第18話 日常をまわせ

 大学の駐車場。僕はアカ姉のクイックデリバリーに自転車を積み込みながら訊いてもいいものか迷っていた。


 アカ姉の格好が登校時のそれとあまりにも違っている……。


 もちろん、女子大生の服が登校時と下校時で変わることがないとは言い切れない。

 講義が終わってから出かけるときに、目的に合わせて着替えるなんてこともあるだろう。

 

 僕も実験の手伝いで大学に泊まることがあり、そのための着替えも大学内に常備している。そのためにロッカーを借りているのだ。

 今日だって油臭い状態で映画館へ行くことがためらわれたから、シャワーを浴びて常備していた着替えを着ている。

 最近では、登下校の時も大学ここで制服に着替えることにしようと計画しているくらいだ。


 そう、服が違うのはそれほど問題ではない……問題ではないのだ……だが、それにしたって、変わり過ぎだろう!


 大学一回生のときならともかく、二回生のアカ姉が着替え用に気合の入ったおしゃれ着を持ってきているとは思えない。


 なんでこんなに気合が入ってるんだろう?

 ここは、小粋なトークで何気なく聞き出してみよう。



「アカ姉さ……」


「なにかしら」


「髪型変えた?」



 無理だよね! 小粋なトーク? できるわけないじゃん! こちとら彼女いない歴=年齢ですよ。

 それでも、美容院へ行ったの? などとは訊かなかったのは、頑張った方だと思う。



「なんで? いつもどおりよ?」



 ンな訳ないだろ! といえる性格ならどんなに楽だろう。


 地雷は避けるものだ……踏みぬくものじゃない……マインローラーのように構わず踏みぬく人が身近にいるから、一層そのように思える。



「アカ姉は骨格が細いから、ふんわりした服がよく似合うね。髪型もよくあってると思う」



 僕ではこれが限界です。

 世界の平和のために、女性のお洒落についてはには触れないことにした。



「ありがとう。じゃ、行こうか? どこか行きたいとこあるんでしょ?」



 いーえ。ノープランです。

 今までだって、こんな二人に甘酸っぱいイベントなど起こるはずもない。

 今日だって、レイトショーどころか、夕食までまだ時間がある。

 存在しない計画について聞かれても困るのだ

 なんか、アカ姉が「あれ?」とか、「なんで?」とか言っていたが、僕はもう気にしないことにしていた。


 分からんもんは、分からんのだ。


 僕も恋愛経験は皆無だが、アホではない……筈。今までの関係で、なんとなく感じていることもあるのだ。

 ただ、この外装がクールな暴走機関車に、それらしいことを言う、または、そう思われた段階で、どうなるか予測ができない。

 この感覚が僕の自意識過剰でなかった場合、アカ姉に段階を踏むという思考があるかどうか確認するには、あまりにもリスキーすぎる。

 自分の考えが自意識過剰→黒歴史ルートの方が、まだマシって思える予測があるとは……。


 うむ、恋は成就するだけが至極ではない。

 地雷は避けるものなのだ。


 そうはいっても、駄弁って時間をつぶそうなどと提案するのは、アカ姉の気合に対して余りに忍びない。アカ姉の気合をキチンと成仏させてあげよう。

 うん、のんびり歩くプランがいいだろうな。


 さて、クイックデリバリーは優れた車だが、いかんせん車高が高い。 よって、映画館併設の立体駐車場には入れず、少し離れた平面駐車場への駐車を余儀なくされる。

 

 それらを考慮して……。



「アカ姉、お花萌かもえさんにいこうか? 今日ならちょうどお彼岸の縁日をやってるよ」



 お花萌さんは、街の中心から少し外れたところにある観音寺である。

 年に二回のお彼岸には、改造沿いを中心街からお寺まで様々な屋台が並ぶのだ。



「屋台の食べ歩きで夕ご飯を済ませようよ」


「そ? じゃ、そうしよっか。二人だけで夜のお花萌さんに行くのは初めてね」



 色気のある展開は特になく、普通にお参りと食べ歩きを済ませた僕たちは、とりあえず車に戻って時間まで休もうという事になった。

 アカ姉、ヨーヨーとかおこしとか買い過ぎじゃないでしょうか?


 ちなみに、アカ姉のクイックデリバリーの車内は快適空間である。

 去年の春に廃車を安く手に入れて、全力で改造&リフォームをしたのだ。エアコンの活用を目的に太陽光パネルを搭載。そのまま勢いでハイブリッド化した逸品なのだ……すっごい苦労した。

 この車の特徴として、予めスイッチを入れておくと太陽光パネルの発電量に応じて自動的にエアコンが起動する。つまり、日中の暑い時間に車に戻っても、中は涼しいのだ(ただし、晴れの日に限る)


 さて、疑問に思っている方もおられるだろう。今回、僕はこの車内で目を覚ましたのだ。正確にはアカ姉に起こされたのだけど。


 ここまでくれば、僕だって流石に自覚する。ってね。

 そして、ジンバさんが露骨にアピールしている事も……。

 さて、どうしたもんだろう? あの人、直接聞いてもはぐらかすだろうし……。


 ……。

 …………。

 ……ほっとこう……。

 あの人、こらえ性がないから、ほっとけばつまらなくなって状況を動かしてくる筈だ。


 とか、思ってここまで特に何をするでもなく、いつも通りに構えていたのだが……。



「タカちゃん気付いてる?」


「うん。お参りの帰りの時からだよね。最初に車を降りたときはいなかったと思うよ?」


「本当に心当たりはない? 最近、私が把握しきれない行動をしてる時があるわよね?」


「触れていいのか分からないワードが聞こえたけど、あえて訊かないよ? アカ姉のお客さんじゃないの? 最近、思うままに辛辣な事言っちゃったりとかしてない?」


「私は空気が読めるもの。KY活動は得意なんだから」


「わざとだろうけど、KY活動は知活動の略だからね。 めじゃないからね」



 突然、僕とアカ姉は二手に分かれて歩き始めた。

 追跡者は迷わず僕の方の追跡に移る。


 そして、追跡者は自分も尾行されていることには気づいていなかった。


 五分ほど歩いたところで、高架下のメッシュフェンス沿いに進んでいた僕が、フェンスの切れ目から駐車場側へ入る。


 追跡者は完全に油断していた。


 追跡者がフェンスの反対側から僕の様子を確認している。ヤッパリ中には入ってこないか……。


 僕は高架線の柱を利用して、方向転換。にこやかに笑って手を振りながら、二歩だけ歩いてダッシュ。一気に追跡者と距離を詰める。ギョッとする追跡者——だが、フェンスを挟んでいる安心感があるのかその場を動かない


 ……かかった。


 勢いそのまま、高さ二メートル強のフェンスの上枠を、掴み天辺で逆立ちをして乗り越える。棒高跳びみたいな感じ。



「捕まえた!」



 僕は追跡者の上を飛び越え、その肩を掴んだ。

 追跡者に見覚えがあるような気がするが、帽子を目深にかぶっているので顔を確認できない。


 静寂の中、僕の耳に息を飲む音がやけにハッキリと響いた。

 その音は追跡者とは反対側から聞こえてきた。



「何をしているの?」



 アカ姉の声に僕は振り向かずに応える——追跡者から目を放すわけにはいかないからね。

 


「あ! アカ姉、捕m「壁ドン? 今日、私にはしなかったじゃない!」……えぇっと?」



 少々痛い沈黙が広がっていく……ついでに頭も痛くなってきた。

 沈黙を破ったのはアカ姉の咳払いだ。



「とにかく、落ち着きましょう。タカちゃん、その娘はどこのどなた様かしら? 別行動をとっている間に随分と手が早いようだけど?」


「違う。違うんだ。誤解だよ。まずは話し合おう?」


「浮気を疑われた人のテンプレセリフじゃないの!? やっぱりタカちゃん……」


「ちょっと待って、浮気って、僕はまだ誰とも付き合ってないよね? そもそも、まずはアカ姉の方が落ち着こう?」



 慌ててアカ姉の方を向いた僕の行動を隙と捉えたのか、追跡者はしゃがみ込んで逃走を試みる……が、肩を掴んだ僕の手が、追跡者の動きに合わせて下がり、同時に僕が足を膝の間に差し込んだので、追跡者も以上は体を下げられなくなった。



「ちょっと! イチャついてないで、真面目に話を聞きなさい!」


「いやいや、イチャついてないよね。 これ、抵抗されてるだけだよね?」


「女の子に抵抗されるなんて、しかも、デートの途中で他の女になんて!」


「デートって! やっぱりそのつもりで、めかし込んでたの?」さっきから珍しく恋愛脳っぽい感じなのはそのせいか!


「そのつもりって、なんのつもりよ? そもそも、めかし込んでなんてないから!」



 この不毛なやり取りの間、追跡者の彼女は何度も脱出を試みるが、その思惑はことごとく潰させてもらった。

 僕がアカ姉の方を見てから今までの間、僕が追跡者を見ることは一度も無かった。

 追跡者の肩を掴んでいる僕の手。僕はここから得られる情報で、追跡者の動きを読んでいる。重心の移動や筋肉の振動など、触れている手から得られる情報は意外と多い。



「チョーっとイイですかぁ? あなたはアレをシンジまぁすかぁ?」



 ……ジンバさん登場! 好調な滑り出し!

 訳:ジンバが現れると同時に、ギャグらしきものを放ったが、盛大にスベってしまった。


 いたたまれない静寂が、再び場を支配した!

 誰も音を発しない。



「……アレってなんだよ!」



 静寂に耐えられなかったのか、ジンバさんが自分ツッコミを試みた。

 しかし、スベリ中の一人ボケ、一人ツッコミは悲しい……とても悲しい。


 そして深まる静寂。



「神じゃないのかよ!」



 再びのジンバさんのツッコミ。

 しかし、ツッコミのやり直しはもっと悲しい……。


 絶望的な静寂の中、僕は声をかけることにした——介錯をした方が良いだろう。



「ややこしいのが増えた、とか思ってすいません。 場を静かにしてくれて、ありがとうございます。 ジンバさん」



 ……なぜか言葉には容赦のない刃が仕込まれてしまった……反省。

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