20

 五分ほどで浩は立てるようになった。佑子に腕を抱えられ、新樹荘の揺れる階段を上り、203号室へ戻った。

 佑子は浩を布団に寝かせ、腫れた顔と瘤ができた後頭部を氷で冷やし続けた。

 午後九時を過ぎた時、浩は言った。

「もう遅いから、帰らんね」

 佑子は微笑みながら首を振った。

「浩さんが元気になるまで、離れんけん」

「おれはもう、こんなに元気だよ」

 浩は起き上がり、華麗に踊ってみせた。

 ふらついて倒れそうになった彼を、佑子が抱き留めた。

「わたし、家を出てきたんだよ」

 熱い声が耳をくすぐった。

「えっ?」

 浩は慌てて離れ、椅子に座った。

「わたし、もう、どこにも行く場所なんてない・・ここ以外」

「そんな、もう二十歳の大人が・・」

「そうよ、もう大人よ。だから一緒に暮らしていいでしょ?」

 浩はぶるっと首を振った。

「ごめん、おれ、押し売りと、押しかけ女房は、お断りだから」

 佑子は詰め寄り、甘い匂いで彼の腕をつかんだ。

「それです。その、押しかけ女房です。だって、仕方ないじゃないですか。浩さん、久留米でわたしと付き合っていましたよね? それなのに、突然、黙っていなくなってしまった。わたしの心を奪い取って消えたんです。責任取ってください」

「責任って?」

 佑子は布団に大の字に寝た。

「とりあえず、今夜、泊めてください」

 浩は息を呑み込みながら、

「嫁入り前の娘を泊めるわけにはいかん。今夜は、帰って」

「そう言うなら、ごめんけど、奥の手を使います」

「えっ? また、泣くの?」

 佑子は立ち上がるやいなや、スーパーマンの素早さで服を脱いだ。

「そ、それだけはやめて」

 止めようと、浩も立った。だけど肩に手をかけた時には、まばゆい素肌がむき出しになっていたのだ。

「きゃあ、浩さん、わたしを襲う気?」

「な、何でえ?」

 浩は高圧電流に触れたように手を離した。

「こんな姿じゃ、もう外には出れないから」

「分ったよ。今夜、泊っていいから、早よ服を着て」

 浩は後ろを向いて、女を見ないようにした。

「勝負下着、着てるのに」

「ヒョウ柄は、やばすぎだよ」

「浩さん、猫、好きだったでしょ?」

「ヒョウは、ネコ科でも、猫じゃないから」

「じゃあ、明日、猫パンツ買ってこようかな」

「何でそうなると?」

「浩さんが、好きだから」

 佑子の熱い肌が、男の背に抱きついた。








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