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 翌日の午前十時頃、掃除と洗濯を終えた夏実は、家を出ようと玄関を開け、思わず声をあげた。

「あっ」

 家の前に、佑子が立っていたのだ。

 固まる夏実を、佑子も硬い表情で見つめた。

「元気?」

「え? ああ、元気だけしか、取り柄ないから。佑子さん、痩せたね」

 佑子は、痩せているだけではなく、目の下のクマも目立っていた。

「夏実さん、今日、ヒマね?」

 夏実は首を振った。

「今から、お父さんのうどん屋を手伝いに行くところ・・店員の優ちゃんが、兄と、新婚旅行に出てるけん」

 佑子は眉間に悲しそうな縦じわを寄せた。この世の終わりを見ているような目を夏実に向ける。

「そうね。何時まで、手伝いに行くの?」

「夜までお店を手伝うとやけど、どうして? もしかして、あいつに、何かあった?」

 夏実の目が大きく見開いた。

 佑子の目がさらに壊れ、涙がこぼれ出た。

「もう、わたしじゃ、だめなの。あの人、首を吊らしゃった。麻美ちゃんが気づいて、ぎりぎり命は助かったけど、もう、あの人には、生きる気持ちがないとよ」

「あさみちゃん?」

「あの人の妹よ。あの人、やっと退院できて、今、母と妹に面倒見てもらってるとやけど、どちらも仕事があるし、わたしもまた働きだしたから、昼間はあの人一人なんよ。今、こうしてるうちにも、あの人、また死ぬかもしれん。わたしじゃだめなの。あの人、うわ言で、あんたの名前ばかり言うの。ねえ、夏実さん、わたしと一緒に、来てくれん?」

 泣きながらそう言うと、佑子は道に停めている軽自動車を手で指した。

「ごめん、ここで待ってて」 

 佑子の横を抜け、夏実は家の裏に回って、狭い路地裏を走った。

 泣きながら梅屋うどんの店内へ飛び込み、開店準備をしている真一に告げた。

「お父さん、ごめんなさい。あたし、今すぐ久留米に行くけん。浩さんが、死ぬかもしれんけん。お店の手伝いができなくて、本当にごめん。だけど・・」

「あの男のことは、死んだと思って、忘れろと言っとるやろが。おまえが不幸になるとぞ」

 と真一は怒鳴りつけた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 夏実は深く頭を下げると、怒涛の足音を残し、店を飛び出して行った。










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