第7話 日常は砂、あるいは薄氷の上に④

 挨拶をしながら切削室に入ると、助教授の佐藤先生と話をしていたジンバさんがからんできた。ところで、佐藤先生、ソイツはナンパ師だから気を付けてね。


 お、最新のマシニングセンタが空いてんじゃん、ラッキー。

 

 どうやら、勝負は如何にジンバさんに邪魔されずに荒加工を済ませて、素早くマシニングセンタにたどり着けるかにかかってるようだ。


 ジンバさん、僕の自由時間のため、邪魔はさせないよ?



「なんで、ジンバさんがいるんですか?」自動送りをセットしながらジンバに尋ねる。


「えへ、来ちゃった!」


「なんで、ジンバさんがいるんですか?」


「やだなぁ、緋金あかねちゃんのマネ? もう少しアイソよくできない? 会話を楽しもうよ」


「なんで、ジンバさんがいるんですか?」


「RPGとかのNPCじゃないんだから、セリフを繰り返さないでくれよ〜。寂しくなるジャンか~。俺がここにいるのは、俺がスポンサーになっている研究があってね。今日はその打ち合わせだよ」



 っていいながら、僕のポケットに万札突っ込んで——アンタ何してんですか。



「と、いうわけで、俺は仕事の打ち合わせの後、先生方と大人の打ち合わせがあるから、夕飯の件は……メンゴ!」



 ジンバさんが頭を下げ、下げた頭の上で手を合わせる。



「別にお金はいらないですよ。てか、それ、もらったとしても万札じゃ多いでしょうよ」


「まあまあ、他にお願いしたい事もあるから、バイト代だとでも思って受け取ってよ」


「それ、先に僕が素直に受け取ってたら断れなくなってたやつですよね」


「お兄さん、そういうことに気付いちゃう子は好かんな~。俺の代わりに映画のレイトショーを見てきてほしいのサ。簡単な事だろ?」



 加工が終わった素材を旋盤から外して寸法を確認し、次の材料をセットする。

「……ねえ」



 自動送りの工程に入ったら、先ほど外した物をマシニングセンターにセットし、プログラムの呼び出しと修正を行い加工をスタートする。

「……ヘイ!」



 旋盤の刃を回転させ、次の工程に移る。

「……泣くぞ?」



 仕方がない、恐ろしいことになる前に話くらいは聞いてあげよう。

 絶対この人が泣くとメンドクサイ。



「どう考えても、映画に行く理由がわからないんですが?」


「話せば長くなるよ?」


「やりながら聞いてもいいですか?」


「うむ、昔、世界がドロドロとした……」


「簡潔に!」


「俺が姉ちゃんズに怒られるから」


「もう少し詳しくできないですか?」


「姉ちゃんが作った映画を見るように言われてたんだけど、俺が地元くににいないことを理由にブッチしてたら、日本でも同じのやってんじゃん! それが姉ちゃんにバレちゃってサ。 早々に感想を言わないと殺される」


「自分で行ったらどうです? すぐってわけじゃないんでしょう?」


「ジョウエイハ、キョウノレイトショーデ、オワル!」


「今まで何してたんですか? 時間はあったでしょう?」


「もう、既に何回もトライしたんだよおぉぉ。でも俺、興味がないと寝ちまうんだよ! 仕方ないだろ! もう癖になっちまってっから、三回目なんて暗くなった瞬間までの記憶しかねーんだよ! いいじゃん! 助けてよ! ねーちゃん、怒らすと怖いんだよ! しかも今回は三人同時だから! 下手したら死ぬかもしれん!」



 なんだか、不憫になってきた……色々な意味で。



「なんか、どうでもよくなってきました。行ってきますよ。感想は携帯に送ればいいですか?」


「ありがとぉ! 助かるよぉ! よっしゃ、今日は飲むぞォ」


「それから、相談したいことがあるんですが、明日って時間とれますか?」


「いいよ。明日は休みだろ? 朝食喰いながらでも聞くよ。んじゃ! そういうことで、よろしこぉ」



 小躍りしながら行っちゃったよ……あんな大人にはなるまい……。


 最新鋭機器の力は偉大だね。けっこう量があったのに、一時間もかからなかったよ。ではでは、お楽しみの自由時間です。


 その前に、アカ姉に連絡しとこう『よかったら、今夜レイトショーに行かない?』


 アプリの送信の直後に覚えのある感覚。周りから人の気配が無くなって——。



「今朝の今って……、勤勉すぎない?」



 工作室に点在する工作機械の間を縫って、フード付きの不織布ツナギがコチラへと歩いてくる。どういう理屈かフードの中は真っ黒で、暗い空間の中にオレンジの光が瞳のように輝いている。動きがゾンビっぽくて、なんか嫌だ。


 工作室の奥に備品用のキャビネットがある。このキャビネットの下段から次々と不織布ツナギ——以降、モノアイと呼称することにする——が這い出して来る。

 まさか……在庫の限り出てくるんじゃないだろうな?

 

 恐怖とか驚きの前にうんざりとしながら、手近にあった平バールを構える。



「あー……一応聞くんだが……目的はなにかね?」


「我々と来てもらおう」


「嫌だと言ったら?」



 モノアイが無言で近付いてくる。そもそも、コイツってどこから声出してるんだ? なんにせよ、腕ずくってことだろう。

 僕はバールを構えて迎撃態勢を……って遅いな……このまま逃げたろか。


 モノアイに正対しながら、時計回りに工作機械の搬入口に向かう。外へ出るならコッチの方が早い。モノアイ越しに反対側の講義棟が見える。……アカ姉? ナンデ?

 今朝、この現象が起こった時は周囲から人が消えた。しかし、確かに隣の校舎にアカ姉の姿を確認できる。巻き込まれたのだろうか? とにかく合流する事が最優先だ。講義棟へは渡り廊下を使うのが最短ルートだ。搬入口から出ると、工作棟と講義棟を大きく迂回しなければならない。いざとなれば、窓を使えば早いか……どちらにせよ、モノアイの向こう側へ行かねば始まらない。


 とりあえず、一当てして様子をみるか。



「ジンバキィィィック」



 僕の目の前のモノアイに別のモノアイが衝突して、二体まとめてノーバウンドで蓋が開いたままのNC旋盤に飲み込まれた。二体でNC旋盤に頭を突っ込んだモノアイが、ワタワタともがいていている。



「やあ! 少年! 無事かい?」


「ジンバさん!?」


「ツ、ツ、ツ、私の名前はジンバーマン。正義の味方の知り合いサ」



 ターバンとマスクとサングラスで顔を隠したつもりだろうけど、服装がさっき会った時のままだからな。それから、気取ったポーズを取ったところでその格好だとだからね。そもそも、正体を隠す意味ってあるの?

 あー、ツッコミたい……ツッコミたいけど、ツッコんだら負けな気がする……。

 見るからにツッコミ待ちです☆ たくさんあるから、さあ、ツッコんでおいで☆ って言いたげな感じが、イラっとする。



「さあ、ここは、私に任せて先に行きたまえ! いくぞ! 烈風! 正拳突きぃぃぃ! からの! 真空! 片手独楽かたてごま!」



 体当たり気味に繰り出されたジンバ―マンの正拳がモノアイの鳩尾をとらえる。そのまま、頭上へ拳を突き上げるようにモノアイを持ち上げた。

 頭上に掲げられたモノアイが、独楽ピザのように回転を始める。

 モノアイが十分に回転するまで溜めを作ったジンバーマンが、回転するモノアイを後続のモノアイの集団に投げつけた。回転する砲弾と化したモノアイが集団の中に道を作る。



「ありがとう! ジンバーマン! 後は宜しくね!」


「お、おう……」



 ツッコミ待ちをスルーされて落ち込むジンバーマンを無視して窓から講義棟を目指す。

 走り出したところで視界の端に見知った影を捉えた。



「次から次へと!」



 工作棟と講義棟のちょうど中間、さっきまで死角だったところに黒メットがいる。

 攻略法は分かっている。僕は黒メットを削り散らすべく大きくバールを振りかぶりつつ、全力で接敵した。



「え?」



 黒メットとの距離がおかしい。近すぎる!

 驚くほど自然に繰り出された黒メットの掌底が僕に触れるとともに、僕の意識はプツリと途切れた。




♢♢♢



 黒メットの掌底が鷹揚たかのぶの肩を捉える。瞬間、掌に吸い込まれるように鷹揚が消滅した。



「朝とは違うよって、ヒントは出したつもりだったんだけどなぁ……」



 フルフェイスのヘルメットを脱いだジンバが、自身の左手に視線を落として呟いた。



「事実はひとつだが、真実は一つとは限らない。君はどんな真実を選ぶのかな? ……なんてネ」



 構内に雑踏が戻るころ、ジンバの姿も消えていた。

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