第20話 間借りしたセカイ② ~賢者の石
「説明の内容は資料にまとめてきましたので、こちらをご覧ください。チャパティ」
ゴールデンレトリーバーの『ナン』に声をかけられた、ラブラドールレトリーバーが顔の前に現れたキーボードをタシタシと操作する。
全員から見える位置、テーブルの奥に映像が浮かび上がる。あ、これも3Dだ……。
音楽付きの説明を受けながら、目の前の賢者の石に手を伸ばす——軽い……。
一方、賢者の石の近くにあるグラスを取ると、こちらは重くなっていた。感覚的には二倍くらいの重量になっているだろうか。
序盤は僕の記憶とも合致する。僕が原因不明の病を得て、未来の医療技術に期待して冷凍睡眠に入るまでの話——ただ、医療技術の進歩に期待して、という点は、僕の記憶と齟齬があったが……。
さて、僕が得た病は、身体が硬質化していくというものだ。一年もすると錆が浮いた身体の末端部分から、ビー玉大の金属の珠が出来ては落ちる。欠損した部分は一週間もすると元に戻るのだが、硬質化した部分が全身に占める割合も同じようなペースで増えていく。
左足の先から始まった症状が四肢全体に広がったころ、冷凍睡眠の話を受けたことを覚えている。
一方、僕の体から生成される不思議な珠——成分を調べてみると、鉄以外の物質は検出されなかった。しかも、これを鋳つぶすと比重は元の鉄に戻ってしまう。
これにダークマターの研究をしている科学者が飛びついた。
比重変化の原因を突き止めれば、宇宙の謎に近づけるかもしれない。
検体からサンプルを採取し、精査する事約一世紀。ついに人類はダークマターの正体をつかんだ。 同時に時間と空間の理に大きく近づくことになる。
天文学的に離れた距離を一瞬でつなぐ技術——ジャンプ技術発展の始まりだ。
異なる空間同士の距離を無視して重ねることで長距離移動を可能とする技術。
この技術により、地球人類は宇宙へ進出することになる。
そこで起こる、地球外知的生命体との接触の歴史はここでは割愛されていた——色々あってとかでまとめられてた……少し興味があったのに……。
僕たちがいる空間に満ちるように重なっている空間——これをエーテル空間とよぶらしい——に干渉するための触媒になる不思議な鉄はいつからか賢者の石と呼ばれるようになっていた。エーテル空間では距離と時間の概念がなく、入り口から出口までの距離を決めるのは、エーテル空間に入ったときの法則で決まるのだとか。
そういったことが解明される頃には、僕の体は樹木のようになっており、巨大な鉄のインゴットに根を張り、賢者の石を実らせるオブジェクトになっていた。
いつからか、このオブジェクトは世界樹と呼ばれるようになったとか……こういう正体不明なオカルトっぽいのって、ムー的な感じで名づけられる決まりでもあるのだろうか?
さて、高まる需要に対して、未だに供給は極端に追いついていない。
なぜなら、完全な賢者の石を生成できるのは世界樹=僕だけだからである。
コレの対策に、枝を切って植えてみるとか、世界樹にくっついている僕の手足を切り取って放置してみるとか、それこそ色々やったらしい。
……
結局、賢者の石を使って賢者の石を生成する方法が発見されて、接ぎ木系のプロジェクトは行われなくなったとの事。この先、さらなる技術の進歩により、鉄以外の物質を利用した賢者の石が開発されるが、それはまだ先の話だ。
世界樹に依らない賢者の石の生成法を作り出せはしたが、生産量は世界樹に及ばず、品質も安定しないため、賢者の石の生産は依然として世界樹が生産の主力をになっていた。
この時期に偶然の事故から、人体に賢者の石を埋め込む事で賢者の石を利用したシステムが人間の意思で動かせるようになることが判明。エーテル空間への干渉技術と組み合わせて人類にサイバー化という選択肢をもたらすきっかけとなった。
この件により、需要がさらに増す事になり、賢者の石の生産については万年供給不足の状態が何世紀も続いている。
「あ、ごめんなさい。偶然の事故ってどんなもの?」
「有名な話だけど、ビミョーな話よ?」
ナンを遮ってアカ姉が説明してくれた。
ある研修者が賢者の石を持ったまま寝落ちした。彼はケッコウな資産家で個人の研究室で日夜研究にいそしんでいた。
誰もいない研究室。
男は額の激痛で目を覚ます。目の前には血に濡れた己の手。慌てて鏡を確認すると自分の額に賢者の石が半ばまでめり込んでいる。ここで男は意識を失った。
数日後、男が目を覚ますと額には何も痕跡はなく、頭痛も無くなっていた。
非常に強い空腹を覚えた男は、石を使ったエーテル空間保管庫に保管してあったサンドイッチを取り出そうと思った途端、目の前にサンドイッチが現れた。
これが、有名なボッチサンド事件での顛末である。
うん、ビミョーだね……。
「賢者の石に関する基本事項は以上です。それと、ジンバ様から伝言を預かっています。再生しますね」
「さて、現代技術の首根っこを押さえている鷹揚……もう、タカでいい? とにかく、そんなタカの首根っこを押さえようと、二つの勢力、アーンド、もう一つ謎の勢力がここへ向かってる。もし、第四の選択でどっかへ逃げたいなら時間がないぞ?」
「……完全に面白がってるわね。鷹揚君心配しなくていいわ。あの穀潰しが言っている二つの勢力の内ひとつは私が呼んだものよ。それに謎の勢力はジンバの武装商船団よ。だから、危険な集団はひとつだけね」
ミーティングスペースの奥、全員から見える位置に、再び映像が現れた。
空間の中央に緑の光点、緑点の脇にレモン型の小惑星の映像が添付されている。あれはトワと会った時に見た小惑星だ。
緑点からやや左下方に赤い光点、これには何らかの猛禽類を象った紋章が添付されている。
レモン型の小惑星の右、緑点から赤点までの距離の二倍ほどの位置にある青い光点、ここには見慣れた紋章が添付されている。菱形を組み合わせた六つの頂点を持つ星の紋章。
そして、レモン型の小惑星から右上方に先ほどの青点までの距離のさらに二倍ほどの位置にもう一つの青点、そこには兎を象った紋章がある。
「チャパティ、ありがとう」
燈理さんに礼を言われてチャパティが尻尾を振りながら前足を踏み踏みしている。
照れてるんだな、きっと。
「まず、緑の光点が、今、私たちがいる小惑星よ。小惑星帯の中にあった資源採掘目的の小惑星を利用して拠点化したものね」
燈理さんの話に合わせて中央の緑点が白い円に囲まれて拡大される。
チャパティ、いい仕事してるなぁ。
「続いて、赤い点が最寄りのゲート——まあ、正規のワープポイントね。ここで、さっきナンが教えてくれたジャンプ移動を行うの。現在は
急に話を振られたトワがビクリと身体を縮めたあと、コクリと頷く。
「ジンバと取引したんでしょう? 取引の内容は知らないけど、亡命の手続きは始まってるわ。本星にはまだ入れないけど、ここにいる分には問題ないわよ。むしろ、今、あなたをここから出すわけにはいかないわ。分かるわよね?」
「最終的にはジンバさんが動いた結果次第ですが、ジンバさんが動いてくれている間は全面的に協力します」
「よろしい。最後に青い点が冴澄家。ここに近い方の青点が冴澄家が確保したゲート。遠い方が本星よ。防衛戦のための建前を作るのに手間取ったみたいね、貴出水家に先手を取られたのね。不穏分子ドモに情けをかけるからこうなるのよ!」
遠い方の青い光点の脇に写真が投影される。双子の惑星。よく見ると、二つの星の間に小さな星がある。月だろうか。
「今更でごめんなさいね。鷹揚君、あなたが今いるのは地球ではないの。同じ銀河系の中ではあるけど、全く違う恒星系よ。主星の名は
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