24

 野崎家に戻った浩は、息を切らせながら尋ねた。

「夏実は、どこへ行った?」

 正太は目を白黒させた。

「なっちゃん、とこ、いった? きっと、せ、せんと、ら、ほてる、いった」

「セント・ラ・ホテル? 夏実を車に乗せたのは、秀雄さんって人だよね?」

 正太の目じりがしわしわになった。

「ひてお、さん、なっちゃん、と、しょくし、する、いった。それから、ふろほーす、するって。ひてお、さん、ふろほーす、お、おしえて、くれた」

「プロポーズ、教えてくれたって?」

 と聞くと、正太は浩に抱きついてキスしようとする。

「何でえ?」

 浩が突き離すと、正太は無垢な目を潤ませた。

「なっちゃんは、ひておさん、を、すきかって、ひておさん、きいた。おいは、なっちゃん、ひておさん、すき、って、いった。そしたら、ひておさん、ふろほーす、する、いった」

「そうなの? 夏実は、そいつのことが、好きなの?」

「なっちゃん、ひておさん、すき」

「そうか・・おまえは、嘘を言えないもんな」

 浩はうなだれ、部屋を出ようとした。

 戸口で、背を向けたまま聞いてみた。

「おれのことは?」

「な、なんね?」

「夏実は、おれのことは、嫌いなのかな?」

「なっちゃん、ひろしくん、すき。い、いっとうしょう、すき」

 振り返って、真っ直ぐな目を見返した。

「何でそんなことが分かると?」

「なっちゃんの、きもち、よく、わかる。なっちゃん、ひろしくん、いっとうしょう、すき」

「だけん、何でそんなこと分かるとよ?」

 そう叫びながら、浩は家を飛び出していた。

 速足で大通りへ向かいながら、つぶやいていた。

「正太がそんなこと説明できるはずないんだ・・だけど、彼の言うことは、きっと真実なんだ・・正太は、ただ、分かるんだ・・」

 大通りに出て、タクシーを捜したが見つからない。

 博多駅の方へ走った。五分ほどで、タクシーを拾えた。

「セント・ラ・ホテルへ」

 と言うと、

「え? どのあたりです?」

 と運転手は問う。

「場所は分かりませんが、そんな名前のホテルです」

「セント・ラ・ホテル・・セントラ・ホテル・・」

 運転手は「ああ」とうなずいて、アクセルを踏んだ。

 数分で大きなホテルの玄関に到着した。

 中へ入って、フロントの女性に尋ねた。

「北野秀雄さんに呼ばれているのですが、部屋は何号室ですか?」

「申し訳ありませんが、規則でお伝えできません」

 丁寧に頭を下げるのは、浩と歳の変わらない美しい女性だ。

「ケチ」

 と言って浩は去りかけたが、引き返してもう一度話しかけた。

「あのう・・」

 フロント嬢は、頬をフグのように膨らませている。

「おれは、田口浩という者ですが、野崎正太の絵の件でこちらに伺ったと、北野秀雄さんに連絡していただけませんか?」

 フグ女はしばらく黙って睨んでいたが、しぶしぶ受話器を手にした。部屋を調べて電話をするが、応答はないようだ。首を振る女に頭を下げ、浩はロビーを見まわしながら歩いた。

「やつがここに泊まっているのは分かったぞ・・」

 奥にレストランがあるのを見つけ、

「そうだ、やつは夏実と食事する、って正太は言ったよな・・」

 レストランに入って、夏実を捜しまわった。

 やっと栗色の巻き髪を見つけ、駆け寄って肩に触れた。

 振り返った人の声は、女性ではなかった。

「あら、何かしら? まあ、かわいい人」

 浩は頭を下げ、地の果てまでも追いかけて来そうな厚化粧から逃げるようにホテルを出た。

 当てもなく歩きながら町を見まわした。

 人込みに、夏実の影は見え隠れするが、追いかければ消えた。

 出てきた高層階のホテルを振り返った。よく見てみると、二階にもレストランがあるようだ。ロビーへ駆け戻って、階段を見つけ、駆け上がった。

 和風レストランがある。

 だけど、中に入っていくら捜しても、夏実は見つからなかった。










 




















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