19
佑子の胸に顔を抱かれる浩を見て、夏実は暗い小道へと入っていった。
また小雪が舞いだして、ちくちく夏実を照らした。
「何で? 何で胸が痛むと?」
拳で心臓辺りを叩いた。
「あんなやつより、秀雄さんの方が百倍、いいえ、百万倍すてきなんだから・・そうよ・・頬が濡れてるのは、雪のせいだ・・震えているのは、寒すぎるからだ・・」
そんなことを自分の胸に言い聞かせながら、夜道を一人帰った。
家に入るとすぐ、体にまとわりつく嫌なものを洗い流すように、風呂で体をこすった。
シチューを温め、一人で食べた。
携帯電話が鳴り、耳に当てた。
「もしもし」
と夏実が言うと、
「お兄さんは、猫の絵を描いてくれるのかな?」
と名乗りもせず、質問してきた。北野秀雄の声だ。
「描くって、言ってました」
と答えた。
「それはよかった。ぼくが必ずお兄さんの絵を、また売れるようにしてみせるからね」
「何てお礼をしていいか・・ありがとうございます」
「そう言うなら、今度二人で食事をしてくれないかな?」
口ごもる夏実の頭に、佑子という娘の熱いまなざしとナイフのような言葉が思い起こされた・・・・ええ、わたしたち、同棲しています。それで、あなたは、どちら様?・・・・
「どうだろう? 一緒に食事してくれたら嬉しいな」
と秀雄はもう一度誘う。
「はい」
と夏実は答えていた。
「わあ、ほんとにいいの? 嬉しいな。何が食べたい?」
「高いもの、おごってください」
「じゃあ、明日のお昼に迎えに行くよ」
「はい」
「じゃあね。愛しているよ」
「はい・・えっ? 冗談はよしてください」
「ぼくがほんとに好きなのは、夏実ちゃんだけって言ってるだろ」
ドラマのヒーローのような口調でそう言うと、秀雄は電話を切った。
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