31
浩は闇の中で揺れていた。
『これは夢? 夢なら、なぜ何も見えない?』
動こうとしても、体が動かない。
『何だ? なぜ動けない?』
しゃべろうとしても、口が変だ。
五感を研ぎ澄ませた。
口を強いテープのようなもので塞がれているようだ。顔も何かで覆われている。腕は背に回され、両手首に何か巻かれている。足首にも何かが巻かれ、歩けない状態だ。
呻きながら身をよじると、左右に人を感じた。エンジン音も聞こえるし、どうやら走る車の後部座席の中央に座らされているようだ。
「目が覚めたのかな?」
と左前から聞き覚えのある声がした。
「北野秀雄か?」
と浩は聞いたが、呻き声にしかならない。
「心配いらないよ。きみも、きみのお父さんのところへ、連れて行ってあげるからね」
そう言って笑うのは、やはり秀雄の声だ。
割れそうに痛む頭の奥で、事の経緯を思い起こした。
『そうだ、道を走っていたら、突然現れたやつらに捕まって殴られ、何も分からなくなったんだった・・』
「何で? 何で?」
と問うも、言葉にならない。
左右に振られて何度も人らしきものに腕が当たった。体の傾きが変わると、エンジンが唸った。
『急な昇り坂の多い、曲がりくねった道を、荒い運転してやがるのか・・』
と推測した。
ふいに左隣から夏実の声が聞こえた。
「えっ? ここはどこ? 浩は?」
秀雄が言う。
「夏実ちゃんも、やっと目覚めたんだね。浩なら、すぐ横にいるじゃない」
「ああっ」
隣の人間の顔を覆う布を外そうとする夏実の腕を、向うの男がつかんだ。
「もう、夜の山道だ。野田、好きにさせなさい」
と秀雄が言うと、男は手を離した。
「どうしてこんなことするんですか?」
と非難しながら、夏実は布を外した。
闇にぼやける浩の顔が、うーうー唸った。
夏実は手探りで浩の口に張り付いたテープを見つけ、爪で角をめくり、指でつかむと、力任せに剝がした。
「痛い、痛い」
と浩はもらした。
「これは、粛清、なんだよ」
と秀雄が夏実の問いに答えた。
「しゅくせい、って?」
と夏実は聞く。
秀雄はハイビームに照らされた夜の山道を見たまま教える。
「この国の害になる者を、この国のために、消去することだよ」
「消去って、どういうこと? 秀雄さんって、そんな人だったと?」
夏実の泣き出しそうな声に、秀雄は強い口調で弁明する。
「この男が野崎画伯に描かせた絵こそ、この国をおとしめる悪なんだよ。ぼくは、正義を行うんだよ」
「いったい何を、行うというの?」
夏実の声がさらに涙声になる。
秀雄が答える前に、浩も問いをぶつけた。
「おれのお父さんのところへ連れて行くって言ったけど、父の居場所を知ってるんですね?」
魔物の笑いがもれた。
「ああ、よおく知ってる・・だから連れて行ってあげるんだ・・きみも、行くべき場所にね」
浩は身を乗り出した。
「お父さんは、どこにいるとです?」
「もうすぐ、分かるよ」
秀雄は何かに憑かれたように前方の黒い山を見つめていた。
車はつづら折りに山を昇っていくと、今度は急激に奈落に落ちるように下って加速した。
「勇、もっとギアを落として、エンジンブレーキをかけな」
と浩の右の野田が運転手に指示した。
運転席の勇は、SモードからLに替え、坂が緩むと元に戻した。
闇が八方を塞いでいた。浩は後ろ手に縛られた紐のような物から手が抜けないか試し続けた。だけどそれは幾重にも巻かれ、もがくほどに手首に傷が増すばかりだ。
「ねえ、あんた、大丈夫?」
と耳元で夏実が問う。
浩も彼女の耳に口を寄せた。
「夏実こそ、大丈夫?」
夏実はくすぐったそうに身をよじった。
そして仕返しなのか唇を浩の耳に着けて何かしゃべった。
浩は吐息の熱さにぽおっとなり、言葉を理解できなかった。
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