第6話 日常は砂、あるいは薄氷の上に③
ん? 待てよ? 僕が大学に寄るかどうかについて、事前に情報が漏れている可能性があるんだよね。
だったら、こう、朝起きた時に、今日は直接高校へ行こうとか呟けばアカ姉はお弁当を作らないのでは?
それなら僕が心を痛める事もないんじゃないか?
見張られているかどうかを確かめる意味でも、素通りムーブをやってみる価値は……って、情報漏洩が確定する方がよっぽど怖いじゃん。
うん、知らない方が幸せな事ってあるよね。ノーピース、ノーライフだよ。
それに、前日から下拵えしてる可能性もあるし、直接会ってアカ姉の様子も確認したいし、うん、お弁当の件は継続でいいんじゃないかな? うん。
……うわぁ、アカ姉の勝ち誇った感が凄い……表情はほとんど変わらないのに。
絶対に断らないって確信されてるのがなんか悔しい。
「分かったよ。じゃあ、せめて交代で作るってのはどう?」
……あれ? アカ姉? フリーズしてる?
って、イテテテテ、イタイって。指、チョット指が肩に食い込んでるから、肩がメリメリ鳴ってるから!
「それは素晴らしいわね。じゃあ、明日は私がタカちゃんのクラスへお弁当を取りに行くわ!」
「……いえ、来ないでください。ここで渡させてください。お願いします」
「あら? 遠慮しないで、私は構わないわよ?」
「察してよ! 恥ずかしいの! 思春期なめんなよ? ここで勘弁してくださいってか、手を放して!」
「しかたないわね? ふたつ貸しよ?」
「なぜ、アカ姉が譲った感じになってるの? あと、今更普通に手を置きなおしても誤魔化せないからね」
「まあまあ、お姉さんがタカちゃんのお願いを聞いてあげたんだから、借りときなさいよ。|悪いようにはしない《わたしのいいようにする》わ」
解せぬ……。
「いいや、もう、アカ姉に会えたし……学校行くよ」
「タカちゃん、貴方その格好で登校するつもり? ロッカーから予備を持って来てあげるから部活棟でシャワー借りてらっしゃい」
言われて、自分の体を確認すると、なるほど汗と泥と埃でとんでも無い事になっている。
靴も驚きの白さだ! ……埃で。
身支度を整えて、今度こそ学校へ向かう。
朝からお腹いっぱいのスタートだったが、その後は特に何もなく、いつも通りに放課後を迎えた。
ただ、今朝の出来事がなんなのか。誰に相談すべきか、アカ姉には心配かけたくないし……消去法でジンバさんかなぁ。あの人ムー的な話好きだし、あの人が誰かに話しても、あーコイツまた変な事言ってんなぁで済むだろう! よし、これで行こう!
そんなこんなで放課後。でもって大学へ移動。しかる後に無事到着っと。
守衛所をパスして、そのまま自転車を走らせる。
なにせ、
基本的に生徒が乗り物を使用することは禁止なのだ。
——禁止なのだが……ここで自然発生している駐車スペースを見てみよう。
建物の脇に自転車、キックボード、乗り物であろう何かが鎮座ましましている。
そして、この三種の中では、乗り物であろう何かの数が圧倒的に多い。
なぜなら、基本的に生徒の乗り物の使用は禁止だから、つまり、研究中の試運転なら……ね♡ というわけだ。
ちなみに、県庁所在地にある本部キャンパスではこうはいかない。敷地内に圧倒的な高低差があるのに職員も学生も己の足で移動するしかない。
向こうは工学部がないからね。ズル……もとい、拡大解釈の乱用はできないらしい。
ちなみに、大学郡構想の提携大学である、台地の下——市内の中央町——のキャンパスは通路さえも立体的に建物に取り込んだ
さて、個性的な乗り物たちを横目に駐輪をすませ、目的地へ向かう。
さて、オシゴトオシゴト……。
棟の受付で認証カードを通して係の方に今日の予定を確認する。
今日の仕事はなんじゃろか~って、焼成関連と……切削かぁ……うわっ数、
依頼が焼成だけなら全部を仕掛け切った段階で、
説明しよう!
この大学では入学前インターン制度がある。毎年、試験—高校の入学時または夏に行われる——に受かると、大学の作業の手伝いが高校の部活動として認められ、同大学への入試に限り大きなアドバンテージを得ることができる。
これによって、学生は入試の優遇措置を得られ、大学側は基礎的な知識と技術を習得済みの学生を得ることができる。
ただし、高校生がこの優遇措置を享受するには、毎年行われる試験にパスし続けなければならない。
特にこの大学は、一回生から研究室に入るので、この制度に参加した生徒とそうでない生徒の間で入学時の研究効率に差ができることになる。
さらに、この制度への参加者は、専攻についての選択も大学入学前に終わらせている者が大半で、この点でも研究室になじむまでの時間を省略できる。
僕は高校入学当初から参加しているので、手伝い人員の中ではベテランとして頼られている……と思いたいのだが、実際は便利に使われているのでは? という雑念が心をよぎることもあるのはナイショだ。
ささ、オシゴトオシゴト……。
頭の中で今日の作業段取りを組み立てる。
とにかく、僕ら研修生はノルマをこなさない事には自分の研究に機材を使わせてもらうことができない。逆に言えば、ノルマさえこなせば、空いている機械をある程度は使わせてもらえるって事だ。
ここは何としてもサッサとオシゴトを終わらせて、自分の時間を楽しむのだ。
先週沸かした試験片のデータを取りたい。バイト代を貯めてようやく購入した玉鋼を使った物だ。
ここ何年か、僕は鉄そのものにハマっている。
惑星内部での核融合に於いて、最終的に鉄が生成されるのは、それが最も安定した物質だからだって話を小学校のころ担任の先生に聞いてから、鉄にハマりだした。
今では大学の備品の旋盤で、昭和四十年代製造のモノに使われているレールに魅力を感じたりして、自分のなかでマニアックな性癖が目覚めかけているのではないかと危機感を感じるほどだ。
イカンイカン。オシゴトオシゴト。
さて、最初の依頼は、示されたレシピ通りに素材を混ぜ合わせて機械にかけるだけの簡単なお仕事ですね。
それでも、色々とコツがある。誰でもできるというものではないケド、慣れてれば案外アッサリ終わる。
職員の側もそれを見越したうえで、余るであろう時間に切削のヘルプを差し込んだのだろう。
焼成の冷却は朝までかかるから、片付けはさすがに正規の学生がやってくれる。
レシピ通りに仕事を済ませ設備にセット。次は切削室に移動だ。
「たっかのっぶ君! あ~そ~ぼ!」
「……僕、最近、ジンバさんって、一人見かけたら三十人はいるんじゃないかって思うんですよね」
「鷹揚君、時々変なこと言うよね?」
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