第4話 日常は砂、あるいは薄氷の上に①
「なんてこった。いつもより1時間以上早いじゃないか……」
回り道をしてもこの時間では、コンビニくらいしか開いてない。とりあえず、目的地まで行ってから考えるか。
僕が間借りしている道場は
自転車で通う者にとって、障害になる坂道だが、バイク通学が校則で禁止されている以上、真面目な学生としては自転車通学一択だろう。なだらかな坂を選べばママチャリでも十分踏破できるしね。
もちろん、僕は最短距離で踏破するつもりだが。
え? 公共交通機関は無いのかって? 微妙なんだよねぇ……。
でも、なんというか、この辺りは自動車を保有していないと社会人としての生活が成り立たないような地域なので、公共交通網は微妙なんだよ——そういう土地柄だから、仕方ないんだけどサ。
公共交通機関が民営化されてるから、採算を考えたり渋滞の緩和を考慮したりと企業側の努力は感じるのだけど、都市圏のように縦横無尽とはいかないよね。
そんなことを考えながら、上り坂を力強く踏破、バイパスを華麗に横切り、バス通りの並行道路を疾走する。
いいよね、自転車! フィジカル次第で時間も経路も自由だし!
それにしても、ロードマン(ドロップハンドルは校則違反)はいい。
入学前に趣味と実益を兼ねてスクラップから再生した愛車は、オールスチール製で一般的なロードバイクより重い。
だが、そこがいい!
鉄ならご家庭の設備で、切断も溶接も自由自在! カスタマイズし放題だ……え? 一般のご家庭で溶接はできない? ウチにはありますよ? ウチ、普通だし?
とにかく、レースに出ようって訳ではない。下ハンとギアチェンジ機構があれば問題ないのだ。
あと、大切なのは改造の余地←ココ大事。カスタマイズは心のオアシス……いいね?
お、中継点……というか登校前の目的地が見えてきた。
大学の工学部。
もはや顔見知りの守衛さんに挨拶をして門を通過しようとして……守衛さんがいない?
振り返れば、大学前の通りにも人っ子一人いない。さっきまで渋滞していたのに……。
とりあえず、目的地——大学の駐車場に来てみたが、やはり動くものは皆無だった。
「風すら吹かないでやんの……」
待ち合わせの人物がいないことに安心してみたり、不安になってみたり……。
「夢?……って感じでもないよな……うむ……夢とは違うな」
独り言が増えるのは不安な証拠。分かっちゃいるけど止められないっと。
さて、どうしたものか……。
突然の強い視線。後方から向けられたそれに咄嗟に体が反応して振り返りつつ構えをとる。
が、振り返ったことでさらに驚くことになった。
こんなに近くにいるとは……気配も何も感じなかったぞ?
フルフェイスのヘルメットにライダースーツ。黒ずくめのいかにもな人物が、一歩進めば手が届く距離にダラリと立っている。体格から判断するに男のようだ。
「どちら様で?」
「お前が欲しい……」
「まさかの変態さんだった!」
いろんな意味で不安を感じて、さらに距離をとる。
「僕、ノーマルなんで、他あたってくれます?」
「……私と来い」
「うっわ、会話はできそうなのに話が通じない」
黒ずくめの不審者——今後、黒メットと呼称する——が小首をかしげたまま動かない。僕の返答を待っている?
そのままさらに距離を取る。待ち合わせ場所に誰も来ていないなら、長居する必要はない。万が一を懸念して様子を見に来ただけなのだ。
ある程度の距離をつくれたら、やにわに踵を返して走り出す。とりあえず、守衛さんの屯所まで。
五十メートル程走ったところで黒メットを確認する。何がしたかったのかボーッと突っ立ったままだ。
距離が変わってない? ?……何か変じゃないか?
嫌な感じに促され、曲がり角付近の保健センターまで走り振り返ってみる。残念ながら、センターに人の気配はない。そして、黒メットとの距離も変わっていない。
景色がおかしい!
駐車場と黒メットの間にある五号棟が消えている。黒メットとの距離は変わらず、奴は相変わらず駐車場に立っている。
今度は黒メットが近付いてくる。相変わらず突っ立ったまま……。
いやいや……あり得ないでしょう……。
何と言ったらいいか……僕が立っている場所が黒メットに近付いている。そして、そのスピードは徐々に増している。
仕方なく再び移動を始めたのだが、今度は僕の方が距離を保つ羽目になってしまった。
迫り来る保健センター棟を躱し、通路を越え、松の並木を抜けて外塀を乗り越える。
勢いを殺さず公道に停車中の道路工事のトラックの荷台に転がり込む。
「いっちょやってみますかね」
大きく息を吐き出して気合を入れ替え、塀の向こうにいる筈の黒メットと対峙する。
塀が消え、駐車場に立ちんぼしている黒メットとの間の距離が消え、トラックが荷台の僕ごと奴に近づいていく。
気合の声と共にシャベルをぶん投げる。直線的な軌道を描いて黒メットの胴体に突き刺さったそれは、黒メットの体を突き抜けるように、あるいは取り込まれるように消えてしまった。
「え? 避けないの?」
続けて、両口の大ハンマーを正にハンマー投げの要領で投げつける。放物線を描いて飛翔したハンマーは黒メットの片口に命中、グシォッっと湿った音を立てた。
黒メットは上半身が多少揺らいだものの避けるそぶりを見せない。
直後、地面に転がったハンマーは落下地点の地面とともに黒メットに触れてシャベルと同じ運命をたどる。
「よし、とりあえず、お前は人間ではないとする!」
さて、いよいよ黒メットとの距離が無くなってきた。
罪悪感を払拭するべく、ワザと黒メットに声をかけ、バールの握りを確認する。
荷台の囲いに足をかけ、体勢を整える。
さて……検証結果の確認をしよう。
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