第22話 客になりたきゃ金を払え【別視点】
「さて、現代技術の首根っこを押さえている鷹揚……もう、タカでいい? とにかく、そんなタカの首根っこを押さえようと、二つの勢力、アーンド、もう一つ謎の勢力がここへ向かってる。もし、第四の選択でどっかへ逃げたいなら時間がないぞ?……どう?」
「ご伝言を承りました。内容の確認はいたしますか?」
「特に必要ないよ。録れてるだろ? ナンが問題あると感じなければ大丈夫!」
ナンの肯定の返事に、ジンバがエレベーターのカメラに手を振って応える。
「じゃっ! オレは次のアポがあるんでログアウトするよ~ん。あとはヨロシクゥ!」
ここに鮮やかな碧いコルベットが停泊している。大型艦の主砲を中央に配し、それを抱えるように機体が構成され、さらに不釣り合いな出力のスラスターを採用している。
見た目はスラスター付きの主砲。もしくは主砲にスラスターを取り付けた遠隔操作用の武装? という感じだ。
搭乗者の常識を疑うような船の主は、もちろんジンバである。
現在では、民間船でも恒星間移動をするような船には武装を施すのが常識だ。
ジャンプ移動で超長距離移動はできても、目的地までは通常航行となる。
特に主権中域内のジャンプポイント網が未発達な恒星系内では、通常航行を行う時間が長くなる傾向がある。これを狙って、海賊ならぬ宙賊が発生するのだ。
治安が安定しない国で高速道路から一般道に降りた後、人里離れた山道で野盗に襲われるといった感じだ。
その対策として、恒星間移動船舶には武装を施す事が推奨されており、武装船を有するには資格を取る必要がある。恒星間を渡る商品が貴重品となる所以である。
ジンバが艦の仮眠スペースで目を覚まし、腹の辺りをボリボリと掻きながら艦橋へやってくる。
窓以外は何もない部屋。その中央に舵輪がある。それだけ。
さて、行きますか、と呟いたジンバが舵輪を握ると中空に計器パネルが現れる。
「ジェネレータ出力通常航行モードで固定。風雲ジンバ号、出港する」
たった今、ジンバが出港したこの施設、実は正式な名称がある。誰もその名称で呼ばないだけなのだ。
その理由は宇宙を航行する、風雲ジンバ号の後方に見えるゲスト用港湾にある。
港湾の正面壁面には、
『おいでませ! 秘密基地』
『ハイダウェイ☆ジンバ』
とポップ調で書かれている……正式名称、ハイダウェイ ジンバ。
——一時間後ジンバは
冴澄国の恒星系に十二箇所ある関所の一つが猪八重関だ。十二の関所はそれぞれ要塞としての機能以外に、ジャンプポイントとしての役目も担っている。反面、外部から恒星系の内側へのジャンプを阻害する役割も持っている。
仮に関所のラインを超えて恒星系の内側へジャンプアウトしようとした場合、最寄りの関所のジャンプポイントへ引き寄せられるという仕組みになっている。
関所のラインより内側に行きたければ、関所による必要があるのだ。
……が、現在、猪八重関は貴出水の支配下にある。元々、猪八重家は貴出水家の依子であった。占領されたというより、猪八重家が引き入れたという構図だ。
「世襲制ってのは怖いねぇ……内患がどこまで広がっているやら」
砦内には一般的な街に相当するものはないが、居住区内に市場のような施設が併設されている。運営はレイバロイドによって行われ、貨幣をもちいた官給品の交換などが行われている。
軍人といえど人である。ストレスを消化する場を用意する必要があるというわけだ。
これらのエリアはまとめて街区などと呼ばれている。
港湾エリアに降りたジンバはひと通り市場の様子を見て周り、トラムの順番待ちの列に並んだ。
「先生!……先生!……グリンウッド先生!」
はじめはまさか自分の事とは思わず、せんせぇ呼ばれてますよ〜とか思っていたジンバだったが、自分の名前が先生付けで呼ばれれば流石にそちらを向く。
生真面目に軍服を着こんだ青年が小走りにこちらへ向かって来る。
「おお! 俊介か! 久しぶりだな! 元気か?」
「先生こそお元気そうで何よりです」
「叙爵して、すぐに陞爵したとは聞いていたが、軍に入ってたのか? それにしても見事に家を再興したな。おめでとう!」
「ありがとうございます。あの時、先生に会えていなかったら今の自分はありませんでした。先生には感謝しかありません。ところで、先生はどうしてここに?」
「仕事の完了報告だよ。
「それなら、本営ですね。私が送りましょう」
「いいの? 助かるわー。じゃ、お願いしちゃおうかな? ちなみに俊介は本カノ営業とか本命営業ってしってる?——」
街区を抜け工廠施設とは反対側に進むと、巨大な本営が見えてくる。全面ガラス張りの筒状の高層ビルを中心に、これまたガラス張りの建物が円形に配置されている。
エントランスに降りると、既に家令が待機していた。
「お待ちしておりました。ジンバ様。応接室にご案内いたします」
「なあ、急ぎの用を思い立ったんだが……。この際、金だけ貰うってんでいいよ。報告書は送っといたからよ。コー爵サマもお忙しいだろうし、詳しいことはそっち見てくれればいいって」
「主人が会うといっておられます」
「はぁ~……なる早でってお願いしてみてくれない?……」
ジンバが家令に案内されたのは、豪華な応接室だった。荘厳と悪趣味の境を微妙に悪趣味側に踏み外している感じか。
調度品に一応の統一感は見られるものの、深い部分での統一感は取れていない。
一時間ほどして、貴出水が現れた。
ジンバは立ち上がり正式な礼をとる。
「侯爵閣下、この度はお引き立て頂き恐悦至極に存じます」
「うむ、ご苦労である。此度の件、事が成れば帝もお喜びになることだろう。貴様ももう少し礼儀を解すれば引き合わせてやってもいいのだが?」
「いえいえ、ワタクシのような身分の者にはもったいないことです。お喜び頂けるようなら対価を賜るだけで満足でございます」
「ふん……しかし、今のままでは報酬を渡すわけにはいかんな」
「どういう事でしょう? 契約書通りに全て遂行したはずですが?」
「状況が変わったのだよ。前提が変わった今、契約は無効だ」
「おいおい、穏やかじゃねぇな。踏み倒そうってか?」
「下賤の者が吠えるな。だがまあ私も鬼ではない。もう一つ仕事を受けるなら報酬について考えないでもないぞ」
「いや、いいや。 俺も忙しいからな、今回はツケってことにしといてやるよ」
「待て! 客の言うことが聞けんのか! それに帝より直々の依頼なのだ」
「知らねぇよ。 それに払うもん払ってねぇんだから、アンタ客じゃねえだろ?」
「貴様! 分かっておるのか!? 貴様らには
「勝手にしろよ。コッチもお前の私掠船団に勝手に名前を使われて迷惑してんだよ。あんまりチョーシくれてっと……潰すぞ? ……要件はそれだけか? ンじゃ、帰るわ。 見送りはいらねぇよ……おっかネェからな」
ジンバがいなくなった応接室で、何かを破壊するような音が響いた。
ジンバがエントランスに戻ると、俊介が待っていた。
「先生、おかえりなさい。用件は済みましたか?」
「ああ、ツケってことでお開きになったよ。そのうち回収だな。帰りはトラムで帰るから気にしなくていいぞ? お前、仕事あるだろ?」
「別に構いませんよ? 今日は準待機日ですから、軍服は着てますけど暇なんですよ」
「じゃ、街区で飯でも食うか?」
ジンバと俊介が会った街区に戻り、パブに移動。ガッツリ目な食事をつまみに飲み始める。
「先生、今日はこちらで宿泊されますか?」
俊介は五枚目のステーキを平らげたジンバを引き気味に見て訪ねた。
「いや、状況が状況だからな。船で仮眠をとって、明日の朝早くに発つよ」
ウイスキーをラッパで飲みながら応える。俊介はまだ、ほとんど飲食していない。
「そうですか。では、今日はトコトン飲みましょう! 取りっぱぐれた先生に私が奢りますよ」
「お、いいねえ。……と、その前にちょっとションベン」 ジンバはふらつきながら俊介の脇を通り抜けつつ、彼の左肩に自分の左手を置き 「ところで、店内のお友達はいつ紹介してくれるんだ?」
店内の空気が一瞬で冷えた。刹那、俊介が右に回転しながら抜刀。
ジンバの胴を狙った一撃はふにゃりと不可に寝転がったジンバに躱されてしまう。
寝ころんだまま、尚も酒を飲み続けるジンバに店内の客達が発砲する。それらをふなふなりと躱して千鳥足で店を抜けたジンバの背に俊介の突きが迫る。
しかし、手から落とした酒瓶を拾おうと腰をかがめたジンバにまたも躱されてしまう。さらに運の悪いことに、バランスを取るために後ろに延ばされたジンバの足が、俊介の顎にきれいに入り悶絶することになる。
「あ、ごっめーん? なんか、きれいに入っちゃったね?」
ジンバのどこまでも軽い詫びに、真っ赤になった俊介が再び構えをとる。
「この平民が! いい気になるなよ!?」
「ホント暫く見ない間に、随分と醜悪な人相になったよな」
一瞬見せたジンバの真顔に俊介がひるんだ。
「ほれ。今日の記念にコレやるよ」
油断。ジンバの変化にあっけにとられ、俊介はジンバが投げよこしたものに手を伸ばす。
強烈な光と音。
俊介たちの目と耳が再び使えるようになった時、ジンバはすでにいなくなっていた。
俊介はすぐに港湾管理局に連絡を取り、ジンバの船のジェネレータに火が入ったとの報告を受ける。
「いいか! ヤツは門を破壊して逃亡するつもりだ。出力の常識にとらわれるな! 主砲とバリアとスラスターを同時に使う算段くらいはつけてる筈だ。港湾内部の被害は考えるな! 隧道内にいるうちに集中砲火で仕留めるんだ!」
俊介達が港湾エリアに到着したとき、ちょうどジンバのコルベット級戦闘艇が集中砲火によりバリアを削り取られ、蒸発するときだった。
「先生、あなたがもう少し身分をわきまえていたら、命だけは助けてあげたんですがね。下賤の者は我々のいう通りにしているのが賢い選択というものです……ま、残ったあなたの船団は私が有効に利用してあげますよ」
俊介は満足げに頷くと、隧道の破損状況の確認に動き出した。
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