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夏実に掃き出され、家の外に立つ男の横を過ぎた後、浩は眉をひそめて振り返った。
黒い背広の角刈りの大きな男。黒の皮手袋。立ち止まった浩の視線を避けるように背を向けた。
「あの・・」
浩が声をかけると、男はチラッと振り返ると、横を向いてうつむいた。
「おれがこの家に入る時に、ここに立っていた人ですか?」
と浩は尋ねた。
男はそのままの姿勢で答えた。
「いえ、わたしは、交替したばかりですので」
違和感を覚えるほど低い声だ。
顔はよく見えないが、四十歳代のよう。
浩は首をかしげながら背を向けた。
狭い裏道に入り、重い足取りで家路を歩んだ。
「そうか・・同じ男に見えたけど、歳が親子ほど違うんだ・・だけど、どうして顔をそむける?」
自分の影に語りかけた。
「あの男たち、北野秀雄ってやつの部下なんだよな・・ガードマンをつけるなんて、やっぱり、そいつ、夏実を大切に思ってるんだよな・・ああ、やっと会えたのに、夏実に婚約者がいたなんて・・それにしても、夏実のやつ、おれをあんなに嫌って、ゴキブリみたいに叩きやがった・・おれは、こんなにも胸が苦しくて、張り裂けそうなのに・・」
それから暗い冬の日々が続いた。
肌を刺す吹雪の日にも、浩は正太と夏実の住む家へ走った。雪が目に降ると、まばゆいほど成長した夏実の面影がそこに浮かんだ。胸の痛みで苦しさがまぎれるまで疾走した。家の裏に着き、塀の木陰から窓を眺めた。心まで凍らす雪風が、彼には似合っていた。何度も、何度も、彼はそこへ出向いた。だけど、尋ねることはできなかった。
「これじゃあ、卑劣なストーカーと、変わりないじゃないか」
そう繰り返したが、あきらめることもできなかった。
大好きな梅屋うどんにも、浩は行かなくなった。
そして、季節は色を変え、三月になった。
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