイメージして。それだけで降りれるはずよ」



 まだ、覚醒が不十分なのか、床と言われてはじめて自分に上下の感覚があることに疑問を持った——無重力状態では上下感覚はないはずだ。


 言われた通りに床に降りたいと念じてみる。

 ゆっくりとだが、体が下降を始め、程なく自分の足裏に冷たい床の感覚と自身の体の重さを感じることができた。

 仮想現実世界での感覚と変わらないが、随分懐かしい感覚だと感じた。

 思わず軽く飛び跳ねてみたりして。


 床に立ってみて、ようやく僕は自分が木のウロのような場所に立っていることを認識する。

 この一つ一つの発見を重ねるような感覚は、そのうち無くなってくれるのだろうか? この感覚はなんだか落ち着かない。



「まだ、色々と違和感を感じると思うけど、意識が体や生活そのものに馴染んでくれば、違和感は消えていくから心配しないで」



 アドバイスに返事を返しつつ、周囲を確認する。


 木のウロのようだが、表面の質感は金属のそれだ——触った感じも鉄に近い感触だった。

 ウロの内側の壁に刻まれた溝を七色の光の粒が流れている。そのおかげでウロの内側は薄明るく、問題なく周りを確認することができた。


 これ、どうやって出るんだ……?


 ウロの壁に触れると、触れた掌が壁に飲み込まれた。反応するまもなく全身を取り込まれ——ペイッと外に放り出された。

 今度は外から幹を触ってみたが、中には入れなかった。一方通行という事らしい。


 改めて周りを見回すと、相変わらずの景色——無数の人が入れるくらいのカプセルが目に入る。

 ここには、なんの音もない、墓所のような静謐さがあった。

 カプセルが撤去され、プレートが建てられている場所がある。おそらく亡くなった方のものだろう。



「タカちゃん! ひゃあああ!」



 カシュッと消音ギヤが動く音に続いて、良く知った声が聞こえた。

 振り向くと出入り口であろう場所が開いて……見知った姿はなかった。

  

 銀色の玉が飛んでる……?


 声を発していたのは、ピンポン玉大の丸い浮遊物体だ。


 クルクルと空中を飛び回りながら、「まだ早いよ……」とか言っている声は確かにアカ姉のものだ。



「ちょっと、お母さん! タカちゃんの服ぅ!」


「ああ、そうだったわね。お母さん、ちゃっかりしちゃったわ」


「ちゃっかりって……ワザとやってるの?」


「でも、緋金あかねちゃん、鷹揚君のことよく覗いてたじゃない? 見慣れてるんじゃないの?」


「覗いてないし! 見守りだし! それに、現実じゃないし!」



 ……仮想現実世界であったアカ姉より、少々幼い印象を受ける。


 母親の前? ではこんなものなのだろうか? そういえば、燈理さんの姿が見えないな。


 それはそうと……成程、確かに盗聴器仕掛けてないね……納得だ。


 そして、母娘おやこの会話から自分が服を着ていないという違和感にようやく気づいた。

 ……日常の感覚を取り戻すまで、外出は控えた方がいいかも。このままでは無意識にとんでもないことをやらかしそうだ。


 食事でも摂りながら話しましょう。という燈理さんの提案で食堂に移動した。

 服は移動の前にラブラドールレトリバーが持って来てくれた。燈理さんの飼い犬かな? 服が入った籠を咥えた姿がラブリーでございました。着替えの間、すっごくニオイを嗅がれた……。


 食堂ではロボ君姿のとわさんが準備をしてくれていた。ゴールデンレトリバーも一緒にお出迎えしてくれたのが大変癒されました。この仔にもすっごい嗅がれた……もしかして、僕って臭い?


 ワンワンで癒されているうちに食事の準備ができたそうだ……一人分?


「燈理さんとアカ姉は食べないの?」


「え、タカちゃん、えぇ……そこから?」


「燈理様も緋金様も人間ではありません」



 声をした方を見ると、真っ黒な瞳と目が合った……アレ?

 僕が声の主を探していると……。



「鷹揚様、私です。ナンです」



 うはぁ、ワンワンが喋ったよ……。まさか、現実でモフモフと喋れる日が来るとは!

 ナンの説明によると、燈理さんはこの施設の管理プログラム——この施設そのものが燈理さんだという事——で、アカ姉はそのサポートプログラム。三人の中でもっとも一般的なアンドロイドに近いのが永さんとの事だ。ただ、永さんはボディだけはレイバロイドという、移動式マニピュレーターのものらしい。



「つまり、燈理さんもアカ姉も永さんもみなロボットだったと?」


「アンドロイドと言ってほしいわね。人型の資格を貰うのも大変なんだから」



 僕の頭の周りを飛びながら話すアカ姉(ピンポン玉バージョン)と、食堂のモニターに映る燈理さん、僕の隣に座った永さん達による説明と、レトリバーズの映像技術を駆使した立体映像のサポートによる。ランチショーが催された。


「つまり、永さんは人型の資格を得ているけど、市民権は仮免許。アカ姉は市民権を持っている。燈理さんはさらに上のアンドロイドの電脳デザインの資格とアンドロイドの教育の資格を持っている……と、こんな理解でいいのかな?」


 それから、レトリバーズはジンバさんが調整したブーステッドアニマルだそうだ。どうやらジンバさんはその道の権威らしい。


 そうそう、てっきりアカ姉と燈理さんの関係は母娘おやこという設定なのかと思っていたら、アカ姉の制作者は燈理さんなのだそうだ。それならまさしく親子だよね。



「鷹揚君、桜花の調整が終わったわ。そろそろ格納庫に案内するわね」



 いよいよ、桜花との対面ですな。

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