第19話 間借りしたセカイ①

「俺に聞きたいことがあるんだろ? 場所を移そうぜ」


「やけに素直ですね? てっきり、「知りたければ、俺を倒してみろ……か?」——ええ、正直どうしたものかと思ってます」


「安心しろ、悠長に構えている時間が無くなっただけだ。この後の流れにもよるが、必要ならこの先は実戦で覚えてもらう。それから、お前が手籠めにしようとしているその子、俺が連れて来たゲストだから手を出さないでもらえるか?」


「ヤッパリ、タカちゃん……」


「なんでみんな……ホント、もう勘弁して……」


「時間が無いんだ、コントの続きは後にしてくれ。行くぞ?」


「誰のせいだと……」



 押さえていた少女を解放したときに、彼女の帽子が落ちて——。



「アカ姉……?」帽子の下の顔は、緋金あかねと同じだった。


「それも含めて、説明するよ。場所を移そう」



 市のメインステーションからほど近いタワーの存在しないフロア。

 こんなところに、こんな場所があったとは……。



「菓子と飲み物を用意したから適当に座ってくれぃ」


「ここは私のオフィスなんだけど?」



 エレベーターを降りて右側のミーティングスペースに、我が物顔で僕らを案内したジンバさんに、燈理あかりさんが釘を刺した。

 燈理さんはアカ姉のお母さんだ。そういえば、僕は燈理さんがどんな仕事をしてるのか気にもしなかった。やはり、僕の思考は何らかの方法で誘導か、または制限されていたのだろう。


 ここにいるのは、ジンバさんとジンバさんの飼い犬二頭、ナンとチャパティ。燈理さん、アカ姉、アカ姉のそっくりさん、そして僕だ。

 皆、事情を知っていると考えていいだろう。



「よっし、鷹揚たかのぶ! こっから先、俺はお前の質問に全て答える。喋り方も素に戻すが、気にしないでくれ。お前もため口でいいぞ? さぁて、まずは何が知りたい?」


「……僕は何者ですか?」


「なんだ、俺らの事より自分の方が気になるってか? まあ、いい。俺らはお前のことを具体的には知らない。だが、お前が何者かは知っている。お前の名前が、最初に記録に登場するのは千九百七十六年前の四月二日だ。この時にお前は冴澄夫妻の長男として生まれている。その後、家族の了承を得て検体として国に貸与されたのが、千九百六十一年前だ。その後、ある物質の生成プラントの要として管理されていたが、プラントの中心部と共に現不明の消失。……公的にはこんなところだ。さて鷹揚、お前、自分は何者だと思う?」


「公的に消えた僕がここにいるのはなぜですか? それに、ある物質の生成ってどういうことです?」


「先にある物質について説明させてくれ。ある物質ってのは、これだ」



 言いながら、ジンバさんはカーゴパンツの膝ポケットから金属の珠を取り出す。

 墨を流したような銀色の物体。樹皮のような表面の溝に七色の光の粒がゆったりと流れているのが見える。



「コイツは賢者の石——そう呼ばれている。大仰な名前だよな? 素材的にはただの鉄だ」



 ジンバさんは僕の前にその石を置きながら、こともなげに伝えて来た。

 賢者の石? マジで?



「正確には賢者の石だな。今では用途に合わせて様々な賢者の石が生成されている。材質も様々だ。もっとも、その生成にはオリジナルが欠かせないのだがね」



 そして——と言いながら、ジンバさんが座っていたテーブルの上から降りると、そこに映像が浮かび上がる。立体映像じゃん!……もう何があっても驚かないけど……。

 映像には、トワ君と会った時の金属の木が映し出されている。そういえば、表面の質感というか状態が同じだ。



「コッチが世界樹。見たことあるよな? で、ソイツがトワ君だ」



 うん……そんな気はしてました……。

 ジンバが示した先には、さっき捕まえた方のアカ姉がいた。



「理由や事情はとりあえず置いといて、俺たちはお前に普通の生活をさせようと考えた、だが、諸々の理由でお前を外に出すわけにはいかない。そこで、既存の仮想現実の世界をお前が普通に生活していた頃の時代に調整して、そこにお前を繋いでみた。これが想定以上に上手くいったんだ。そこで、俺たちは計画を次の段階へ進めることにした」



 ジンバさんは今度は僕の近くに座ると、僕を指差して話し続ける。座るのは相変わらずテーブルの上だ。



「現在の世界が、お前が知っている世界からどう変わったのかを伝え、同時に想定できる範囲の危機対応訓練をお前に施そうってな。もう察しがついてるだろう? 鷹揚が今いるのが俺たちが作った仮想現実の世界。で、お前が見ていた不完全な死に戻りの夢、これが訓練用のプログラムだ。コッチも想定以上に早く進んだ。この理由についても察しはついてる、時間のある時に教えてやるよ」



 それにしても、とジンバさんが足を組みなおしてトワさんの方へ視線を動かしながら



「信じてもらえなかった時の保険に、緋金あかねちゃんのアバターまで準備したのに、無駄になっちまったな……。知ってるか、今、トワが使ってるアバターは彼女がお前と出かける直前まで使っていたものだ。で、今、緋金ちゃんが使っているアバターは髪や肌のツヤ、スタイルを整えたスペシャルなものだ。お出かけ用に気合——」



 ジンバさんからの声が聞こえなくなった。周りを見渡すとアカ姉がツイと視線をそらした。

 それに気づいたジンバさんがアカ姉に何か言い出す。アカ姉も何か言い返しているが、僕には二人の声は聞こえなかった。

 少し時間をおいて、どうやら、一応の決着をみたようで、ジンバがテーブルに手をついて顔を近づけてくる。



「あー、すまんな。本格的に俺の時間が無くなってきた。鷹揚、今のところの考えでいい……この後どうするつもりか、今から挙げる中から選んでくれ。ひとつ、この仮想現実の世界でずっと過ごす。ふたつ、この世界から出て過ごす。みっつ、意識を手放して永遠の眠りにつく……。鷹揚の選択によって、お前が進む世界で今後必要になる知識を教えてやるよ」


「タカちゃん「鷹揚の選択だ、誘導するような事をいうんじゃねぇぞ」……分かった、ママも同じ考えみたいだし余計なことは言わないわ。でもね、わたしはタカちゃんが何を選んでも一緒にいるから、気軽に選んで」



 いや、こんな人生の選択めいたことを気軽には選べないでしょう。

 とはいえ、どれにするかは考えるまでもない……が、答える前に一応聞いておこう。



「質問があります。答えられたらで良いんだけど、トワ君?……さん? と初めて会った時の身体あれって、どうにかならないの?



「そうか! よし! 分かった!」



 僕の質問を聞くとジンバさんは機嫌よさげに机から降りると、後ろ手に手を振りながらエレベーターへ向かって歩き出す。



「残念ながら、時間だ。俺はチョイッと野暮用で抜ける。ナン! チャパティ! 後は頼んだ。みんなも時間がある限り色々教えてやってくれ」


「では、ここからはわたくしが引き継ぎます」



 ん? どこだ? 声のした方を見ると、黒い瞳と視線が合う。



「こんにちは、鷹揚さん。こうしてお話しするのは初めてですね。宜しくお願いします」



 犬が喋ってる……あ、そうか。ゴールデンレトリーバーのアバターなんだな

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