5

 目を覚ましたら、すぐそこに母と妹がいた。

「夢?」

 見まわすと、ここは窓際のベッドの上だ。

 痺れるように痛む顔や頭に手を当てると、包帯がきつく巻かれている。

「お兄ちゃん、気がついたと?」

 と妹が呼びかけた。

「麻美、何でここにいると? デパートは休み? 何で母さんもいる?」

 浩は口の傷と包帯でしゃべりにくそうだ。

 母の佳子がそれに答える。

「警察から夜中に電話があって・・浩が博多の病院で意識不明って聞いて、久留米から慌てて来たとよ。あんたの免許証の住所から、警察が自宅の電話番号を調べて、連絡が来たみたいよ」

 浩の腕には、点滴の針が刺さっていた。

 窓の外は青空だ。

「もう、昼ね?」

 と浩が問うと、麻美が、

「何言うよっと? もう夕方よ。わたしも、母さんも、仕事休んだんだから」

「おれのことは、ほっといていいのに」

「何言うと? 警察から連絡来て、ほっとけるね? 浩、いいかげんに帰って来なさい」

 と母が厳しいまなざしで言う。

 浩が黙っていると、麻美も加勢した。

「そうよ、帰って来んねよ。このケガだって、何か物騒なことに巻き込まれたんでしょう?」

「おれは、ここで、やらなきゃならんことがある」

 首を振る浩の肩に、麻美の指が触れた。

「裕子さんは、どうすると? お兄ちゃんを、何度も尋ねて来とるとよ」

「あのこは・・おれには、ムリなんよ」

「それ、どういう意味? なら、何で大学で付き合ったと?」

「あのこ、おれにすごい積極的で・・そしてあのこが、ある娘に似てたから・・でも、そんなの、だめだろう? だめだって、気付いたんだ。だから、あのこに、伝えてくれ・・おれは今、好きな女と一緒に、幸せに暮らしてるって」

 麻美の目が大きく見開かれた。

「えっ、そうなの?」

「まさかあ。ただ、あのこのために、そう言って欲しいとよ」

「じゃあ、裕子さんに似てる、ある娘って誰よ? 初恋の人?」

「それは・・」

 口ごもった浩の目が潤むのを見て、麻美は触れていた手で肩を叩いた。

「裕子さん、かわいそう」

 母が怒った口調で問う。

「だいたい浩は、どこに住んでると。住所くらい教えなさい」

「今はまだ・・」

 浩は首を振った。

「なら、いつ教えるとね?」

「それは・・おれの絵が、いくつか売れたら・・」

「あんた、それで生活できると思ってると?」

 母の言葉を麻美も後押しした。

「画家になんか、なれんよお」

 再び肩に触れようとした妹の手を、浩は振り払った。

「なれんでもいい。いいや、違う。たとえ一枚も認められなくても、おれはもう、画家なんよ。たとえ生活のために他の仕事をしてたとしても、おれは画家なんよ」

「はあ? お兄ちゃん、わたしより青臭いよ。お兄ちゃんが画家なら、わたしは、アイドル歌手だわ。ほんと、自分勝手なんだから」

 麻美は赤鬼の目で兄を睨んだ。

 母の佳子も同じ目で告げる。

「とにかく、浩が居場所を教えるまで、わたしはここを離れんけんね」

「ちぇ、おれの居場所は・・毎日違う公園のベンチやけん・・」

 浩は上体を起こし、窓の外を見下ろした。覚えのある街並みが見える。どうやらここは、新樹荘からも見える総合病院のようだ。





























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